将軍の策略

 一つ誤算があるとすれば武田は夢幻兵器の存在は知っているが、トランシーバーがあるという事を知らない事だろう。それと、思った以上に武藤喜兵衛と矢沢頼綱が芝田剣城という男に靡いているという事だ。


 「お疲れ様です。剣城です。信長様、今大丈夫でしょうか?」


 『こちら岐阜城 小姓 遠藤でございます。お館様は今は少し・・・』


 「え?何ですか?」


 『代われ!誰が今は少しじゃ!おぅ。ワシじゃ。今は書類整理してる所じゃ!将軍は本当に各地の諸大名を呼び出すつもりらしい。しかも我が織田領を通り、淡海で船を使い織田領より東の諸将をワシが運べとな。それを遠回しに5枚もの書状に書いてきやがった」


 「はい!?図々しすぎじゃないですか!?」


 『あぁ!全くその通りじゃ!だが、無下にもできんのがこれまた腹立たしい。これに一早く反応したのが上杉じゃ。宿老の直江景綱を寄越して、一度ワシに目通りしたいと書状を持って来た』


 「どうするのですか?」


 『どうするもこうするもあるまい。上杉はワシの意を汲んでいるということを言っているそうだ。他家の将を織田が運ぶという下働きのような事を当たり前のように言う織田殿の心中をお察しするとな。で、その折に越後の青苧や金、銀を手土産に持ってくる故、この際一度、尾張、美濃を視察させてもらいたいとな』


 「・・・中々に大胆な方ですね」


 『うむ。断る理由も付けさせぬくらいの書状だ。仕方あるまい。持って行き方が上手い。これに関しては将軍も上杉もワシより一枚上手じゃ。ワシはこれを飲む他あるまいて。それと、例の三好の乱にて崩壊した京の町を再建するにあたって、銭の要求を将軍がしておる』


 「へぇ〜!あの人にしては珍しいですね」


 『あぁ。だが見え透いたことよ。民からの印象を良くしようとしているだけであろう。これに関しては織田家から出しておく。織田の旗印の兵をこれ見よがしに送る事にした。銭の出所が織田からだと誰でも分かるようにな』


 「ははは。そこに関しては信長様の方が一枚上手ですね」


 「ふん。抜かせ。で、そっちはどうじゃ?」


 オレは信玄に提案された事をそのまま伝えた。


 『小田原を攻めるのに貴様とその部隊、兵器を使わせろとな。で、タヌキを使い駿河を奪取すると。我が織田家は武田兵を使い、越前を攻めろと・・・。見事にハメられおって』


 「すいません。途中でマズイと思いましたが・・・」


 『仕方ない。貴様に謀事が務まるとは思ってはおらん。礼儀をと思い、愚直な貴様を派遣したわけだがまさか武田が仕掛けてくるとは思わなかったワシの落ち度だ。恐らく将軍は朝倉にも書状を出している。腰の重い朝倉も武田、上杉と動けば誰ぞは寄越すであろう。チッ。面倒な事をさせてくれるな。飛鳥井と山科を越前に行かせ、朝倉を動けなくさせねばならぬ。

 恐らく武田は本願寺を使い、越前で一揆を起こさせろとワシが打診すると思い込んでいるであろう』


 「武田にそんな力が?」


 『顕如と武田は義兄弟じゃ。本願寺と織田は商売をしている。その物を今後は安く流す代わりに・・・となるであろう。それが本願寺から武田へと流れる。あちらこちらと誠に謀が上手いな。だがやられてばかりではおられん』


 あぁ〜あ。あの信長さんが珍しく裏方に本気になり始めたな。この同盟は長続きしそうにないな。まぁ、史実でも三方ヶ原が起こるのだからそれに似た事が修正力かなにかで起こるんだろうな。

 オレはこの14日間で武田の良い所を学ぼう。で、備えようか。戦国武将の代表格 武田信玄。オレもやられてばかりではないぞ。


 「信濃の豪族ではございますが、真田家 支配内の矢沢様という方と真田家三男で他家を継いだ武藤様という方と思いの外、仲良くなりました。というか、面倒見てもらうのがこの御二方でございます。何か武田と起こっても良いようにもっと仲良くなっておきます」


 『ふん。貴様も分かってきたという事か。その2人はワシは知らん。良きに計らえ』


 

 次の日、さっそく武田家での交流と名前の付くお勉強会が開かれる。先生はオレだ。平手さんと坂井さんは実演組だ。


 ちなみに、昨日の夜ご飯だが、甲斐を知ってもらうとの事で、普段信玄が食べているような夜ご飯を出された。もう感想は質素。ただこれだけ。米はかなり大目ではあったが、おかずは薄い味噌汁に小麦で作られた団子のような物が入っていた。かなり塩辛いたくあん、小さいししゃものような魚を焼いた物だった。どれもこれも味付けは塩味のみ。

 普段の食事からすれば、マジでランクダウン。この飯が甲斐での普通なら美濃や尾張の犯罪者に出される飯の方が豪華じゃないのかとすら思う。


 で、真田家の館での雑事は武藤さんの実の娘の於国ちゃんが本当にしてくれるらしく、まぁそれでも一応、大人の侍女の方も居るには居るが、朝起きて、桶に水を持って来てくれたり、着替えを洗ってくれたりと於国ちゃんがしてくれるのだが、その後ろに笑顔で立っているだけの人だ。


 「剣城おじ様!本日もお仕事頑張りください!」


 「あ、あぁ。うん。ありがとうね」


 美濃や尾張ではこのくらいの歳の子は学舎に通っている子が多いだろう。農民の子の方が扱いは酷いかもしれないが、なんだか可哀想に思えてくる。


 

 「で、この木を丸めた物を整地した畑に転がし、後が付いている所に塩水選した米をまずはタライで苗になるまで育て、畑に植えます!そしてその後は・・・金色長鳴き鳥の鶏糞を巻きます!間違っても人糞なんかは振り撒かないように!」


 「「「「・・・・・・・」」」」


 真田家の館に集まった少し小綺麗な農民の人達、約20名。甲斐に点在する村の長らしい。要は八兵衛さんのような村長だ。だが、反応が薄い。そんな時は・・・、


 「ミヤビちゃん!例の握りを」


 「はっ!」


 本来はオレの護衛のミヤビちゃん。が、武田の人にはバレているから普段の金剛君のような仕事をお願いする事にした。何はともあれ、鶏糞を肥料にした米の握りを食べてもらうのが早い。


 毎度毎度、鶏糞で育てると、織田軍の兵隊のような怪力になってしまうため、初回のみこの鶏糞を使う。 後はその鶏糞で育てた米の子から子と繋げていけば、成長は通常の米より早いし、病気にも強いが人間に特殊能力?的なものは与えないと知っている。


 野菜類もそうだ。最初だけ鶏糞を使うのみだ。だが、織田家のようにあれもこれもとはするつもりはない。1番はオレが居る織田家に連なる者や村、町のみ。仲は良い、同盟したと言っても他家は他家。銭をくれても珍しい物を積まれても、何もかもは与えない。

 いや・・・若い女の子に言われれば分からないかもしれないけど。


 「この握りを食べろですか?(ハムッ)ック・・・甘ぇ〜!!」


 「(ハムッ)なんでぃ!?この握りは!?」


 「米が立っている!!こんな握りは初めて見た!!」


 「でしょう?それがこの肥料を与えた米です。塩水選強い米を選び、それを育てる。その米の子から子と繋いで強い米を育てるのです!ただの米だけでは味気ない。だから他にもジャガイモや人参、玉葱なども育てる。このジャガイモを見てください!ミヤビちゃん?例の物を」


 続いてオレが推すのはジャガイモだ。最初に鶏糞を使えば畑一杯にできるから、米が育ちにくい場所なんかに、これを植えると良いと教える。なんと言っても育て方が簡単なのと元から病気に強い。

 後はメニューの豊富さだ。油で揚げても良い。煮ても良い。

 ミヤビちゃんにお願いした例の物はジャガイモ料理だ。


 「な、な、なんでぃ!?これは!?」


 「まずはツベコベ言わずに食べてください」


 事前に作らせた物はポテチ、スティックポテト、片栗粉を塗して揚げたポテトスティックだ。


 「美味ぇ〜!!これは美味い!!」


 「(カリッ)な、なんじゃこれは!?美味い!美味すぎる!!」


 「ぬほっ!?こ、これは・・・剣城殿!誠に美味でございまするな!」


 いやいや、矢沢さんも食べるのかよ!?普通にオーラがなさすぎてどこぞの村長かと思ったぞ!?


 「ゴホンッ。今食べているものは全てこのジャガイモという野菜から作った物です!そこの方!両手に持っていますが美味いですか?」


 「は、は、はい!大変美味しゅうございます!」


 「でしょう?オヤツにもなりますし、ツマミにもなりますし、腹持ちも良い食べ物なのです!」


 「そ、それを育てとうございます!!」


 「うちの村でもそのじゃがいもなる物を!」


 まぁ野菜はこんな物だろう。


 「ゴホンッ。明日からはオレが各村に行き、野菜の苗と肥料などを渡します。それと並行して、横に居るオレの助手でもあるミヤビちゃんと一緒に平仮名という文字を教えます。各、苗や種の育て方を平仮名で書いておりますので、村長が保管し分からなくなったら参考にするように!」


 「あぁ〜、ワシは信濃 真田家 支配内 武藤喜兵衛与力 矢沢頼綱と申す。間違ってもこの御仁と横のミヤビ殿に邪な考えをするでないぞ?怪しい真似や怪しいことをすれば即刻打首に致すと心得よ」


 いや矢沢さん怖すぎな?そもそもその武家と農民の立場を作りすぎるからダメなんだよな。


 「えぇ、まぁミヤビちゃんに変な事すれば許さないですが、オレには気軽に話しかけてください。武家と農民という階級の垣根を超えて意見交換ができ、連携ができれば素晴らしい収穫が望めるかと思います。

 言葉使いが分からないや、話し方が分からないと萎縮しなくて良いのです!矢沢様?オレは美濃や尾張ではそのようにしております。ですので、矢沢様もできれば、騙されたと思いオレが居る時だけでも農民の方達には威圧しないようにお願い致します」


 「分かりました。信濃では某も農民のような者ですから」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 「このように、畑を一度引っくり返すのだ!土の中に空気を入れて土を育てるのだ!これをするのとしないのとでは雲泥の差がある!」


 「あぁ?腰が痛い?当たり前だろう!それを乗り越えてこその成果だ!肥料を巻いても結果はでる!そのくらいこの鶏糞という肥料は凄いのだ!だが、この土を育ててから肥料を撒けばもっと良い結果に繋がるのだ!

 試しにこの区画にだけ塩水選をしていない種籾を植えよう。そして肥料を巻く。この苗は塩水選をし、厳選した種籾を苗まで育てた物だ!これをこっちの区画に植えよう。明日の朝には両区画共に収穫できるだろう!そしてその米の味の違いに驚く事になるだろう!」


 「お、織田のお武家様!お待ちくだせぇ〜!1日で収穫になるとはどういうことなのですか!?」


 「そのままの意味だ!」


 「貴様ッ!平手殿になんという口の聞き方だ!そこに直れ!」


 「武藤殿!これは剣城殿にも言われていることだ!戦時なら許されないが、今は違う!農民と連携し、意見を言い合えば結果が変わるのだ!織田家でも徐々に浸透しつつある!未だ譜代からの臣下は織田家でも許してはいないが、少なくとも俺のような若い世代の武士は農民とも仲良く階級などどこ吹く風という感じなのだ!

 だから騙されたと思い、武藤殿もそうしてくれ!特に訓練後なんかでは織田家では仲の良い農民の女達が手拭いや握りを持って来てくれたりするのだぞ!?もっと仲良くなればワンナイトラブだってありえるのだぞ!ムハッハッハッ!」


 「わ、わんないとらぶ!?それはなんですか!?」


 「はいはい!そこ!平手様!変な事は教えなくていいですから!」


 まったく・・・。オレの仕事が終わり、実演組の平手さんの方を見に来たら変な事教えてやがる!慶次さんのようにこの人もプレイボーイだからな。だが、平手さんの言う通り、農民と仲の良い武士は美濃や尾張では当たり前だが、人気が高い。そして頼んでもないのに、色々と物を持って来てくれる。武士らしく言えば、献上してくれるのだ。


 それが最近では新作のちょっとしたオヤツだったり酒の肴だったりと色々だ。織田家は100%に近いくらいに専業兵士へと移行している。足軽の下の方の人も末端とはいえ専業兵士だ。

 が、その家族は違う。大多数が家族は農民の人が多い。その下の方の人まで気配りできている人は今の所、森さんと滝川さんの所だけだ。この二家の兵士は練度が高く上は下を守ろうとし、下は上を守ろうとする。

 結果は先の京の乱だ。結局は森隊や滝川隊が出張ってくる事は無かったが、それでも大津で待機している時なんかは、その下っ端の兵士の人の親戚が居るとかなんとかで、森さんと滝川さんは遊郭に遊びに来ているかのような歓待を受けたのだとか。だが、二人ともが堅物だから受けていなかったと報告は受けている。


 それとは正反対なのがファッキンサノバ佐久間だ。宿老のワシが何故こんな民家で待機なのだとか喚き散らしていたらしい。まぁオレが言いたいのは階級なんか関係なく皆が仲良く仕事すれば良いという事だ。だが、締める所は締めないといけない。銭の事と仕事に関してのミスなどはちゃんと厳しくしないとな。


 「まぁ疑問はあるかと思いますがまずは明日まで待ちましょう。皆さんがその目で見れば納得するかと思います!」


 言葉だけでは信じられないよな。オレも例の肥料を口だけで言われても信用できないし。明日、皆がその目で見れば納得せざるを得ないだろう。

 そして、その結果を見れば仕事の士気も上がるだろう。


 「痛ぇっ!」


 「権助!大丈夫か?」


 「はい!そこ!どうしました?」


 「あ、いえ!なんでもありません!足に躓いただけです」


 「いや躓いただけって・・・親指から血が出てますよ!?ミヤビちゃん!例の傷薬軟膏を!」


 「・・・構わないのですか?」


 「いいから!早く!」


 「はっ!」


 「お、お武家様!薬なんて構いません!そんな事までしてもらってもお代が払え・・・」


 「何言ってるんですか?織田家は、医療もそこそこ進んでいますのでこのくらいのお代は・・・」


 オレは別に要らないと言おうと思ったが、タダより怖いものはないと思い、言い方を変えた。


 「お代は・・・そうですね〜。今度、あなたが食べている飯を一緒に食べさせてくださいよ!それで色々、甲斐の事を教えてください!それをこの薬の代金として!」


 「(ポワン)え!?光って・・・ありゃ!?痛くない!?治った!?」


 この薬を使った事で最初に懸念していた日本住血吸虫を患った人を見る事になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る