史実にはない政治戦い
「むむ・・これは・・・(ハムッ)」
「如何でしょうか?」
「ぐぬぬ・・・チッ。負けだ。これ程美味い肉は食ったことがない」
よし。勝ったな。まぁ根本的に肉が嫌いな人は美味しいと思わないだろうが、案外隠れて肉食ってるって聞いたし、信玄もこの口調なら食べた事はあるはず。
「よろしければ・・・お焼きしましょうか?」
「そのように致せ。皆もまずは騙されて食べてみよ。鷹狩りで昔、雉を食べた事があるが全然違う」
「雉と言えば鳥ですからね。これは牛でございます。薩摩産の牛でして。本当は猪を輸入するついでに、当主の御兄弟であられる、島津義弘様という方にいただいて、それを尾張で交配させて今や輸出しております」
「お屋形様!!お屋形様ともあろうお方が・・・」
「黙れ。つまらぬ意地を張って、甲斐をもっと田舎にさせたいのか?上杉と織田は既に一歩先を進んでいる。ならば我等はそれを追い越せば良い。戦では負ける道理はないが、銭や物は負けている。
これは、ワシがどう足掻こうがそう易々と変わらん。(ゴホッ ゴホッ)」
「大丈夫ですか?」
「あぁ。失礼した。ただの咳病だ。許せ」
どうだろうな。本当に病魔はもう一歩の所まで来ているのかもしれない。ただの風邪かもしれないし、胃癌だっけ?それかも分からないが、今のは明らかに空咳のように思う。
「(ジュワァ〜)焼けてきましたので、お食べになりたい方から取りに来てください!」
この焼きながら思った事は、武田家という家は本当に手強いと思う。信玄が命じれば、本当に地獄のような所にも皆が喜んで突撃していくような家だと思う。
信玄のカリスマ性、絶対的信頼感、安心感。これは初めて会ったオレでも感じるのだから家臣の人達はもっとだろう。
だが、逆を返せば信玄が居なくなった後はどうなるのだろうかという事だ。この中に勝頼が居るか居ないか分からないし、居たとしても武田家は自己紹介してくれなかったから分からないけど、その勝頼がこれだけ個が強そうな人を纏めることは中々、骨が折れるだろうな。
信玄は絶対的信頼ともってるオーラがある。唯一、似た感じがあるとすれば・・・山県昌景と馬場信房。この二人にも仮に味方で、どこかの家と戦になったとして且つ、劣勢だとしてもなんとなく勝てるかも・・・という安心感がある。
「お屋形様!これは誠にお屋形の言う通り美味いですな!」
「あぁ。そうだな」
「誰ぞ!米を炊いて参れ!お屋形は米を所望しておる!」
「よく気付く男だ。だが、ワシの事だけではなく全体を見渡すようになれ。四郎」
この人が勝頼か。オレより歳下じゃん。それに、ノリが軽い。だが、全然無能ぽく見えないな。やはりこのイメージは現代に居た頃のせいか。
「剣城と申したな?俺は武田四郎勝頼。今後とも良き関係を築きたいものだな。(サッ)」
お?珍しく握手を求めてきた。
「(サッ)こちらこそよろしくお願い致します」
「うむ。あれ程やかましい家臣等がお主の肉で黙り込みおったわ。大きな取り決めは、平手監物と坂井だったか?その方等で決めよ。ワシはこの剣城と二人で話したいと思う」
「お屋形様!!」
ここで反応したのが、武藤さんだ。矢沢さんは登城というか・・・登館を許されていないようだからな。
「なんじゃ?不服か?」
「あ、いえ・・・なんでもございません」
まぁ懐に例の槍を仕込ませているからな。いや、害するつもりはないし、オレも色々と聞きたい事があるんだけどな。
その後、焼いていた肉を皆に配り終え、信玄は椀に入った米を3口程で食べ終わり別室にオレは呼ばれる。信玄の飯の食べるスピード早過ぎる件について。口の中熱くないのか!?
呼ばれた別室は狭い普通の部屋だった。だが、埃なんて何もなく綺麗に掃除されている。
「楽に致せ。で、此度の同盟だが今一度、強化するにあたって、先年の龍勝院の病を治せなかったのは、武田の落ち度。許せ」
え!?既に同盟結んでたのか!?知らなかったよ!?それに既に織田から誰か女性を出してた話なんて知らないぞ!?
「えっと・・・どういう関係の方でしょうか?」
「何も聞いておらんのか?先に居った四郎の正室じゃ。お主の殿の姪じゃなかったか?」
「すいません。同盟関係の人質や輿入れなどの話はあまりというか・・・まったく噛んでおりませんので申し訳ありません」
「おかしな事を言う。書状でも問題ないと言われては居たがどうしてもな。武田が何故こんなに織田家と同盟を強くしたいか分かるか?」
「なんとなくですが・・・えぇ。分かります」
「ほう?」
いや何度も言う、その『ほう?』とはなんぞ!?
「海が欲しいのでは?塩が無くなるのは死活問題ですからね。全てを他国から輸入で賄っていれば、そこを止められれば死にますからね」
「ふん。分かっているようじゃな。久しぶりに少し話しただけで武田に欲しいと思う男に会ったぞ」
「ははは。お世辞でも嬉しいですよ」
「まずは先にしておかなければならない事を済ませる。誰ぞ。松を連れて参れ」
「はっ」
信玄が呼ぶ、松・・・松姫の事だろう。史実では会う事のない奇妙丸君・・・じゃなかった。もう元服したんだよな。まぁ将来の信忠君の正室になるはずの女性だ。今はまだ子供のはず。
「失礼します」
「構わぬ。入れ。松が嫁ぐ織田家のお使者だ。挨拶しておけ」
「初めまして。松と申しまする」
見た目は小学生くらいだろうか。極めてこの子も教養があるように見える。
「こんにちわ。初めまして。織田家 芝田剣城と申します。あなたが嫁ぐ、信忠様ですが、この話を聞いた時、かなり喜ばれておりましたよ。お会いできるのを心待ちにしていると」
「それは誠ですか!?」
「あ、え、えぇ。本当に言ってましたよ」
「こら。松。でしゃばるな。この娘は今の所、ワシの娘の中で一番賢く、姫としての教養もある。それを室に出すという意味を分かっているか?どう噂を聞いたかは知らぬが、北条家からも松を室に欲しいと縁談を言ってきておる」
「確かにかなり良い女性のようです」
「で、あろう。ワシが身内を贔屓に言う事は滅多にない。寧ろ、逆に厳しく言うくらいだ。そのワシが手放して褒める女が松だ。単刀直入に言おう。見た感じ、先程から話して見て、お主はあまり仕掛けや、謀りを得意としていないように見える。平手や坂井はワシ程ではないが、経験はあるだろう。じゃからお主をここへ呼んだのじゃ。あぁ。松は下がりなさい」
「あっ、松姫様。これをどうぞ。美濃で流行っている砂糖菓子のような物です。信忠様から渡して欲しいと言われました。座ってお食べください。甘いですよ」
こんな事はお願いされていない。が、史実では悲しい結末だからな。この世界では普通に暮らして普通に生涯を共にしてほしいと思うオレが考えた事だ。ただの飴玉だけど。
それにナチュラルに信玄はオレをディスっているよな。本当に普通過ぎて、オレじゃなきゃ見逃してしまうだろう。
「織田の倅も余程、此度の縁談が嬉しいようじゃのう」
「本当に喜んでいましたよ。で、確かにオレは謀りや仕掛けは苦手です。ですので、思う事を言ってください」
「相分かった。上杉とは手切れとせよ」
いやいやぶっ込み過ぎだろ!?マジで単刀直入過ぎるだろ!?
「あ、いや・・・手切れというか、オレの知る限りでは上杉家とは同盟とか結んでおりません。ただ、商いで繋がっているだけでございます」
「で、あろうな。今のはカマを掛けただけじゃ。誠、お主は謀りは苦手なようじゃな」
「お、お手柔らかに・・・お願いします」
こんな戦国でも一位二位を誇る武将に口で勝てるわけないじゃん!オレは子供にすら負けるレベルだぞ!?
「では、別の聞き方をしよう。上杉には何を売っている?夢幻兵器と名のつく物も売っているのか?」
「いえ。兵器類は売っておりません。が、そろそろ武器類の輸出も考えている頃です」
「ほう?それはどんな武器だ?」
「色々ありますが、1番はやはり鉄砲ですかね。これは軍事機密ですので詳しくは言えませんが、尾張や美濃では旧式となりつつある鉄砲類です。旧式とはいえ、この鉄砲を使えば他国には無類の強さを発揮するでしょう」
「チッ。ここまで何も考えずに話す相手とは逆にやりにくさもあるのだな」
「え!?」
「いや。こちらのことじゃ。(ゴホッ ゴホッ)すまんな。で、その武器を武田が譲ってくれと言えばどうする?」
いやいや、売ってくれじゃなく譲れと!?無理だろ!
「流石に、譲ることは・・・」
「そこまで甘くはないか。では、面倒な事は抜きでこちらの条件を言おう。松を今すぐ美濃に連れて帰っても構わぬ。政略結婚だと思っておったが、どうやらそうでもないみたいじゃしな」
はい。来た。これが本題か。
「はい」
「これより定期的な人的交流は続けたい。良い事は癪だが我等も真似させてもらう。武器も普通に買ってやろう。その代わり、他の国には売るな。特に上杉にはな。あの戦狂いにだけは渡すな」
「そんなに上杉様は・・・」
「あぁ。このワシが嫌々になるほどにな。まぁ、この話が聞きたいならば一晩は掛かるぞ。で、これは一度限りで良い。近々、駿河を・・・考えている。その時に北条は必ず手を出してくる」
「駿河ですか」
「亡き治部大輔に、義理を立てて、氏真を攻めずに居たが彼奴は上杉、北条、武田の同盟に関しての秘密事項を相手方に話している。規約違反のようなものだ。彼奴はもうだめだ。氏真は駿河を纏める器ではない」
「で、織田はどうしろと?」
「北条は上杉と同盟している。ワシの軍略を聞け」
仰々しく自ら軍略と言うが、この後、そのスケールの大きさにオレはビックリしてしまう事となる。
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