甲斐への道のり 前
「出迎え御苦労。甲斐源氏19代 武田徳栄軒信玄である」
まさにそれは未来で見た事のある肖像画の人だ。甲冑姿ではなく、礼服というか、ずっと昔から着ているんだろうなと分かる着物だが、武田菱が背中と腕など色々な所に刺繍されているのを見ると、かなり高価な服のように思える。
ただ一つだけ疑問なのが、肖像画ではポッチャリのように思えたが、かなり痩せている。ワンチャン、後5年前後で亡くなるはずだから小さな病魔は既に身体の中にあるのかもしれない。
「出迎えは剣城か。息災なようでなによりである」
「滝川様。お久しぶりでございます」
「これはこれは。お久しぶりにございます。武田様」
「うむ。いつぞやの剣鬼ではないか。出奔したのは知っておったが、まさか織田家に身を寄せているとは知らなんだ。苦しゅうない。お主とは上下関係はない」
「・・・・」
「うん?どうされた?」
上泉さんが何か考えているようだ。そしてオレも何かが引っかかる。いや、この武田信玄とは今、初めて会ったのだが、その武田信玄がいくら旧知の仲で、かつて召し抱えたかった上泉さんが目の前に居るってだけで、こんな気を使った話し方なんてするか?
言ってしまえば、信長さんなんかより本物の天上天下唯我独尊な人だろう?
「失礼・・・もしや、武田信廉・・・様ではございませぬか?」
あぁね。未来の逸話的な事を聞いた事がある。確か信玄と瓜二つで影武者をしていた弟の信廉。三方ヶ原の戦いで、上洛中に亡くなった信玄を悟られないように確か信廉が信玄の軍配を持ち、撤退できたのだっけ?
まぁ、信玄本人と信廉を見比べた事がないからどれだけ似ているかは分からないが、この人は確かにオーラは凄いけど、どことなく優しさも感じる。
「ふぅ〜。いつまで隠し通せるかと思ったが、やはり剣鬼殿には偽れぬか」
「お戯れを」
「うむ。滝川殿も相すまぬ。改めて言おう。甲斐武田氏第18代当主 武田信虎が六男 武田親族衆筆頭 武田刑部少輔信廉である!(グワッ)」
信廉はそう言うと、優しい雰囲気から変わり、信長さんのようなオーラを出して自己紹介をした。普通ならこんな嘘・・・というか、冗談みたいな事は許されないだろうが、その咎める言葉を出させないオーラがさすが武田家の人だなとオレは思った。
「さすが、武田家 親族衆筆頭でございます。この滝川、見事に引っかかってしまいましたな」
「甲斐流の冗談だ。許せ」
何が甲斐流の冗談だ。気付かなければそのまま押し倒していただろう。
「えぇ。何も問題ありませぬ。ただただ、信廉様の冗談に凡愚のこの滝川が引っかかっただけにございますれば」
滝川さんはビックリするくらいの低姿勢だ。
その後はオレも加わり岐阜城へと向かう。岐阜城に城する前に金剛君に引き継ぎし、くれぐれも不自由のないようにと厳命した。愛洲さんや上泉さんは大丈夫だろう。怪しい者が目に入った時点で、その怪しい者の首と胴は千切れている事だろう。
オレの役目はここまでだ。オレまで登城するようには言われていない。というか、オレも出発しなくてはならないからだ。
で、そのまま出発準備をし、坂井さんは既に待機し、後は平手さんを待つだけなんだが、1時間ほど前に登城した信廉一行が早々に城下に戻って来た。
「あれ!?本日は城で一泊するのではなかったのですか!?」
「うむ。お主は先程のか。饗応などはワシは苦手だ。ここは甲斐とは全然違う。この寒空の中だというのに下々の民の熱気で暑いくらいだ。
聞けば其方が我が甲斐に出向くのであろう?これを持って行きなさい。朱印状だ。困った事があればこれを出せばある程度の自由は利く。甲斐の将等は各々の我が強い。心して向かうが良い」
信廉はオレに紙を一枚渡して、少しニコニコ顔で金剛君と一緒に雑踏に消えて行った。有力者があんなのでいいのだろうか。
「おぉ〜!すまんすまん!待たせたな!」
「あ!平手様!」
そうこうしていると、やっと平手さんも現れた。ビックリするくらいの大荷物を持って。
「同行は剣城殿と坂井か。それに護衛が数人とな?」
「平手様。息災なようでなによりにございます」
「よせ。よせ。今やお主は穂積を任されるようになったのだ。頭は下げなくともよい」
聞けばこの二人も昔からの知り合いなのだそうだ。いやまぁ、そりゃ織田にあってだから知り合いは知り合いなんだけどね。
「よし!では参ろうか!嘉之助!荷車を引いて参れ!」
「大膳君も荷車を」
ちなみに、平手さんの荷車の中は全て私物なのだそうだ。この人はかなりの綺麗好きで、毎日風呂に入る人だし、特に歯磨きを直ぐにする人だ。
子供の頃に虫歯になったらしく、放っておけば肉が腐ると言われたようで、抜いてもらったそうなのだが、死ぬほど痛かったそうで、それ以来、歯は大切にしているのだそう。他には髭剃り、シャンプー、トリートメント、ボディーソープ、バスタオル、パジャマ、マイ枕、ジャージ、作業着などなど・・・。
全てオレが出した物。もしくは、未亡人の人達に作ってもらった美濃産の物ばかりだ。
そして、まずは浜松の方へ向いて歩き出す。道案内は先程、信廉と一緒に来ていた陣笠を被った物静かな飛脚ぽい人だ。休み無く歩いているのにこの人は息切れ一つしていない。名前は与作さんって人らしい。
ルートは岡崎城で一泊し、井伊谷から躑躅ヶ崎の方へ向かうルートらしい。
「剣城殿は聞いた所、足腰が少し・・・と聞いておりますので、歩はゆっくり進める事に致します」
「ははは・・・。はい。よろしくお願い致します」
軽く与作さんに毒吐かれたけど、ゆっくり進んでくれるらしい。既に岡崎に来るまでにかなり疲れたんだけど。ってか、何でノアに乗らなかったのだろう。いや、これは平手さんのせいだ。
「うん?お主は騎乗して向かうのか?男なら右の足左の足で一歩ずつ歩みを進めていくものであろう?一足踏み出せばその道が道となり、その道が道となる。そう思わぬか?」
「え!?」
どこかの闘魂さんが言ってそうな言葉を言いやがったため、歩きになったのだ。本当に馬鹿か!?と言いたい。
もう空も暗くなり、夜と言ってもおかしくない時に岡崎に到着だ。オレの腕時計・・・岐阜標準時間で午後18時だ。この時間はかなり正確だと思う。信玄の贈り物の中に腕時計も入れてある。今回の徳川領を通る事のお礼に家康さんにも腕時計を渡すつもりだ。
正門の衛兵二人に挨拶をして、即座に数人の上級の人達がやってくる。その中に・・・、
「おぉ!剣城!!久しぶりだ!!よくぞここまで!さぁさぁ!」
やけにテンションの高い家康さんだ。
さっそく奥の間へと通される。あのいつかの無愛想な女性に足を履かれて部屋に上がる。まぁ靴だから足は汚れていないと思うけど、これも役得だ。女性に足を洗われるのは嫌いではない。いや、寧ろ無愛想な女性でも気持ちがいい。
「剣城・・・久しぶりだな(ポリポリ)」
オレが気持ち良く足を洗ってもらっていると、1人の妙齢の人が声を掛けてきた。久しぶりと言われるくらいだから会った事あるのだろうが正直覚えていない。
「あのう・・・どちら様でしたかね!?」
「なっ!!貴様・・・このワシを忘れたと申すのか!?」
男はそう言うと掻いていた頭を指指して少し怒った。そしてそれで思い出した。
「あれ!?酒井様ですか!?髪の毛フサフサになってるじゃないですか!!」
「う、うむ。例の薬にてな・・・。ワシも驚いている。もう先の一揆から2年程経つからな。どうだ?あん?中々に効果が出ているだろう?数々の高僧が進めてきた毛生え薬を試したが生えてきた事はなかった。が、お主の薬は見ての通りだ!」
確かに、徳川家には農業神様から買った毛生え薬を毎回、行商で売っていたと記憶がある。で、酒井さんにも一揆の後にプレゼントした覚えもある。だが、まさかここまで効果があるとは・・・。
「殿?その方が剣城様ですのん?」
は!?この人もファッキンサノバになったのか!?明らかに10代半ばの女の子が話しかけているんだが!?
「あぁ。剣城。あれはお主がこの・・・な?薬を受け取った後に迎え入れた女でな?名を、つゆというのだ」
確定。ファッキンサノバ忠次だな。
「・・・・」
「な、なんだその顔は!?側室とはいえ、ちゃんと正式に殿にも許しを得て迎え入れたのだ!織田家の前田利家と然程、変わらないだろうが!」
「えぇ。いや、何でもありません。後程、何かお祝いをお渡ししますよ」
チッ。何が徳川四天王だ。何が徳川十六神将だ。確かどちらも筆頭と言われてたと思うけどイケオジプレイボーイか!?
「忠次。平手殿も武田家の者も居るのだ。戯れはその辺にしておけ。配下が見苦しい所を見せた。許せ。三河は最近は潤ってきたとはいえ、元は何も無い貧しい所だ。だが、今宵は長旅も疲れを癒していただけるよう精一杯おもてなしさせていただきましょう」
「はっはっはっ!さすが、徳川のタヌキ殿!よく分かってらっしゃる!」
瞬間的にヤバいと思った。いくら仲の良い織田家といえど、家康さんと平手さんは格が違うし、そんな軽口言える程ではないだろ!?お調子者のように思えたけど怖い者知らずか!?あぁ〜あ・・・武田の道案内の人も少し引いているじゃないか・・・。
「ははは。これはこれは。平手殿にもタヌキと思われますか。最近は去年の謹賀のびんごげぇむの折に当たったダイエット器具なる物で鍛錬はしているのですが」
これが史実の天下人の余裕なのか・・・。笑って流したぞ!?
「平手様。その辺にしましょう。徳川様はこういう時でも精一杯もてなしてくれる方ですよ」
「うむ。そうなのか?いや悪い悪い!元来俺は口が立ってしまうとお館様にも言われるのだが、こればかりは直らん!悪気はないのだ。以後気をつける」
「良き哉。(パンパン)料理人!それと女中衆を連れて参れ!今宵は織田家御一行及び、武田家 案内人の疲れを存分に癒してさしあげよ!」
素晴らしい!実に素晴らしい!家康さんが選んだ女は可愛い子だらけだ!ふふふ。ゆきさん。今日ばかりは仕方がない。少しは悲しむだろうけど、これも仕事の一つだ。
「おっほっ!良い良いぞ!これ女!座れ!」
平手さんはさっそく両手に女を座らせてやがる。
「そ、某は妻帯者故、酌のみで結構・・・ど、どこを触っ・・・う、うむ・・・ま、まずは飲もう。断るのは礼儀に反する・・・」
坂井さんも女の魔力には屈するか。仕方がない。ではオレも・・・
「剣城!今宵もサウナにて裸の付き合いをしましょうぞ!」
は!?何でオレは家康さんの相手しなくちゃならないんだよ!?オレも女相手がいいんだけど!?
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