藤吉郎にゾッコン!?

 「いやぁ〜、申し訳ないですな!姐さんに誘われましたからな!」


 「いえ。こちらも1人同席をお願いしましたので、丁度良かったです」


 ゆきさんがねねさんを誘ったらしいのだが、そこに羽柴さんの弟の秀長さんが居たそうだ。そして社交辞令で誘ってみたのだそうだが、二つ返事で『御相伴に預かります』と、言われたらしい。まぁ、無下には出来ないよな。

 だからどうせならこちらもと、朱華さんを同席させる事とした。物流に関しての事で、どうせ海運の件もあるのだから、顔合わせさせておくには丁度良いしな。

 本来は名字の件だが、その後は宴会風になるのも明らかだ。気配を消しているようだけど、隣の部屋に慶次さんと筆頭家老さんが、待機しているのも分かるし。


 「お待たせ致しました。本日は仲の良い者同士とお聞きしました故に、あまり彩らず剣城様が好物のすき焼きと致しました」


 「金右衛門さん。流石、分かっているね!ありがとう!けど、白菜要らないんだけど?オレ、嫌いなんだよ」


 「剣城様?好き嫌いはいけません!小見様からも、『剣城殿の鍋には野菜を多めに入れなさい』と、言われているくらいです」


 「分かった!分かったよ!じゃあ、誰が誰やら分からないと思うけど、先に乾杯しよう!乾杯!」


 「「「「乾杯!!」」」」


 腹が減ってはなんとやら。朱華さんは、すき焼きに驚き、尚且つオレ達が生卵に絡めて食べる事に驚き・・・じゃなく、少し引いていた。朱華さんは流石に、生卵に絡めて食べる事には抵抗があるようで、そのまま食べている。そこは気にしていない。人それぞれ好みも違うし。

 そして、食べながらと行儀が悪いかもしれないが、オレが簡単に羽柴さん親族、朱華さんがどういう人で、どういう仕事をしているかと伝えた。


 「(ブボォォッ!!)な、なんと!?明の女なのか!?」


 「ちょ!汚いって!!その話はまた後で!先に、ねね様に伝える事があるでしょう?」


 「なーに?藤吉郎様?」


 「(ゴホンッ)ねね。落ち着いて聞いてほしい。アッシは・・・名前を変えたいと思う。いや・・・既に変えたのだ」


 「え!?名前を!?何故!?」


 「う、うむ。ねねの実家にはよくして貰った。今川家以来からずっとな。土地も無かったアッシは農民とも言えるか怪しかった。じゃがねねのお陰で農民になり足軽にまでなり、配下まで増えた」


 「なら、今のままでも・・・」


 「いや、駄目だ。今のままでは、血筋も良い柴田殿や丹羽殿から見れば、面白くないだろう。此度、お館様から剣城が行っている、物流なる仕事を引き継ぐ事となった。この意味が分からない、ねねではなかろう?」


 「え!?藤吉郎様が・・・出世!?」


 あ、うん。ねねさんって本当にこの羽柴さんの事が好きなんだな。一気に顔が変わったわ。最初は泣きそうな顔だったのが、今や家を守る女の顔に変わったな。


 「出世かどうかはまだ分からない。じゃがこれが、うだつが上がらないアッシが出世できるかどうか、初めての大仕事だと思っている。お館様の期待にアッシは答えたい。その為にも、柴田殿や丹羽殿に肖りたいと思い、御二方から名字の一文字を拝借した。これからはもっともっと、ねねの実家に援助したいし、恩を忘れる事はせぬ」


 「う〜ん。けど、藤吉郎様は直ぐに他の女の尻を・・・」


 あちゃ〜。ここへ来て遊び人が仇となるか。こんなに良い奥さんが居るのに、遊びまくる羽柴さんがいけないよな。本当に健気な奥さんだな、ねねさんは。助け舟を出してやるか。


 「ねね様。よろしいですか?」


 「あっ!えぇ!どうぞ!」


 「羽・・・木下様がこの事を言ったのには理由があるのです。実は名字を変える事を提案したのはオレなんです。上の人の事を考えながらではないと、武家社会での出世は厳しいかと思いまして。信長様はその限りではありませんが、他の方は違います。部下が活躍して喜ぶ方も居れば、『下の癖に偉そうに!』と思う方も居ます。言葉は悪いですが柴田様は後者ですね。ですのでオレが間に入り、軋轢を生まないように名字の一文字を頂くよう、提案しました。まさか木下様という名字が、ねね様の御実家由来だとは知らなくて・・・」


 うん。本当は知っていたし、名字変える事がこんなに大事になると、知らなかっただけだ。


 「(ゴホンッ)姐さん。兄者は他の女を追い掛けたり、酒を飲んだりするのは事実です」


 「なっ!?秀長ッ!!!お前!!」


 はぁ!?秀長さんは何言ってんだよ!?空気読めよ!?


 「兄者は黙って下さい。それで時折り、帰らない事もあるかとは思いますが、その度に、『やはり誠の女子はねねしか居らん。ねねの元でないと心までは満たされぬな』と言っておるのです」


 おいおい!?浮気確定な言い方じゃないか!?現代の妻、夫の間ならこんな事を兄弟に告げ口されれば、即離婚案件じゃね!?


 「藤吉郎様・・・。あなたは私の事をそこまで・・・。木下ねね。藤吉郎様の思う事、やる事、全て了承します!いついつまでも、ねねをお連れ下さいまし!」


 いや、もうね・・・。笑うしかないわ。ねねさんがこの人にゾッコンって事が分かったわ。朱華さんなんて鼻で笑ってるし。


 「うむ!ねね!これからもよろしく頼む。フラフラしてしまうアッシかもしれないが、帰る場所はねねの元と決めておる」


 「藤吉郎・・・」


 ふんっ。やってられないぜ。まっ、末長くだな。


 「それでだ。今日からアッシは羽柴藤吉郎と名乗ろうと思っている。よって、秀長!お前も今日から羽柴と名乗れ!」


 「御意」


 もう少し面倒臭くなるかと思っていたが、ねねさんの説得も結局は、羽柴さん一人でどうにかなった感じだ。まぁ、秀長さんのあの一言にビックリはしたけど。


 「では・・・ここから仕事の話もしていこうと思います。この方は明の商船の一団を率いる、朱華さん。まぁ、斯くいうオレも朱華さんとは久しぶりだから、まずは親睦を深めていければと思います。朱華さん。こちらはオレの上司?で、羽柴藤吉郎様って方だ」


 「おい!剣城!何故、上司?なのだ!役職はお主の方が上やもしれぬが、アッシの方がお館様に仕えて長いのだぞ!!」


 「その部下に、お金を借りる人は誰っすかね!?」


 「ぐぬぬ・・・」


 「藤吉郎様?どういう事でしょうか?」


 「ね、ねね!?これは違うのだ!」


 ふん!オレに逆らえばこうなるのだ!羽柴さんよ!覚えておけ!ふはははは!


 「ふふふ。さっきは黙って聞いていたけど、面白い夫婦だね〜。アタイは朱華。剣城の旦那から言われた通り、明の商船を率いている。あぁ。口が悪いのは堪えてちょうだい。日の本の言葉は難しいからね」


 剣城の旦那って・・・。これまた変な呼ばれ方だな。まぁ、正式に配下のような形になったって事・・・だよな?


 「お主が女頭領か。今しがた聞いた時は驚いてしまった。アッシは羽柴藤吉郎。見苦しい所を見せたな。剣城が担っている物流の仕事を、アッシが引き継ぐ事となった。今後ともよしなに頼む」


 「うん。こちらこそよろしく頼みます」


 パンッパンッ


 「とりあえず、難しい話は後日で!今日は飲みましょう!で、そこの隣の人!」


 「がははは!我が君!お呼びですかな!?」


 「なんだ?なんだ!?俺は小川の爺と飲んでただけだぞ!?」


 「はいはい!そんな言い訳はいいから!慶次さんは明の話が聞きたいんだろう?朱華さん。この2人はオレの軍・・・というか、家の中でも1番、2番に信用している、前田慶次、小川三左衛門って人だ。よろしくしてやってほしい」


 「ふふふ。分かったさね。アタイは朱華。前にも会った事あるだろうけど、これからは毎日会う事になるよ。那古屋の船に皆への土産を持って来ている。明日にでも渡すよ」


 「おぉ!朱華とやら!お主は話の分かる奴だな!今宵は明の話を聞かせてくれ!」


 「慶次?一応、仕事の話もするのよ?まつに言いましょうか?」


 「ゲッ・・・ねねの姐御・・・居たのか・・・」


 「慶次坊!なーにが『居たのか』だ!!」


 「木下のおっちゃん・・・」


 「違う!今日から羽柴になったのだ!慶次坊も覚えておけ!」


 仲の良い者、旧知の仲の人、初めましてで、外国の事を知ろうと思う人と入り乱れ、やはり最後は宴会のようになってしまった。

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