鞠の暗躍

 「私が前線で指揮を取りましょう。剣城殿は古の忍びの指揮をば」


 「え!?半兵衛さんが前に出るのですか!?」


 「ほっほっほっ。このヘカテーの杖なる物の威力を見ようかと。ですが、私達を助けて下さいね?さすがに大軍相手に囲まれるのは、中々に骨が折れますからね」


 いやいや、やっぱり前に行くのかよ!?ヘカテーの杖のレプリカ・・・半兵衛さんに渡さない方が良かったのか!?


 半兵衛さんは坂井さんや慶次さん達と、作戦を立て出した。オレは目配せされ、例のやたら戦好きの爺ちゃん、婆ちゃんに概要を話す事にした。まぁ、オレが指揮するのだから当たり前か。


 「ゴホンッ・・・。方針が決まりました。オレ達は隘路の死角から敵の指揮官級を屠ります。野田権之助さん、小泉六之助さん、そして貴方は・・・」


 「ワッチは牧村春子。百合の叔母さね」


 「あぁ〜!あの牧村さんの一族の方でしたか。これは失礼をしました」


 どうもこの牧村春子さん・・・芳兵衛君の彼女の牧村百合さんが、甲賀と清洲の村を行ったり来たりして、このお婆ちゃんを世話してたそうな。

 食べ物、薬など色々と渡していると、みるみる内に体力回復していき、今や現役の時と、そう変わらない動きが出来るようになったそうな。


 「えぇ。百合から色々と聞いておりましてね。此度の忘年会なる会に呼ばれ、参った次第でございますれば。剣城様は女だろうが、日々の糧を頂けると。百合がお世話になっていると聞き、どんな殿方かと思っていた次第ですじゃ」


 「いや、大した男ではないですよ。オレが着てるこのダウンジャケットも百合さん達、女衆が作ってくれた物ですよ」


 「ふふふ。良い男じゃないかい。ワッチがもう少し若けりゃ抱いてもらいたいくらいさ」


 いやいや、何でオレはこんなにも年配の女性に言われるんだ!?薩摩でも、にしさんに詰め寄られたし・・・。


 「春!その辺にしておけ!我が君は、ゆきにゾッコンなのだ!」


 「三左衛門かぃ。百合から聞いているよ。剣城様に厚遇され、家老格になったそうじゃないかい。あのションベン漏らしがよくぞここまでね〜」


 「小川さんとお知り合いでしたか。いや、まぁ出身が同じだから当たり前ですよね」


 「ぬぅぁ!?誰がションベン漏らしだ!」


 「ふん。餓鬼の頃に誰が面倒見てあげたと思ってるんだぃ!」


 あの小川さんが押されているだと!?この婆ちゃんはそんなに凄い人なのか!?


 「ゴホンッ。昔話はそこまで!ここからは真面目に聞いて下さい。まず、坂井様や慶次さんが前で蹴散らし・・・」






 〜本圀寺〜


 「え、援軍はまだなのか!?細川!直ぐに伝令を出せ!」


 「入り口は明智が守っておりまする。未だ余裕があるくらいですので、将軍は焦らぬようどっしり構えてお待ち下さい。そして伝令の方は昨夜に出しております」


 「クッ・・・ここで予が討たれでもすれば折角、予が京を再建しようとしていたのが水の泡ぞ!」


 'チッ。あんたは何もしてないじゃないか。飲んで食べて女に蹴鞠に、遊んでいただけではないか'


 「細川!何ぞ言うたか?」


 「いえ。別に何も。とにかく、将軍はいつもと変わらずお過ごし下さい。某は正門に参ります故」


 「う、うむ。そうだな。予があたふたしていれば兵の士気に関わるな。誰ぞある!女と酒だ!」


 


 「十兵衛」


 「細川様!このような大軍の中、援軍に馳せ参じて頂き感謝に堪えません!」


 「うむ。構わぬ。家臣の時からお主は教養があり、目を掛けて参った」


 「勿体のう御言葉でございます」


 「よせ。今はワシの家臣ではないのだ。それにしても見事に囲まれておるな」


 「はっ。私が命を賭してここをお守り致します」


 「うむ。援軍無き籠城は沈みゆく船と同じぞ。織田家に伝令は届いたのか・・・?」


 「我等の伝令が届かなかったとしても、武衛陣に芝田殿の家臣等が詰めていた筈。その者等は元は甲賀の草達です。芝田殿を通して必ず美濃、尾張に届いている筈でございます」


 「芝田・・・ここ最近、よく聞く名だ。織田殿と連名で帝への献金をした者だな。何者なのだ?」


 「私もそれ程までは存じておらず・・・ただ、芝田剣城なる者の名が聞こえ出してから、美濃、尾張から急速に物が溢れ返っておりまする。私も一度、二度程は会った事があるのですが、そこまで話してはおりませぬ」


 「そうか。その鉄砲は・・・国友印の刻印がされておるな?」


 「はい。将軍付きの芝田殿の配下の女から5丁程、融通してもらいました」


 「何!?将軍の夜伽衆に入り込んでいるのか!?」


 「そこまでは分かりませぬが、その女も間違いなく甲賀の者だと。身のこなしが下忍のそれと同じでした。私は好みではございませぬが、見た目はどこぞの姫のような出立ちでした。確か名前が・・・鞠と言っていたと思いまする」


 「そうか。まぁ、この調子で守るぞ。兵を均等に分けて守るのだ。総攻めされると人数差で必ず突破される」


 「はっ。畏まりました。ただ、守るだけでは敵は減りません。殺し間にて私が敵を減らしましょう」




 〜三好本陣 東福寺〜


 「先手衆はどうだった?」


 「宗渭様。先手衆は鉄砲にて殺られました」


 「良い。奴等は摂津で無法を犯した、生きるに値せぬ奴等だ。武衛陣ならば考えもんだったが、あの轟音なる大砲は本圀寺には無いのだな?」


 「はっ。見た限りではございませんし、鉄砲こそ精度も良く脅威ですが、数は見当たりません。歩卒に絶え間なく攻めさせ、組頭の判断で雪崩れ込ませると詰みですね」


 「うむ。織田は来るまで今暫く掛かるだろう。その前に何としても将軍を抑えよ。さすれば、後はどうとでもなる。それにしても義継・・・よくぞ我等の意見を汲んでくれたな」


 「はい・・・。少々心苦しいですが・・・」


 「世は乱世。裏切りも正道となる事もある。だがこれは三好の為。義継があの、うつけと肩を並べる事は難しいだろう。義継が我等と袂を分かっていれば、これ程の兵は集まらなかっただろう」


 「はい・・・」


 「そう難しい顔をするな。お前はここに座して待てば良い。ワシと長逸に任せておけ。我等があと一刻もせぬ内に、将軍を捕える。それと同時に長逸と筒井が大和を攻め立て、松永を帰らせぬようにする。後は朝廷に圧力を掛け、勅使を出し停戦する。織田を京から追い出し、我等が畿内を統べるのだ」


 


 〜本圀寺 安国院 生御影堂〜


 「ねぇ?鞠?本当に大丈夫なのかぇ?」


 「お清さんは落ち着いて下さい!剣城様が助けてくれます!」


 「その鞠の殿はそんなに凄い方なのかぇ?そんな男なんかより、将軍に姦通された方が幸せなのじゃないのかぇ?鞠はいつものらりくらり躱しているだろう?何て言ったかしら?べんぞ・・じ・・」


 「ベンゾジアゼピンですよ」


 「そうそう!それよ!眠り薬と酒を盛ってるのでしょう?」


 「人聞きが悪いですよ?私は将軍が日々の疲れを癒す為に、深い眠りに入ってもらうお薬を処方してるだけです」


 「ふぅ〜ん。それにしても女でも学べるとはねぇ〜」


 「美濃や尾張では性別、年齢関係なく誰でも学べる学舎がありますよ。食べ物も美味しいですし。それらを全て、剣城様がしてくれているのです!」


 「鞠はその殿方の事を話す時はいつも笑顔だね」


 「そ、そんな事ないですよ!」

 

 「そうかしら?」


 「そうですよ!」


 「ふふふ。そういう事にしてあげましょう」


 「お清さんも美濃に来れば分かりますよ!」


 「ふっ。詮無きこと・・・私は鞠のような身のこなしは出来ないし、頭も悪いし、一時の慰みだけの為に、この身体目当てで将軍の目に叶っただけだからねぇ〜。この戦が終われば下賤の女を抱いた事が無くなるように、殺されるでしょうね」


 「そんな事させません!お清さん!私と剣城様に任せて下さい!剣城様なら必ずどうにかしてくれます!」


 「鞠がそこまで言うなら貴方に賭けてみようかしらねぇ〜」


 剣城様から連絡が来ない。けどそろそろ近くまでは来ている筈・・・。私の任務もここまで。女の股ばかり触る将軍は嫌い。明智なる男の事は聞いた事があったから、鉄砲を渡したけど、まさかこんなにも敵が多いとはね・・・。

 

 将軍に無理矢理でも前に出てもらい、皆の士気を上げ、剣城様や大殿が必ず駆け付け潮目を変えてくれる筈。私は出来る事をするのみ!


 

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