視察という名のデート

 登城しなくていいとは素晴らしい事だ。いつもいつも、急にとんでもない事を言い出す信長さんだが、こうやって明らかに『休息を取って良い』と言われているような時は、本当に何も言われない。


 たかだか3日程しかない休みだが、これがどれだけ嬉しい事か・・・。


 信濃の件は大膳君、塩屋さん、杉谷さんに任せてオレは、久しく歩いていない岐阜の城下と清洲の城下を、視察という名目でゆきさんとのデートだ。この日は珍しく隼人君が護衛として一緒に来ている。ついでに・・・。


 「はっはっはっ!隼人君!隼人君はオレに感謝しろよ!?」


 「あ・・・いや・・・勘弁して下さい!」


 「もう!剣城様は茶化さないでください!」


 「ごめんごめん!まさか琴ちゃんと隼人君が本当にお付き合いしてるなんて思わなかったからね。剛力君に言って、2人の家を建てるように言ってるから!あっ!オレのポケットマネーからだから!隼人君も浮気は許さんぞ!?ははは!」


 そう。隼人君が居るならと、琴ちゃんも連れて来たのだ。ダブルデートというやつだ!タイムスリップ前にはした事が無かった、リア充カッポーがしていた事を今・・・感無量である!


 「ふふふ。隼人も大人になったのね。琴も隼人の事と剣城様の事をよろしくね」


 「当たり前よ!ゆきも剣城様の正妻として、ちゃんと家を守るのよ!」


 オレの直近の甲賀の人達は幼馴染に近い感じだ。金剛君、剛力君、鞠ちゃんやお菊さん、鈴ちゃん、奏ちゃん。おっと・・・大膳君もだな。皆、仲が良いと思う。


 「がははは!我が君!奇遇ですな!」


 「小川さん!?何でここに!?」


 「何で?とは?ワシは筆頭家老ですからな!いつ如何なる時も我が君からは離れませんぞ!がははは!」


 こんな小川さんも大野さんや小泉さん、黒川さん達と歳は違えど仲は良いし、偶に言い合いはしているが、お互いがお互いに信頼はしてる感じだ。


 「あっ!そうだ!小川さんにも仕事があった!自転車使っていいから、甲賀の家族の人達を呼んでくれないかな?単身で岐阜に来てる人も多いですよね?」


 「がははは!その手には乗りませんぞ!ワシは我が君とでーとをしますからな!」


 は?いやいや、何でオレが小川さんとデートしなくちゃならないんだよ!


 「三左衛門!こんな所に居ったか。剣城様。申し訳ない」


 「望月さん。こんにちわ」


 常識人の望月頭領の登場に、小川さんはオレの背中に隠れる。優しそうな雰囲気の望月さんだが、やはり凄い人なんだろうな。


 「頭領!ワシは嫌じゃ!我が君と居るのじゃ!」


 「だめだ!剣城様は奥方とでーとの時間だ!お主はワシと甲賀隊 親族衆の馬車を走らせるのだ!来いッ!」


 「わ、我が君〜・・・」


 「ははは。小川さ〜ん!お願いね〜」


 そんなこんながあったが、やっと視察だ。だが、これもまた大変である。


 「剣城様!!こっち!こっち!」


 「いやいや、この源三郎のケーキ屋においで下せぇ〜!」


 「(ペッ!)そんな甘いだけのケーキなんて、剣城様は食べ飽きておられる!剣城様!この俺が作った辛いラーメンを、食べていって下せぇ〜!」


 「剣城様・・・これは・・・視察どころではなくなりましたね・・・」


 「ゆきさん。ごめん。ここまで凄い事になるとは思ってなかったんだ」


 ここは始まりの村のレストラン街だ。オレの肝入りの、できた瞬間から老舗のような飯屋が並んでいる所だ。店の名前も何代目〜屋や、元祖〜屋みたいな名前の店ばかりだ。どれもこれも創業2年目くらいだろう。


 ここでは建物で商いをするのが主流ではあるが、他国の行商人が道端で物を売るのも、許可を出している。売れるか売れないかは分からないが、鐚銭50枚で商いのみ。100枚で仕入れも行っても良いとしている。


 回収した鐚銭は、岐阜城北側にある関係者以外立ち入り禁止且つ、不正を働いた者は容赦無く罰せられる、織田家の力の源の織田製作所(仮)の高炉にて、新しいお金、もしくは何かの部品に生まれ変わっている。


 ちなみにだが、ゆきさんの考えで仕入れを行う人に関しては、腕章とちょっとした粗品を渡している。オレが居ない間に鐚銭50枚しか払ってないのに、方々の店で仕入れを行っていた商人が居たらしい。だから、不正が出来ないように100枚払った人には腕章を渡して、堂々と仕入れするようにと通達している。


 その粗品とは栄養ドリンクだ。たかだか、1本飲んだだけで身体は強化されないけど、体調不良、疲れなどはすぐに治るから喜ぶだろう。他国の行商人には美濃、尾張を宣伝してもらわないといけないから、大切にしないといけないからな。


 それと、行商人が他国で何をいくらで売ろうが織田家としては、無理に値引きをして来なければとやかく言うつもりはない、という事を明確に示している。まぁ、機に聡い商人なんかは値引き交渉なんかせずに、織田領で仕入れをし他国で4割増しで売ったりしている、と聞いている。塩屋さんも顔負けのボッタクリである。まぁ塩屋さんも大概だけど。


 ここは最初に言ったようにレストラン街だ。レストラン街とは完成された食べ物がある所だが、ここで何を仕入れるか。それは全店ではないが、火入れしたレトルト風な飯を売っている店もあるのだ。そのレトルト風な・・・代表的なのが、岐阜カレーである。オレはもう現代一般人の一生で食べるカレーの量を、既に食べていると自負している。だから、自らカレーを食べる事はない。


 他には鯖の味噌煮や親子丼、牛丼などなど。もしオレ以外に誰かタイムスリップしたとしても、ここ清洲の城下に辿り着ければ泣く程喜ぶだろう。そのくらい現代にある飯と遜色がないと思う。まぁどの料理も現代より甘いのがオレは辛いけど。砂糖とはそれ程までに凶暴という事だ。


 どうやって保存しているか。それは真空パック機だ。Garden of Edenで一台、1万円で購入した機械だが、店の女将や主人が望めば無料で渡している。動力は(株)天照物産の努力の結晶らしく、横に手で回すハンドルがあり、それを回すとセットした袋が移動し、空気を抜きながら密封してくれる構造だ。なんなら、オレも欲しくなり家に一台置いている。




 「ふふふ。やはりここに来ましたか」


 「ゆきさんも分かっているよね〜。男なら誰でも気が付けば来たくなる、夢の詰まったお店だ!」


 「へい!らっしゃい!おっ!?剣城様じゃないですか!?しかも奥方殿や側近の隼人様や生き菩薩と名高い琴様ではないですか!?」


 オレは大した人間ではない。本当に矮小でしょうもない男だ。だが、美濃や尾張の人達はオレを過大評価してくれ、しかも何かすれば噂が噂を呼び、どんどん功績が大きく伝わる風になり、今や二つ名どころか配下の隼人君達にも、変な二つ名がつくようになったのだ。


 ここは何のお店か。保存食を専門で売っているお店だ。このお店は他国では通用しないであろう、店の名前は『肉屋』だ。そのままの保存肉しか売っていないお店だ。ジャーキーが主力のお店だ。


 「奥方殿!先月に出来上がった猪肉の蜂蜜塩漬けです!いえいえ!お代はいりません!いつかお食べになって下さい!」


 「いいの?毎回悪いですよ」


 「いいんです!俺がこんな店を持てたのは剣城様のお陰なんです!」


 ジャーキーの他に、真空パックには色々な肉料理がある。香草焼き、ローストビーフ、甘辛焼き、野菜炒め、猪肉の角煮などなど。


 ちなみにだが、消費期限も徹底するようにはしている。今や硝石氷がどこもかしこでも作られていて、この真空パック保存にした料理を氷の中で保存して、冷凍庫代わりにしているのだが・・・というか、オレが『そうしろ』と言ったのだ。


 一般の人は他国に旅行なんかには行かない。行くのは行商人なんだが、皆が皆、塩屋さんや例の出入り飛脚の伝兵衛さんのような、健脚ではない。いくら火入れして、真空パックにしたといっても、今のような真冬ならまだしも、夏ならばすぐに傷んでしまう。それなら氷漬けにすればいいじゃん!と考えた運搬方法だ。


 その分、重さが出るが仕方がないだろう。


 「ふふふ。剣城様。貰うだけでは、やはり芝田家の沽券に関わります。大判10枚で謹賀の甲賀の親族衆の土産になんて、いかがですか?直系の家族だけとはいえ、甲賀にはそれなりに親戚衆も多数居る、家の者も居るでしょう」


 「そうだな。主人!多めにお金は渡すから、一口ずつ味見してもいいですか?」


 「め、滅相もございませぬ!どうぞ!どうぞ!お食べ下さい!!」


 「あのう・・・剣城様・・・」


 「うん?隼人君。どうした?琴ちゃんと抜け駆けしたいのかな?」


 「え!?いやいや違います!外に往来の店の者が・・・」


 「剣城様!うちのも買っておくれ!!」「ワシの店にも来て下せぇ〜!」


 「かぁ〜!!分かった!分かった!後で行くから店先に押し寄せない!!」


 「ふふふ。剣城様。デートとは面白いですね!お金はここに入れております。お好きに使って下さい」


 ゆきさんはこうなる事が分かっていたのか。現代風のバッグの中に、大判をかなり入れていたみたいだ。


 


 「ふぅ〜。疲れた・・・。ってか、こんなに荷物が増えてどうしようか」


 「剣城様の技で入れておけばいいのでは?」


 「確かにそうだな。けど、味の感想とか言わないといけないから、忘年会の時にでも皆に振る舞う事にするよ」


 「畏まりました。お任せ致します」

 

 普段は寡黙な隼人君だが、無駄な事はあまり言わない性格なのか、少し寂しい気もする。金剛君なら・・・。


 『筋トレ代わりに運びましょうか!?』


 とか、言いそうなんだけどな。


 オレ達はゆきさんが作ってくれたお弁当を持ち、始まりの村へやって来た。正確にはオレがこの時代にやってきた森だ。


 オレが現れた所だけ木は切り倒され、剛力君が地均しをして、ベンチやちょっとしたアスレチックのような遊具を置いてあり、今や公園のようになっている。ただ、森の中だからなのか・・・人は全然居ない。なんなら、村の人達はオレの生誕地のような扱いで、入り口に農業神様と戦神様、芸術神様と丸い球体の木像を鎮座させてある。


 「剣城様。ここは・・・」


 「琴ちゃんが思っている通りの所だよ。オレが現れた所だ。まぁ八兵衛村長なんかが、大袈裟に生誕地とか言って、こんな風になってるだけだけどね」


 「そうですか。なら、神聖な所ですね!」


 意味が分からない。大袈裟にしてるだけって今言ったとこじゃん!?あぁ〜あ・・・。琴ちゃんまで変な事言い出したから、無言での食事になってしまったじゃん・・・。


 「ねぇ〜?3人に言いたいんだけど・・・こんな真面目な雰囲気は嫌いなんだけど・・・」


 「いえいえ!ここは厳正なる態度で居る場所でございます!」


 ゆきさんの被せるような口調で、ここはおちゃらけを言う所ではなくなってしまった。皆黙って、ゆきさんが作ってくれた卵焼きとベーコンの簡単な弁当を食べ終え、デートと言えるか分からないが、戦国時代のデートは終わった。



 そして、肝心な・・・。


 「そうなのですよ!農業神様!部下の家族や部下を含め、忘年会をしようと思っているのですよ」


 そう。部下の労いに必要なのは、農業神様のアイデアだ。


 「ふむ。何か催し物を考えているんだなぁ?」


 「はい!そうです!甲賀の家族衆ですからね。報告は受けていないのですが、どうも陰で働いてくれてるみたいなのです。先日の沿道での声援を出す役や、急遽物資を運ぶ役など色々と・・・」


 「そんな事考えなくてもおいは、我が兄弟が飯を振る舞い、労うだけで十分だと思うんだなぁ」


 「え!?それだけですか!?」


 「それだけでいいんだなぁ」


 「そうですか。まぁ分かりました。後、もう一つ・・・例の如く、オレの上司の方が去年のビンゴにハマってしまい、今年もしなくてはならなくてですね・・・」


 「景品なんだなぁ。任せるんだなぁ〜」


 「ありがとうございます!最近はオレの近くでは、色々な物にも驚かなくなってきましたので、実用的な物でお願いします!」


 「任せるんだなぁ〜」


 やっぱ農業神様よ!間違いないわ。


 「・・・・・・・・」


 「何か?」


 「何でもないんだなぁ。我が兄弟はすぐに駆ける用意だけしておくといいんだなぁ」


 「え!?何か起こるのですか!?将軍ですか!?武衛陣には流石に三好も攻めないでしょ!?」


 「我が兄弟も分かってきたんだなぁ。けど違うんだなぁ。さよならなんだなぁ〜」


 珍しく農業神様の方から匂わせをしてきて消えていった。あの言い方・・・まさか!?武衛陣に攻めてくるのか!?

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