一年待ち惚け
「次は南近江の助三郎という行商人です!塩屋様のように、主に近江から越後にかけて行商し、甲斐の方へ南下し、三河、尾張へと一年掛けて渡り歩いているようです」
「いや、これまた健脚行商人だな。そこまで販路があるなら、わざわざオレの所へなんて来なくて、いいんじゃないの?」
「なんでも、塩屋様の事を知り、織田家で出回っている物を売りたいそうですよ。岐阜米酒、岐阜梅酒、ビールなんかはあればあるだけ売れますからね」
「そっか。清酒なんかは造れるけど、ビールに関しては、オレの技でしか出せないからね」
「はい!なので、かなり上乗せして流してもいいやもしれませんね。私達は流すだけで手間賃を貰うだけの方が、負担が少ないですからね」
「まぁ、ゆきさんが良いようにしたらいいよ。その辺は今後もゆきさんに任せるから」
「ゆき姐様。お持ちしました!」
「は〜い。ご苦労さま」
1人の若い女の子が、ゆきさんに荷物を持って来た。この子は高山城で見つけた子らしい。野田さんが帰ったのと同じように、岐阜に来た子だ。今は家の雑用をしている。というか、ゆきさんの小間使いのような子だ。
「剣城様。これが贈り物の一部です。ちなみに、こちらの方が去年頂いた物になります」
「はぁ!?去年!?あっ・・・」
「思い出されましたか?忙しいですから確認を忘れたのでしょう」
そう。去年、確か信濃の豪族?有力者?の矢沢頼綱って人から贈り物貰ったんだけど、九州に行ったり船造りしたりと、確認するの忘れてたんだった。かなり失礼な事しているな。
「ゆきさん・・・これかなりヤバい案件だよね?かなり失礼だよね?」
「いえ?そうでもないのでは?確かこの贈り物は、信濃の矢沢何某って方からでしたよね?特段興味が無いなら、返事すら出さないのが当たり前ですよ」
「え!?そうなの!?普通、興味なくてもお返しくらいするのが、礼儀なんじゃないの!?」
「そんな事ありません!下々の人ならば・・・ですが、それならば大殿なんかは、何人の方に返礼しないといけないのですか?剣城様は今や飛ぶ鳥落とす勢いの将です。たかだか田舎の豪族くらいの人なんかは、5年くらい待たせておけば良いのです!」
いやいや、ゆきさんや・・・。それは流石に偉そう過ぎだろ!?そこまで大した男じゃないからオレは。
「と、とりあえず中身を確認して、即座に返礼を!ック・・・ゆきさん!これ、何て書いてるの!?」
いつものミミズが這ったような字だ。読める訳がない。
「では失礼を・・・突然の文で申し訳ない。某は信濃の小領主の矢沢頼綱である。実は我等、矢沢家はこれまで独立を保っていたが訳あって、真田家に従う事となった。だが、これは田舎領主としては喜ばしい事である。その事はさて置き、その真田家へと従うにあたって丁度、芝田家御用商人という塩屋という男から、贈り物をいただいた」
「ちょ、ちょっとゆきさん!?かなり長い手紙だよね!?要約でいいから言ってもらえないかな?」
「確かに私も少し面倒臭く思っておりました。少しお待ちを・・・ふ〜ん。簡単に言いますと、塩屋様が信濃に居た頃に丁度この矢沢家が、真田家?という家に仕える事となり、御祝いの品として、ビールと岐阜澄み酒を30本程、贈ったそうで、それがかなり気に入ったみたいですよ」
「うん。うん。それで?」
「独自に買おうと思っているけど、甲斐の武田家にも信濃の大名 諏訪家にも卸している品を、小領主の矢沢氏が独断で買う事は許されないから、物々交換という程にして欲しいとのことです」
「物々交換か・・・オレは別に信濃の欲しい物なんて無いんだけど・・・」
「そうですか。なら放っておきましょうか」
「いや、流石に無視は悪いし、なんなら1年も返事出さなかったんだから、何かしらは物々交換してもいいけど・・・」
「剣城様の居た世界では信濃は何か、名産品みたいなのはあったのですか?」
「う〜ん。信濃は長野県だったよな。長野は・・・ブドウや焼き餅、味噌なんかが有名だったかな?」
「ふふふ」
「ゆきさん?どうしたの?」
「いや、その贈り物の中に赤味噌と小麦が入っていました。小麦はダメになりましたが、こうやって脈々と剣城様の居た世界に続くと思えば、少し面白く思いました」
「確かに凄い事だよね〜。ゆきさん的には物々交換しても良いって感じかな?」
「どちらとも言えません。こちらに利はあまり無いですし。ですが、信濃の方も今後何があるか分かりませんから、伝手くらいはあっても悪くはない気もします」
「剣城様〜!?帰って来られたのですか!?」
オレがゆきさんと2人で仕事をしていると、この矢沢さんの件を作った塩屋さんが家に来た。
「久しぶりですね〜!今、色々と計算表やらを見てたのですよ!かなり頑張ってますね」
「お久しぶりでございます!実は去年もなのですが、信濃の矢沢様という方から、嘆願書に近い文を預かってまして・・・」
「はぁ!?いや、丁度その去年の矢沢何某さんの、手紙を見たところなんだよ」
「きょ、去年のを今ですか!?いやはや・・・我が主人はお忙しい方ですからね。よろしければ今回のは今、見ていただきたいのですが・・・。実は矢沢様はそれはそれは中々に剛の者なのですが、高潔な方で、ただの行商人である私に施しをしてくれるくらいでして」
「いや、塩屋さんに施しって、見返りをを求めてるのが丸分かりじゃん?高潔な人ってのは沢彦和尚さんのような人の事を言うんだよ?」
「いえいえ!村の子供達に私塾をしたり、働けないお爺さんお婆さんなんかにも、飯を作り食わせてあげたり、民達から色々要望を聞いたりしていますよ!今回の文もそのような感じです」
いやいや、話半分で聞いてたけど、マジで素晴らしい人じゃん!?うん。どれどれ・・・
「ふふふ。剣城様。私が代読しますよ」
例の如くオレには文字が見えん!分からん!
「度々の文で申し訳ない。塩屋殿から沢山の岐阜の名産品及び、見た事、聞いた事のない食べ物から菓子、甘味まで頂いたのだが、我が領民の民草が『また食したい』と申して今一度、文を出した所存。是非、正式に交易を望み頼みし候。だそうです」
真田の家臣になったって言ってたよな。武田家の中で真田家がどんな立ち位置かは分からないが、この真田一門の中に真田昌幸という、史実の未来の徳川家を苦しめた人が居るんだよな。その息子の1人も、大坂夏の陣で本陣一歩手前まで迫った『日の本一の勇士』とまで、言われる一族だよな。
武田と織田がどうなるかは分からないが、田舎だからとこの伝手を無下にするのは、勿体ない。信長さんには敢えて言わずに、軽い付き合いだけでもしておくか。
「剣城様・・・勝手をして申し訳ありません。禁止されるならば、私は二度と信濃には参りません」
「え?いやいや、少し考えていただけだよ。塩屋さんの健脚と人柄には驚かされてばかりですよ。矢沢様とは正式に交易しましょう。こちらからは、頼まれる品は国友印の銃火器以外なら、何でもいいですよ。向こうからは・・・特に何があるか分からないから、とりあえずは塩屋さんがオレが喜びそうな物を、見繕ってくれます?」
「それは・・・私の独断で構わないのですか?」
「いいですよ。正直、信濃に何があるかは分からないですし、こんなクソ寒い中、オレは信濃に出向きたくないですし。オレも織田軍の中でそれなりの地位にいますので、気軽に動けないのですよ。ただですら、薩摩の件で甲賀隊が他の織田家の人達から、嫉妬の目を向けられてるのもありますし」
「嫉妬ですか?」
「そうなんだよ。木下さんなんかはそんなの気にせずに『甲賀隊を定期的に貸してくれ!』とか言ってくるけど、丹羽様や佐久間様なんかの兵からは、いいように見られてないですからね。『素性も明らかでない末端の草の癖に』みたいな事を言ってくるみたいです」
「それは・・・大変ですね」
「まぁ、土木関連や建築関連の技も成熟していってるから、今後土木、建築関連なんかは甲賀隊から更に隊分けして、それらを専門にする隊を作る予定だから。文句をよく言う人達には、オレも『協力するつもりはない』って言ってるんだけどね」
「それはそれは・・・。とりあえず、私はすぐに信濃へ走ります。酒と、謹賀ですから鯛や鮑、サザエなど海の幸を中心に運びます」
「え!?今から!?雪とかヤバいんじゃないの!?」
「雪は確かにそれなりですが、剣城様が技でお出ししてくれている飯を食べてから、疲れが出ないのです。早脚で向かえば信濃くらいなら半日で到着ですよ」
はぁ!?いやいや、確かに皆、身体強化はしてるけど塩屋さんもかよ!?信濃まで徒歩で半日ってどんだけだよ!?
「大膳!大膳君は居るか!?」
「はっ!ここに!」
「大膳君!君は今は暇してるよな?」
「え!?今から蝮村の女と・・・」
「は?何て?女の子と何?」
「あ、いえ・・・」
いや、流石に可哀想かな。
「やっぱいいよ。大膳君も頑張ってくれてるからな」
「いえ!どんな事でも言って下さい!」
「そうか?なら・・・大黒剣に乗ってもいいし、ヘルメットとプロテクトスーツをちゃんと着るなら、その女の子も一緒でいいから、塩屋さんと信濃の方まで、荷物を運んでくれないか?もう1人護衛をつけようか。何かあるといけないしな。杉谷さん!」
「はっ!ここに!」
「杉谷さんも悪いけど信濃に同行してくれる?薩摩で、明の船での歓待の事があるよね?ね?」
「・・・・その節は勘弁して下さい。分かりました!」
「冗談だよ。『旧式の鉄砲なら他国へ売ってもいい』って信長様からも言われてるから、とりあえず10丁くらい、弾と火薬は100発程度くらい持っていって、実演してくれる?多分、武家なら喉から手が出るくらい欲しい筈だ。支払いは甲州金ってやつを見てみたいかも」
「畏まりました。あまり安売りはしないようにしますね」
「うん。安売りはしないでほしいかな。3日で帰ってこれる?今年の31日は皆で忘年会をしたいんだ。皆も甲賀に帰りたいかもしれないけど、今年は甲賀の家族をこちらに連れて来てもらおう、と思ってるんだ」
「誠ですか!?」
「うん。信長様にも許可もらってるよ。『直系の家族だけなら構わん』って言われてるよ」
「畏まりましたッッ!!!塩屋殿!さぁ、行こうか!」
忘年会・・・暫くしていない。甲賀隊の皆も家族が居るから正月は静かになるが、今年は本当に皆、頑張ってくれたからな。家族皆を、オレが労ってあげたい。その労いに必要なのは・・・。
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