一廉の武将
オレは溜まりに溜まった書類を読んでいる。まずは剛力君に渡された、この武衛陣の装備が書かれてある書類だ。分かりやすく絵まで描いてある。
だが、そんな事よりこの部屋だ。オレが案内された部屋は一見では、何も置いていない臨時の部屋のように思うが、実は迷路のような作りになっており、表向きの部屋を5つ跨がないと辿り着かない部屋らしい。
「国友大筒12門に、新式大筒4門、人員が甲賀隊で構成された鉄砲、長槍の熟練者30名が1週間交代で勤務・・・。別に装備や人員はこの際別にいいけど、将軍が甲賀の人間を了承するかな?」
「はっ。それは飛鳥井卿が解決していただきました」
「飛鳥井様が!?」
「はい。そろそろ来られる頃合いかと」
「まぁそれも分かったけど、この迷路みたいな部屋は将軍が来た後どうするの?」
「はっ・・・。金剛。人払いを」
「大丈夫だ。俺と剛力、小川の爺と剣城様だけだ」
「なに?なに?そんな秘密にする事?」
「はい。単刀直入に言いますと、この部屋のそこに置いてある、飛鳥井卿からいただいた掛け軸の裏に抜け道を作ってあります。行き先は京のとある家です」
「へぇ〜!よくそんなの作ったね。緊急避難経路的な!?」
「脱出する側はそうでしょう。ですがこれは、大殿にも将軍にもお伝えするつもりはありません」
「え!?」
「お聞き下さい。俺や金剛、小川の爺含め、甲賀の者は織田家へではなく、剣城様個人にお仕えしております。そりゃ織田家への忠誠も誓いますが、1番は剣城様です。何度も言いますが、オレ達が日の目を浴びるようになり、このような将軍御所を建設するなんて、夢のまた夢でした」
「続けて」
「はっ。一重に剣城様が乱波者や草だ!なんて言わず、我らを重用していただき、信用していただいた結果にございますれば」
「うんうん。そこまで言われる程でもなく、身分やなんかで差別するのがオレはおかしい、と思ってるからね」
「はっ。で、ですが・・・この隠し通路は来たる足利幕府を打ち倒す時に、使います経路になります」
「はい!?」
剛力君は凄まじい事を言った。
「そのままの意味です。大殿も然り、剣城様もあんな酒池肉林を体現する将軍を、敬うおつもりですか?そんな訳はありませんよね?」
「ま、まぁそうだな・・・」
「我等、甲賀隊皆の意見としましては、将軍を使い織田家の名は、一気に日の本に回るでしょう。西は島津家が難なく九州を統一し、それから先はどうなるかは分かりませんが、その治世に将軍は不必要ではありませんか?」
「その話はオレが居た世界での歴史と似てるね。確かに信長様は足利義昭という男を、踏み台としか見ていない」
「でしょう。今はまだここまでで。もしその時が来れば、我等に命じていただけましたら・・・」
「暗殺なんてするもんじゃないよ。義輝将軍の時みたいになるよ。幕府の終焉に関しては信長様に任せておきなさい。剛力君は剛力君で他にやる事あるだろう?つまらない事は考えてはダメだ」
「はっ。でしゃばった事を言い、すいません」
「まぁ甲賀の人達の考えは分かったよ。けど、この隠し通路の件は将軍には伝えなくてもいいけど、信長様には伝えるように。一つの秘密があれば、信用はすぐに消え去ると思いなさい」
「はっ!」
「がははは!我が君も一廉の武将となりましたな!芝田家 筆頭家老の身としましては、感激にございますぞ!」
「茶化さなくていいから!オレもこんなに織田家オールスターズに囲まれたりすれば、多少なりともね?」
「またまた御謙遜を!」
「ふぅ〜。とりあえず金剛君。書類整理手伝ってくれ。剛力君は今日は休み!工事に携わった人も休ませるように!小川さんは贈り物の選別を!」
「「了解です!」」
「剣城様。次は、キノコ山村の十八太郎という者です。望みの物は茶を飲んでみたいそうです」
「はいはい。小川さん。キノコ山村の人には緑茶と烏龍茶のお茶パックを。ちゃんと説明書も入れてあげて!金剛君。次!」
「次は、だいこん村の地頭の二郎という者です。首級を5つ持ってきた男です。望みの物は甘味、銭、新品で仕立てた服が欲しいそうです。いや、此奴は舐めてますね」
「いや金剛君。辛辣な言葉はいいから。けどさすがにこんなに図々しく強請るとはね。甘味と岐阜新円のお金20万円くらい、でいいんじゃない?」
「では、ワシがその銭で岐阜の町で服を仕立てろ!と書いていきましょう」
「そうだね。金剛君!次!」
オレ達3人が先の戦の恩賞を準備して、ちょうど終わりかけの時に声が掛かった。
「剣城様。飛鳥井様がお見えになっております」
「やっとか!クァ〜!金剛君、小川さん!残りは皆のように任せるから頼むね」
「「はっ!」」
「あっ!そうだ!ついでにこれを!大膳君に運んでもらうんだろう?これを、ゆきさんに渡すようにお願いしてくれる?」
「ぷれぜんとなる物ですか?」
「そうそう。プレゼントだよ。一昨日、京の仕立て屋の女将の遥って女性が作った釵なんだけど、ゆきさんに似合いそうじゃない!?」
「はっ。大変よろしいかと」
「流石、我が君!ゆきも喜ぶでしょう!」
「よし!ならお願いね〜」
オレはこの迷路から続く部屋ではなく、表向きの客間へと赴く。多分、すぐにこの武衛陣は足利義昭の将軍御所となるだろう。だが、調度品から皿、コップ、棚や箪笥まで美濃、尾張の職人達が作った一級品を使用している。
「いやぁ〜!剣城殿!久しぶりでおじゃる!」
「飛鳥井様!よくお越し下さいました!挨拶も行けなくてすいません!さぁさぁ!こちらへお座り下さい!」
オレは畳2段高くなっている上座へと案内する。が、これを飛鳥井さんは辞退する。少し問答し、やっと普通の会話となる。
「いやぁ〜、ここが将軍御所になるとは、将軍も織田家へは顔が上がらないでおじゃるな」
「飛鳥井様。ここはオレ達だけです。普通の喋り方でも構いませんよ」
「ゴホンッ・・・うむ。すまんな。いや、織田の殿様の言いつけ通り、出家から戻り早、5年・・・息子の雅春が権中納言として、その地位を確立している」
「飛鳥井様が今は補佐されているのですよね?」
「あぁ。困窮している公家、公卿に在らん限りの贅沢をさせておる。朝廷では既に3割が麿の言う事を聞くだろう」
正直オレはたった3割か・・・。と思った。なんせ、飛鳥井さんへの贈り物は甘味から始まり、醤油や酒、例の喋る蜘蛛さんの糸で作った上質な服、布団、オレは2度と付ける事はない香水と多岐に渡る。それらの物は、織田軍オールスターズ全員の1年の消費量に匹敵するが、オレはこれを毎月、大膳君に言って飛鳥井さんに無料で渡しているのだ。
そんなに渡して1年と少し・・・。それでたったの3割かとやはり残念に思う。だが、京に居る公家や公卿連中も恐らく織田家なんて、尾張の田舎侍くらいにしか思っていないだろう。
まだ義昭も将軍宣下してない訳だし。これから一気に織田家へと、朝廷の連中が流れてくれればいいか。
「流石、飛鳥井様です!3割も武家へ靡かせるとは流石の手腕です!」
まぁ一応、大袈裟に褒めておかないとな。
「本来なら半分は我が意中の元に成る予定だったが、まぁ未だ織田家が上洛して間もないからな。なんでも・・・京の治安維持も行っているそうな?良きかな。10日もすれば麿の元へ、『織田家に会わせろ』とせがんで来るだろう」
「機を見るのに敏い公家の人達の事ですよね?」
「そうだ。それはそうと・・・帝もこの京の腐敗具合を嘆いている。それに・・・ここだけの話だが、かなり懐が困窮しておる」
「えぇ。存じ上げております。信長様と既に話はしてあります。直ちに岐阜新円にて、大判1000枚を献納する手筈となっております」
「大判1000枚とな!?確か・・・1000万円ではないか!?」
「はい。その後、季節の変わり目の時や何か節目の時など、更に献納する用意がございます」
「ということは、織田家は帝を蔑ろにするつもりはないと!?」
「はい。帝が在っての日の本です。恐らく信長様からも言われるとは思いますが、帝の後ろ盾は織田家。織田家の後ろ盾は帝、という形にしたいのではとオレは思います」
「ん?足利将軍はどうなるのだ?」
「勿論、将軍にもお仕えしますよ」
「う〜む。その事は信長公本人に聞くとしよう。それでだが・・・りふてぃんぐとやらを練習したのだが、見てくれまいか?」
「リフティングですか!?わ、分かりました!忙しいので少しだけで勘弁して下さい!」
飛鳥井さんの蹴鞠・・・。いつぞや、熱中して一日中付き合わされた事があるんだよな。そこそこで逃げよう。
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