坂井政尚の苦悩

 「どうぞこちらの本殿及び、両隣の建物は全てお使い下さい」


 「ありがとうございます。これ良ければ寄進です。まずは銭ですが、新銭と旧銭を用意致しました。今後、新銭の円が主流となるでしょうが、旧来の銭もまだまだ必要かと思いますので、どうぞお納め下さい」


 「御配慮、ありがとうございます」


 この銭の寄進は、信長さんにも言われていないことだ。勝手にオレがやってることだ。信長さんにバレると怒られるかもしれないが、一泊か二泊かは分からないが、泊まらせてもらってタダでここを後にするのは、オレはできない。


 「それと、少量ですが澄み酒と果実酒、大豆で作った肉料理擬きをお渡ししておきましょう」


 「上人!?これは獣肉では!?」


 「芝田殿?これに関しては──」


 「あぁ〜、大丈夫ですよ。オレ達は肉を食べますが僧侶の方は食べられないかと思い、肉に見えるかもしれませんが、全部大豆で出来てますので食べられますよ」


 貴重なタンパク質だ。オレ達織田家の人達は、現代とほぼ変わらない食べ物を食しているが、お坊さん達は食べられないだろうから、受け取ってほしい。


 これも指示されていない贈り物だ。酒だけ渡したのでいい。と言われてはいたが、酒だけでは・・・と思い、オレが考えたメニュー類だ。大豆ハンバーグ、大豆油淋鶏、大豆ナゲットだ。


 調理した物を真空パックに入れて持って来ている。どのくらい日持ちするかは分からないが、少しくらいなら大丈夫だろう。それぞれ50個ずつ入れてある。



 

 俺は何でこんなとこに居るのだろうか。思い起こせば親戚筋の大膳叔父貴(坂井大膳)が殿に反旗を翻し、俺はその時、美濃の斎藤家で小物頭をしていたが、連座で処罰されるかと思いきや『同じ坂井家の者とは思えぬ。お前は先見の明がある』と言っていただき、何の罰も無かった。


 それどころかいつぞや、ついに殿の小姓のような事までさせられた事もあった。だが、殿の小姓には到底なれない。殿の無茶振りも然る事ながら、遠藤殿の揺るがぬ筆頭小姓という肩書きは伊達ではない。


 それが、ただ美濃に出仕していたというだけで、我が儘で猪突猛進な美濃三人衆を此度は纏める役を、仰せつかった。全く無理な話である。


 「おい!坂井!剣城殿が『決戦前に5合までなら澄み酒を飲んでいい』と言ってくれたぞ!持ってきてくれ!」


 「ワシのも頼もう!」


 「俺のもだ!」


 ったく・・・俺は3人の使いっ走りじゃないっつーの。舐めるのも大概にしろ!


 「はい!すぐに!」


 こんな思っている事はとても言えない。それに芝田剣城殿・・・3年程前から織田家に仕え出したという新参・・・いやもう新参という人も居なくなった。あの方が来てからというもの・・・尾張も美濃も大変に発展している。まず餓える事が無くなった。むしろ食べ物があり過ぎるくらいだ。


 そしてそんな人はどんどん駆け上がっていく。初めはどんな馬の骨かと思いきや、織田家随一の槍使いの森様とも気軽に話せるお方だ。そして、織田家随一の豪傑とも言われる柴田殿とも、懇意にしていると聞く。


 木下殿や丹羽殿とも交流があるとも言われているし、城詰めの者達からも覚えが良いと言われ、『誰にも心から仕える事をしない』と言われていた甲賀の者も、手中に収めている。俺には到底追い付く事もできないお方だった。


 「一応軍議を開きます!そこの美濃の3人様!一応、この軍の大将はオレと言っていただいているので、酒飲むのはいいですけど飲む前に先に、軍議を聞いて下さい!」


 「そうだぞ?其方等にまで上等な澄み酒を用意して、肴を用意しろと伝えたのは剣城なんだぞ?せめて礼儀くらいは、しっかりしてほしいものだな」


 「あ、いや、森殿・・・相すまぬ。剣城殿もすまない」


 「あ、いやいや!このように偉そうに言うのは本来嫌いなんですよ!そもそもオレはそんな大した人物じゃないので!このように話すのも森様に言われまして・・・」


 「おーい!剣城よ?それを言ったら台無しではないか?第一陣とはいえ初の大将だろう?大将は上から物事を伝えるものだ!」


 このように、俺なんて居るだけで身が震えるくらいの方が勢揃いしてる、というのに剣城殿は然も冗談まで簡単に言われるお方・・・しかも、あの三人衆を黙らせる事もできるお方・・・荷が重い・・・。


 「と、いうことでオレはここは是非、美濃三人衆と言われるあなた方に、先陣をお任せしたいと思っています!そのあなた方の先陣の大将は、坂井様にお任せしたいと思うのです」


 「は?」


 「おぉ!坂井殿!良かったではないか!」


 「え!?」


 「お館様のお気に入りだからな。親戚の者がかつては裏切って不遇をしていたみたいだが、それも今日までだ。ワシも一度お館様に刃を向けたのだ。だが今こうしている。共に頑張ろうぞ」


 「うむ。剣城殿にそう言われるなら仕方がない。坂井!美濃からの付き合いだ!ワシらを手足の如く使ってみせよ!」


 「よし!なら決定ですね!坂井さん!お願いしますね!六角では不完全燃焼だったので朝一に一発、素晴らしい激を!」


 「ワシ等はどうするのだ?」


 「森様も柴田様も蜂屋様も続いてもらいます」


 「あんな寺なんぞ、一気に攻め落とせば良いのではないのか?」


 「オレは柴田様の武を信じてはいますが、石橋は叩いて歩く方です。安全に安全を喫して第二陣、第三陣と繰り出して敵の戦意を挫かせて、できる限り無傷で勝利したいのです」


 「一端な事を言うようになったな。出会った時とは大違いだな」


 「森様のその言葉は褒め言葉と捉えます。第二陣は柴田様にお任せします。第三陣は森様、蜂屋様で一気に雪崩れ込みをお願いします。斥候はオレ達が行います」


 「なら剣城の手柄は無くなるが良いのか?」


 「いや、いいですよ。既に観音寺城を落とせましたし。さぁ!難しい話はここまでで、とりあえず久しぶりに大盤振る舞いします!剛力君!金剛君!大膳君!ご飯の用意を!カツカレーは必ず!」


 どどど、どうすれば・・・?小荷駄隊や足軽に混ざった事はあるけど、いきなり軍を率いるなんて無いんですけど!?あの剣城殿の眼差し・・・買い被り過ぎなんだけど・・・。それに朝一の激とは何を言えばいいのだろうか!?

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