頭の悪い将軍
岐阜城に着いた途端、空気が変わった事に気付いた。皆、顔が疲れている。
「ハァー ハァー 剣城殿、急がせてしまいすまない」
いやいや、どう見ても遠藤さんの方が疲れてるじゃん!?何ならオレは全く息切れしてないんだが!?
「金剛君、居る?」
「我が君!この小川が承りましょう!」
「は!?何で小川さんなの!?」
「え?」
いやいや、キョトンとした顔で『え?』じゃねーよ!
「まぁいいや。鞠ちゃん、どこに居るか分かります?」
「私はここです」
「うわ!ビックリした!鞠ちゃん?事情聞いてる?」
「はっ。なんでも将軍が私を所望してるとか?」
「そうなんだよ。絶対に近付かせないから安心し──」
「構いません」
「へ!?」
「あの程度の男なぞ取るに足りません」
いやいやあの程度って・・・一応、足利将軍だよ!?
「良かった・・・鞠殿に断られればどうなるかと・・・。お召しを変えて・・・」
「畏まりました。少々お待ちを・・・お待たせ致しました」
は!?どうやって着替えたんだよ!?クルッと回ったら服が変わったんだが!?
「がははは!鞠!見事だ!変化の術も早いな!」
いやいや、小川さんは分かるのかよ!?
少しの会話をしたが、すぐに将軍の部屋に案内された。まぁ正確にはまだ将軍ではないけど。
「ムホッ!ムホホホホッ!良きかな!うん?何じゃ?お前は呼んで居らぬぞ?」
将軍の部屋は・・・けしからん事になっていた。着物をだらしなく着て、両隣には誰かは知らないけど女性2人が居た。
そして、その女性2人の股に手を入れ顔を赤めていた。明らかに酒が入っている。
「すいません。この者は私の配下です。お酌程度なら──」
「あぁーもう!煩い!予は将軍ぞ!貴様は予より上なのか?ん?」
クソが!誰のお陰で京に行けると思ってるんだ!全部信長さんのお陰だろうが!!
「剣城様、構いません。お任せ下さい」
「ほれ!鞠も喜んでいるだろうが!下がれ!」
クッソ!決定だ。こいつが京から離れる時、絶対に面倒なんか見てやらん!帝には差し入れをずっとずっと渡すけど、この人には正月だろうがなんだろうが、絶対に渡してやらん!!
いや、いつか飛鳥井さんにお願いして、こいつより上の官位お願いしてやろうか!?
オレがそう心の中で唸っていたら、信長さんに肩を叩かれ、耳打ちされた。
「良い。放っておけ。ちとこちらへ来い」
呼ばれた場所は例の信長さんの私室だ。
シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカ
「遠藤!バニラアイスじゃ!」
「は、はい!!」
シャカシャカシャカシャカ
「ふん。飲め!」
「ありがとうございます」
信長さんは乱暴に茶を点ててるように見えるが、やはり動きが洗練されている。常識に囚われない抹茶アイスのお茶を、オレに出してくれた。
「糖分とやらが足りてないのではないか?あれくらいで目くじら立てるな!あのような馬鹿の方が良い。神輿は軽い事に越した事はない」
いやいや、あんたに言われたくねーよ!?いっつもご機嫌斜めなのはあんたでしょう!?
それに言っちゃったよ・・・。神輿は軽い・・・要は義秋さんは頭パープリンですね!って事だろ!?
「いや、まさか全部、信長様のお陰なのにあんなに、然も自分の功績かの如く言われるとは、思いもよらず・・・」
「あのような者だからこそやりやすいのだ。島津の倅から一報が入った。近々当主がこちらへ来る。500の兵を連れてだそうだ」
「長かったですね」
「大友と期間を決めた停戦をしたと言っておった。その間に尾張に来るのだそうだ」
「500の兵・・・では共に上洛すると!?」
「その予定だ。六角から返事はない。よもや、上洛軍に手は出して来ないだろう。だが近々潰す事が確定した。その先鋒はお前だ。少なからず貴様の配下には因縁がある奴が居るだろう」
覚えててくれたんだな。こういうところだよ!オレが信長さんを好きな理由。
「ありがとうございます。作戦、考えておきます」
「ふん。だが、まずは京の三好だ。それまで将軍は好きにさせておけ。下がれ」
鞠ちゃんには悪いが少し頑張ってもらおう。あからさまに手を出してたら許さないけど。
鞠ちゃんはファッキンサノバッ義秋の、側女になってくれるそうだ。というか、自ら進んで入り込んだ。京での連絡係というのも必要だから、鞠ちゃんがそれを引き受けてくれるそうだ。
オレは何回も聞いた。本当に構わないのかとかいいのかとかだ。だが鞠ちゃんは首を横に振る事なく、私にしか務まらない大役。京に入り込める事はそうそうない。『草上がりの私がこんな風になれるのは光栄だ!』と言っていた。
確かに見た目はどこぞの姫のように見えるだろう。芸術神様監修の着物を着て、髪の毛もケアしてるし、毎日ボディーソープの良い匂いもしてる女性だからな。
オレは、何かあればすぐに戻って来て構わないと伝え、鞠ちゃんにお願いする事にした。いつかGarden of Edenを、好きに使わせてあげたいと思う。
更にそれから10日と過ぎた辺り・・・義弘さんがオレの屋敷を訪ねて来た。オレは丁度、昼飯を皆で食べようとしていたところだ。
「おーい!剣城君!居るか?」
「剣城様、島津様がお見えです」
「うん。金剛君?義弘さんの声は通るから聞こえてるよ。上がってもらおうか。大膳君!義弘さんにも飯の用意を!」
「はっ!」
この日は珍しく、大膳君が北伊勢から帰って来ていた日だ。例の土管を仕掛けてから海の幸がかなり取れている為、特にまだ敵対関係ではない武田にも、海の魚を少し流しているとの事。
これまた大活躍してるのは塩屋さん兄妹だ。上杉家もだが、伊勢海老1匹に付き甲州金一両。
分かりやすく言えば、甲斐では信玄が作った甲州金というものが、貨幣として出回っているそうだ。そりゃ織田領と違うから貨幣が違うのは仕方ない。
そしてその甲州金の種類とは下から糸目、朱、分、両となっているが、塩屋さんはたかだか伊勢海老1匹を、まさかの最上級の甲州金一両で取り引きする事に成功したそうだ。
甲斐で名のある武将の給金が、一年で5両金だそうだ。これがどれだけ凄い事か分かるだろう。それだけ凄い話を塩屋さんは纏めてきたのだ。
だが、甲斐はやはり貧しい。質素にする事こそ美徳という感があるらしく、そんなには注文が入らず、そんなに高い値段設定にしていない、味付け海苔や酒、蒲鉾なんかがよく買われるとの事。まぁ、いくらで売ってるかなんかは分からない。帳簿を金剛君がつけてる筈だが、オレは確認すらしていない。
その海の幸を甲斐の武田や、酒や砂糖を越後の上杉に運んでくれているのが、大膳君の今の仕事だ。その大膳君が暫く休むとの事で、オレの家に帰って来ているのだ。
「義弘さん!昼飯まだでしょう?食べましょう!」
「うむ!すまぬ!」
今日の昼飯は餡掛けチャーハンだ。台所は一応、金右衛門さんって初老の人に仕切ってもらっているが、各自が好きなように料理をするオレの家では、そこまで忙しくしていない。
この金右衛門さんは元々始まりの村に居た人だ。最初オレが褌一丁で現れた時から、一貫してオレを慕ってくれた稀有な人だ。八兵衛村長達にも恩はあるが、この人にも恩を感じていたから雇っている。
「剣城君!明日、父御が来る!構わないか?」
「あ、もう来るんですね!いいですよ〜」
「うむ。500人ほど兵児も来ると思うが、寝泊まりできる所はあるか?」
「あぁ、なんか信長様が『将軍の近くに何名か選抜した人を近衛として置く』とか、なんとか言ってたと思います。万事、信長様に任せているので大丈夫ですよ。それになんなら城で寝泊まりするより、城下で分散するんじゃないすかね?」
「うむ。おいもこのような人数で他国に出回った事が無くて、勝手が分からないのだ。許せ」
「いいですよ。なんならオレの家も部屋空いてるし、仲の良い人が来るのならオレの家使ってもいいですよ。オレ、清州の村にもう一つ家があるので、そちらに寝泊まりしてもいいですし」
「それはいかん!この家の主は剣城君だ!追い出すような事はせん!薩摩兵児は付近の宿屋に泊まらすようにしよう!うむ!そうしよう!それがいい!皆驚けばいい!この物が溢れた町を!(ハスッハスッハスッ!)相も変わらず剣城君の家の飯は美味い!」
「金右衛門さん!義弘さんが美味しいって!!!」
「は、ははっ!ありがとうございます!」
「うむ!このような身分の上下ない関係が、おいは好きだ!」
まぁ他の人の家ではあり得ないだろうな。あの身分差を気にしない木下さんですら、多少は差別してるところがあるしな。
さっ!明日に向けて準備しよう!義弘さんパパに会うのも久しぶりだからな!大黒剣にでも乗せてみようか!
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