貴久と信長の問答

 「う〜む。実に良い湯だ。岐阜の湯に負けず劣らず・・・実に極楽じゃ」


 「そうですね!私も前回、単独で来た時に堪能させていただきました」


 信長さんと2人で温泉を堪能していると、若い女の人と、にしさんが入ってきた。


 「失礼致しまする。お背中、お流し致します」


 「うむ。頼もう」


 はぁ〜。何でオレはいつもいつもにしさんなんだよ・・・オレも若い人がいいんだけど・・・。


 「あら?剣城様お久しぶりです!また妾がお背中お流し致しますね」


 「お願いします・・・」


 背中を流すと言っているが、ただ単に流すだけではなく何かの木の皮?で背中を擦ってくれるのだが、普通に気持ち良いのは気持ち良い。そしてこのにしさんだが所謂、垢すり?的なこの作業が非常に上手ではある。


 作業してくれてる最中も真剣にしてはくれるが、何故かオレは苦手な女性だ。


 「うむ。女!非常に器用な手捌きである!おい!剣城!後でこの女子(おなご)に鼈甲の櫛を渡してやれ!」


 「は、はい!」


 「あら?妾にはありませんの?」


 「ふん。お主は此奴に褒められてからじゃな」


 「わ、分かりました!にしさんも非常に上手です!思わず寝てしまうくらいです!後で何かお渡しします!」


 櫛で思い出したが、確か未来では高級櫛の素材って、薩摩つげだったような・・・。まあこれも追々だな。


 

 入れ替わりで河尻さん達も温泉に入る事になった。まず信長さんとオレは、皆とは違う部屋に案内される。そこは上座下座が無い畳の部屋だった。明らかに南蛮や明の物だろうと思う物が、色々置いてある。


 明らかに信長さんが好きそうな龍の絵や、いったい何に使うのか分からない、棺くらいありそうな、一見で宝箱に見えるような箱など、色々置いてある。だがこれ見よがしに置いてあるのではなく、気品すら感じる物ばかりだ。


 「志布志の湯はどうであったか?」


 「大変に良かった。あの背中擦りはまるで極楽である!貴久殿よ。ワシは言葉争いは好きな方ではない。腹割って単刀直入で話そうではないか」


 「ははは。おいどんも信頼しようと思う者と、駆け引きは嫌いである。さぁさぁ。まずは一献・・・」


 信長さん・・・酒大丈夫か!?2杯くらいまでなら大丈夫だと思うが・・・。


 「いただこう」


 「剣城君も、さぁ!飲もう!」


 「あ、はい!すいません。いただきます」


 この部屋には貴久さん、義久さん、義弘さん、信長さん、オレだけだ。


 「酒だけでは腹は満たされぬであろう。今宵は畿内の飯を模範して作るように申し付けておる。味の差異はあるであろうが色々教えてほしい」


 これは後で知った事だが、ここまで相手の事を考え行動する貴久さんは珍しいらしい。だいたい己の直感を信じて行動する人らしく、食い物、酒なんかも基本自分の好みを相手に押し付ける人らしい。


 たしかにオレも最初、犬食わされたしな。


 あれよあれよと5杯くらい飲まされている信長さん。明らかに気分が悪そうな顔している為、すかさず助け舟だ。例のウコンを渡し飲んでもらった。そして、意外に下戸な義久さんと目が合う。


 「まさか織田殿も・・・」


 「相すまぬ。酒は飲めぬ事はないが好きではない。あまり無下にするのもなと思ってな・・・」


 「いやこれはすまない。てっきり飲めるものかと思っておった。義弘!先に言わぬか!」


 「父御・・・おいのせいですか!?」


 「当たり前じゃ!お主が饗応役であろうが!他の者なら即日斬首に処してやるくらいだ!」


 こえ〜よ!それだけで斬首とか可哀想すぎだろ!?やっぱ改めて思うのは・・・薩摩やべー!


 そんな悶着はあったが、飯の方は恐らく野田さんに聞いたのかな?見事に信長さんの大好きな照り焼きチキン、オニオンフライ、フライドポテト、炊き込みご飯、後はカレーである。米物が二つもあるのが気になるが、頑張って調べたのだろうと思う。


 「ほう?このカレー・・・中々に美味いではないか」


 「良かった。これは高山に居る剣城殿の配下に聞いて、教わった物なのだ。かれーと呼ぶらしいな?おいどんも一口食べてから虜になっておるのです」


 「で、ありましょう。このカレーこそ至高。貴久殿も分かっておりますな」


 「腹も満たされたところですな・・・そろそろ本題に入りましょう。ここは誰も入れませぬ。好きに申していただきたい」

 

 「では単刀直入に言いましょう。まず我が支配内の男・・・芝田剣城への恩賞、痛み入る」


 「なんのなんの。織田殿の銃にて楽勝でしてな。我が愚息の義弘を上手く使い相手を挟み込む、見事な采配であった。捨て奸の者が皆戻ってくるとは初めてであった」


 「捨て奸とは?」


 そこから島津の戦い方の説明が始まった。時折考えながら、信長さんは頷いたり相槌するくらいだ。ここは俺が既に教えてた事だが半信半疑な為、作戦発案者の貴久さんに聞いたのだろう。後世では関ヶ原の退きの陣で有名になり、特に義弘さんの甥っ子、豊久さんの捨て奸が有名だろう。


 「うむ。中々できぬ戦法である。特に島津家に忠誠が高くないとできない作戦だ。見事である!」


 「亡くなった家の者を手厚く庇護してやるところまでが捨て奸である」


 漢の中の漢だな。


 「では更に踏み込んだ話をしよう。むしろこれが本題である」


 「高山の城の事でありましょう」


 「ほう?貴久殿は知ってこの者に城を?」


 「島津家ならば、城を与えるに相応しい活躍であった。客将に近い者に勝手に褒美を渡す事が、どういう事になろうかとも分かっておった。戦に参加させるなぞ言語道断である事もな」


 「・・・・・・それ程まで此奴を欲するか?」


 え!?オレが欲しかったのか!?


 「うむ。だが全然靡かなかった。おいどんがこれ程しようと、織田殿の元へ帰ると言われればおいどんは何も言えん。他の者なら喜んで配下となったであろう。だが剣城殿は織田殿を選んだ」


 え!?そんな事全く知らなかったんだが!ただ単に城くれるだけって意味かと思ったんだけど!?


 「ふん。まあ此奴はワシが見つけましたからな。もう3年程前になるか?のう剣城?最初、褌一丁でしてな………」


 いや、その語り要るか!?褌の件は要らんだろ!?


 「ほうほう。詳しく聞きたいですな」


 いや、貴久さんも聞かなくていいから!!


 しばらくオレの回想が入り、信長さんが重要な事を言った。


 「ワシの前でワシの配下を勧誘した、と堂々と言ったという事は──」


 「あぁ。落とし前を付けなくてはならぬ。二度目があるかは分からぬが、島津は織田と誼が欲しい。同盟となれば距離が離れ過ぎておる。友好とはこちらからは言えない」


 「其方の領地にて言うか。しかも島津家の戦法を先に言ってからか」


 なんか急にバチバチ始めてんだけど!?


 「はて?何の事でしょうな?織田殿は何を望む。何をして手打ちとする?」


 「(チッ)実にやり難い」


 「褒め言葉として捉えておきましょう」


 珍しく信長さんが押されているのか!?あの天上天下唯我独尊さんがか!?


 「此奴の事に関しては不問とする。そして高山の城だか何かは、ワシが銭にて島津家から買い付ける!」


 「流石は畿内の将ですな。回転が早い」


 うん!?どういう事!?全くオレは追いつけないんだが!?


 ゴツンッ


 「シャキッとせい!貴様の事ぞ!わざわざ島津殿は面子を考えて、物を言ってくれておるのだ!」


 信長さんが教えてくれたのは、急に高山城を織田が買い取れば、オレを島津家に取られまいとして、島津に金を出したように見えるらしい。この島津貴久さんがオレを欲していたのは、誰が見ても分かるくらいな行動らしい。


 オレは全く気付かなかったが、義弘さんと仲良くなっているのもそう見える要因らしい。島津家では貴久さんと飯を一緒に食う事すら、相当な褒美らしい。名前を覚えてもらう事ができるからだ。


 まぁ、それを蹴って、城は織田が買う。そしてこの落とし前として──。


 「おいどんの次男、義弘を尾張の国に渡そう。これにて織田殿の面子も立ちましょうや。実に申し訳ない事をした」


 義弘さんが尾張に向かう。他人から見れば人質に見える訳だ。しかも次男だが、島津家継承順位2位の人を尾張に連れて行くとなれば、明らかに島津が不利の条件に見える。こちら側から人質は居ないからな。そんな条件を出してでも、貴久さんは織田と誼を結びたい。そう見える。


 「うむ。誠にワシと・・・織田と誼が欲しいと見る。よかろう!これにてこの件は終いじゃ!次男殿を悪いようにはせぬ。一時すれば戻れるように致そう」


 何か知らない間に話、纏ったんだけど!?

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