突如始まる角力
オレは勘違いしていた。坊津から直線上ではかなり近い距離だったが、船での移動となるとぐるりと回らないといけないのだ。まあそれでもドンペリなら20分で到着だけど。
鹿児島湾に入り桜島が見える。
「あれが桜島か!?」
「知っておるのか?いや、そんな事より実にこのばにああいすは美味い!」
「バニラアイスですよ。お供の人達も遠慮せずにどうぞ」
「かたじけのうございます」
「何から何まで畿内は凄いのう?こんな寒い日に冷たいあいすとやらが美味く感じ、中は暖かい。波は荒れているが揺れを感じない。素晴らしい。この船があれば、肝付なんかに負けはしないのだがな」
まあ農業神様と、砂糖ドバドバ大好きな神様の力作だからな。
敢えて戦の事に関しては答えずにいた。それ以上は義弘さんも言ってこなかったが、手を貸せという感じでもない。なんなら船の事もそこまで詳しくは聞いてこない。それはそれで不安でもある。何か企んでいそうな感じがするからだ。
「久しぶりだ。やっと内城が見えて来た!」
桜島の反対側辺りに確かに城はあるが、思ってたのとこれまた違う。古き日本家屋のような横にかなり大きい平城だ。それに坊津のように賑やかな城下って感じはしないな。
「清水の方が栄えてはいるのだが、海からの政務はこちらの方が近くて寄りやすいのだ。時間があれば清水の方も案内しよう」
「いえいえ。またその時はよろしくお願いします」
そういうと手を差し出して来た。
「うん?何ですか?」
「土産を持つのを手伝おう」
「あぁ〜!少しお待ちを。竹中さん、少しいいですか?」
オレは迎えに来た小早の船に、乗り切らないくらいの土産があるからどうしようか、と思い竹中さんに相談する。
「もうこの際、押し切ってもいいと思うのだが?」
「いやさすがにそれは・・・」
「それとノア嬢達はどうするのだ?」
「小川さん?ノア嬢を風呂敷に包み陸に連れてってあげて!」
「畏まりました!さあ!ノア嬢おいで!ロザリーヌも来い!ロザリーヌ!何故反対に向くのだ!?」
小川さんはいつも通りだな。
結局、砂糖、醤油、菓子、服なんかを迎えに来た薩摩兵の人達にお願いした。重い鏡やなんかは後でこっそり出そうと思う。
少し大きめな小早がやって来たが、それが義弘さんの迎えの舟らしい。まあそれでも木造船に見えるくらいの大きさだけど。波は湾に入っているから穏やかではあるが、寒いのは寒い。
「剣城様?食い物はどうしますか?あちらに任せますか?それとも・・・」
「う〜ん。例の肥料と種や苗を適当に見繕って渡してあげよう。明日には岐阜と変わらない物が食べられるしね。大野さんは出し惜しみなく、内城の料理人達に料理を教えてあげて下さい」
「秘伝のカレーは秘密にしても?」
「任せます・・・」
何で秘伝のカレーなんだよ!?基本ベースは同じだろうがよ!?いや落ち着け・・・沈黙の処刑人を怒らせてはダメだ。殺られてしまう。
「剣城様?今回も我らは留守番にさせて下さい。昨日の件の償いで・・・」
「確かにね?女を侍(はべ)らせてね?杉谷さん?」
「・・・・申し訳ない」
「冗談ですよ。もういいですよ。早く行きますよ」
船の留守番役は要らないと判断している。勝手な信頼だけど、義弘さんは信用していいと思っている。
「おい!あの鉄甲船は何だ!?見た事ないぞ!?明の船か!?」
「分からん!あの船で大隅を攻めるつもりなのではないのか!?」
「チッ。志布志城でまだ懲りてないのか。すぐに使いを出せ!貴久がこの船を使わない訳がない!すぐにあの船を沈める!まさか貴久が明の手を借りるとは薩摩人めが!見損なったぞ!!」
「はぁ〜!!やっぱ陸地が1番だな!」
「若ッ!!」「坊ちゃん!!」
「やめ!やめ!その呼び方はするな、と何回も言っているだろうが!兄者達は!?先触れを出していたであろう?全力を以て出迎えろと!何だこれは!?」
「いえ実は・・・」
なんか不穏な雰囲気だな。別にこのままでもオレは気にしないのだが・・・。
「とりあえずオレ達は馬に乗ろう。慶次さん?隊列を」
「おう。松風!大きくなれ!」
"ノア?待たせて悪いな。大きくなれるか?"
ガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジ
うん。いつも以上に激しい。そして痛い。涎ベタベタ。臭い。
"キャハッ♪陸地いいね!剣城っち♪大好きだよ♪"
"何でいきなり告白になるんだよ!?何回も言ってるだろ!?痛いの!しかも涎ベタベタになったじゃないか!?オレ今から偉い人と会うんだよ!?"
"キャハッ♪"
ダメだ。話が通じないわ。
「おっ・・・どこから現れた!?」
「うん?普通に船に居ましたよ?オレ達の愛馬ですよ?」
これは押し通すしかない。
「どうだ!畿内は凄いだろう!尾張では当たり前らしいぞ!?兄者に自慢せんといかん!誰ぞ!おいの膝付栗毛を連れてこい!」
「若ッ!既にこちらに・・・」
「おう!剣城君のような体躯ではないが、このおいの馬も中々のもんであろう?」
確かにノア程ではないが、岐阜や尾張にいるような馬と違うように思う。普通に大きい。
"キャハッ♪眷族にしよっかなぁ〜♪"
"馬鹿!見境なく眷族にするな!まだそこまでお互い知らないのだからな!"
"怒られちったぁ♪後でまた甘えさせてあげるね♪"
いや誰も甘えたいとは一言も言ってないぞ!?これ以上は勘弁してくれ!!
「素晴らしい馬ですね!」
「そうであろう?速駆けと行こう!着いて来てくれ!お前達!積荷は尾張からの贈り物である!丁重に内城に持って参れ!赤塚!」
「はっ!」
「剣城君?この者は、おいの信頼する家臣である!」
「赤塚真賢と申します」
「初めまして。芝田剣城と申します」
「うむ。これで赤塚も剣城君とは友達である!お前はあの鉄の船の見張りをしてくれ!」
「はっ。命に代えましても勤め上げまする」
いや命は張らなくてもいいけど!?多分操船できないだろうし。
「すいません。よろしくお願いします。気になるなら乗ってもいいですよ?義弘さんは信用してますので」
オレがそう言うと周りの兵の人達から殺気が放たれる。
「己れ!義弘様の事を気安く呼ぶとは!そこに直れ!己れがなんぼのもんじゃ!!!!」
いやいや何故に怒るんだよ!?
「これ!静まらんか!馬鹿共が!客人に向けて失礼であろうが!剣城君?済まない。例の肝付の事で少々兵が殺気立っておるのだ。間者も最近やたらと多いのだ。許してくれ」
「失礼しました。少々勘繰ってしまいました。船は必ずお守り致す」
いや薩摩人って何なの!?少しちびりそうなんだけど!?
「後で角力でもしようかのう?若いの?」
「小川さん!何言ってんの!?」
「そうだな!鬱憤が溜まってるなら俺も相手してやるぞ?」
「慶次さんまで・・・」
「ならここで今、勝負するか?いくら義弘様の客人とて、おいどんは手加減できぬ性格でな!?」
はぁ〜・・・何で喧嘩腰なんだよ・・・。例の食物でパワーアップしてるんだから、ボロ勝ちだろ!?
オレは小声で竹中さんに耳打ちする。
「程々に勝って、たまに相手にも勝たすようにしてあげて下さい」
「畏まりました。全く脳筋共には困りますな」
その通りだわ。
「おい!そこの優男!貴様の相手はおいだ!」
「ほほほ!私と?良いでしょう。怪我しない程度に稽古をつけてあげましょう」
いや、あんたも脳筋かよ!?いや確かに竹中さんも見た目によらず武闘派だったの忘れてた・・・。
「剣城君?済まぬ。薩摩人は他所より闘争心が強いのだ。薩摩兵児は皆、闘争を望んでいるのだ。許してくれ。角力にて力を抜けば収まる。暫し相手してやってほしい」
いや闘争を望むって阿保か!?これが後の幕末最強の薩摩兵の祖先か!?
「鈴ちゃん?鞠ちゃん?ごめん、手当ての用意だけよろしくしていい?」
「・・・・・・」
「鈴ちゃん!?」
「え!?あっ、はい!私も投げ飛ばしてやりたいと思ってました。ここまでコケにされて悔しいです!!!」
「落ち着いて!」
「さぁ!剣城君!おい達も1勝負どうだね!?」
いやいや何で服脱いでんの!?寒くないのか!?しかも傷がやべーんだけど!?どんだけ修羅場、潜り抜けて来てんの!?
「・・・・剣城様・・・受けて下さい」
「鞠ちゃんまで・・・分かった!分かった!義弘さん!1勝負だけですからね!?文句無しっすよ!?」
「がはは!おいに角力にて勝とうと思うとは!怪我はさせるつもりはないからな!剣城君は全力できたまえ!さぁ!!」
オレも寒いの我慢して上着を脱ぎ・・・義弘さんに50%くらいの力で突っ込んだ。
ドンッ!!
「ンッ、グフッ・・・・・」
「「「「「若ッ!?!?」」」」」
勝負は一瞬だった。当たった瞬間、義弘さんが後ろに転けたからだ。
オレは心の中で『オレはまだ全力を出していない』と唱えた。それに・・・勝ったなと。
「強いな!舐めてた。いやすまんすまん!では今度はこちらの番だ!構えてくれ!!」
はぁ!?マジか!?
義弘さんの突っ込みはタックルのようだったが、日頃から池田さん、堀さんの特訓のお陰か、普通に受け止める事ができた。
「若の突進を受け止めただと!?」
「まさかっ!?」
「がははは!負けだ!こんな気持ちの良い負けは初めてだ!さぁもう一本いこう!」
いやいかねぇーよ!?
「こらぁ〜!!!馬鹿共が何をしておるのだ!!!!城にて待っておったが確認に来て良かったわ!!義弘!!貴様は何をやっておるのだ!!!」
「兄者!これは角力をしているのだ!!」
ドガンッ!!!!
いやいや、助走ありの全力フックかよ!?凄い音がしたぞ!?体育会系か!?
「客人に角力をしてどうするのだ!!酒が入っているのか!?海に入り頭を冷やせ!他の者もだ!!!御客人・・・島津貴久が長男 島津義久と申す。愚弟が申し訳ない」
「いえいえ。大丈夫ですよ」
「早く服を着て下され。そして着いて来ていただきたい。おい!お前等は海で頭を冷やしてから戻ってこい!本当この馬鹿共がッッ!!!!」
いや何で2回同じこと言ったんだ!?
「鞠ちゃん?義弘さんを見てあげて!先に城に行ってるから!」
「畏まりました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます