杉谷善住坊、小泉伝七郎の盛大な勘違い

 「こっちだ!おいの小早に乗りな!」


 「い〜や!どこの誰かは存じませんが、オイラの小早にお乗り下せぇ〜!」


 「うは!?何だ!?この船は!?鉄で出来てるのか!?おっといけねぇ〜・・・兄ちゃん!陸まで運んでやる!乗りな!」


 まあ船のタクシーみたいなもんだな。誰に乗ればいいんだろう・・・。


 「この道でおまんま食べてるワシの船に乗りな!ワシの歳を見てみんかい!腕が良いから儲けておるのだ!がははは!」


 すっごい貫禄のある爺さんだが、あんたの小早・・・水が入ってきてるよ!?怖いんだが!?


 「全員は乗れないから3グループに分かれよう」


 「畏まりました。おい!我等は3隻に分かれ乗り込む!銭は相場より多く出そう。腕に自信がある者のみ残れ!」


 望月さんの口上から更に小早軍団が集まる。湾内だから波こそ外洋より穏やかだが、こんだけ人が居たら乗りにくいわ!!


 オレと慶次さん、すずちゃん、小川さん、竹中さんは、若そうなオレ達の船を鉄と見抜いた、頼り甲斐がありそうな人の船に乗った。ノア達はまだ少しの間、待機してもらっている。



 「おう!よくぞ選んでくれた!オレは丸船屋の忠平だ!」


 「芝田剣城と申します。よろしくお願いします。何故、丸船屋と?」


 「いやぁそりゃあ、丸という字は元の位置に戻るだろう?要は験担ぎだ。そんな事より、おたくが乗ってるような船は、明や南蛮船でも見た事がない!昔、大内船も見た事あるが全周回鉄の船は初めて見た!」


 大内船ってあの山口の勘合貿易してたあの大内か!?嘘!?もう鉄の船作ってたの!?確かに京より比べる事もなく、港町として栄えていたと記憶があるけど・・・。


 「おう。若いの!あまり我らの事を聞くでない。駄賃は多めに出してやる!」


 「すまねぇ〜な。正直渡し舟業なんかは誰がしても同じでな?俺は客を心で掴みたくて喋るようにしてたのだ。悪く思わないでくれ。喋らないようにするから」


 いや、この人はオレより年下だと思うけど、よう分かってるわ。今後オレはこの人の渡し船に乗ろう。


 そんなこんなですぐに陸に着いた。


 「あぁ〜!!久しぶりの陸だ!」


 「いやいや昨日ぶりだろ!?」


 「ありがとうございました。いくらでしょうか?」


 「三朱ほど構わないか?」


 三朱・・・約3千円くらいかな?価値は国により分からないけど、とりあえずかなり安いって事は分かる。


 オレは今後、使い道が無くなるだろう宋銭にて約1貫文分を渡した。


 「ありがとうございました。貰っておいて下さい」


 「いやいや!いくら何でも貰い過ぎです!」


 「おう!丸船屋!我らの殿はそのような銭は1日で稼ぐ方だ!良いと言っておるのだから貰っておけ!」


 「そうそう。それでもっと大きい船でも造り、丸船屋の名を轟かせてみせよ!ははは!」


 「そういう事です。端金とは言いませんが貰っておいて下さい。帰りはまた貴方の所を使いますのでお願いします」


 「それはいけねぇ〜!おたくはここいらの者ではないでしょう!?案内致します!いやそもそもおたくは・・・貴方様は何者です!?」


 言っていいもんだろうか悩むが・・・。


 「畿内の尾張と言えば分かります?」


 「尾張・・・?申し訳ない・・・」


 分からないか。確かに行く事も無いだろうし遠いからな。


 「ここ薩摩を2つくらい大きくした国で働いてる者ですよ。島津様とお近付きになりたくて、ここまで来たのですよ」


 「え!?お武家様でしたか!?そうとは知らずに申し訳ありません」


 ほら!頭下げるから注目されだしたじゃないか。


 「やめて下さい。とりあえず案内してくれるならお願いします。他の人の渡し舟屋にも金払ってきます」


 そう言って他の二つの渡し舟屋にもお金を払う。他は5匁と請求された。払いはしたが、如何にこの丸船屋が安いかってのが分かった。こういう人が出世するのだろうと思う。





 兄貴に少しでも近付く為、世の中の見聞の為、領内の検分の為、舟屋業の真似事をしているが父上に近付きたいと・・・。どういうつもりか調べて教えないといけないな。そもそも手ぶらで参ったのか?


 畿内がどれだけ離れておるかは知っておるが、まさか尾張国から参ったか。尾張とはそこまで栄えているのか?あの船はそうそう沈没しそうにないな。そもそも漕ぎ手はどこに居るのだ!?分からん!まずは俺が調べてやる!



 「ほうほう。中々往来の者が行き来し活気に溢れておるのう」


 「小川さん!何で上から目線なんですか!?」


 「いやそれは威厳を見せようと・・・岐阜程ではないが中々珍しい物を売っておるな!」


 「忠平!これらは明の物を売っておるのか?」


 「ここ坊津では主に明から流れてくる生糸、砂糖、鹿皮や武具に使う鮫なんかを売っている。これより先に入り込んだ清水や鶴丸辺りでは、逆にこちらが明や南蛮に物を売る方が多い町だな」


 「やけに詳しいのですね?流石、この地の水夫さんですね」


 「こんな事はこの辺の者ならば誰でも知っていよう。隣の大隅なんかに比べると、民が活き活きしているだろう!ここ薩摩は良い所だ!ところで尾張とはどのような国なのだ?丁度そこに飯屋がある。貴方様達からいただいたお金で奢ります。如何ですか?」


 「お!丸船屋!良い心掛けだ!薩摩酒を飲んでみたい!」


 「もしや其方は中々いける口だな!?」


 「おうよ!尾張一酒が飲める男だと自負しておる!」


 

 ふん。尾張のヒヨッコが。島津に酒で勝つなんざ100年早いと、教えてやらねばなるまい。



 「慶次さん!まだ初日だろ!?飲み過ぎはダメだから!」


 「ちょっ!剣城!?そりゃないぜ!?」


 「良ければ貴方様もどうですか?」


 「いや、そんなにオレは酒が強くないからな・・・。どちらかといえば、郷土料理的な飯が食べたいかも!?」


 「ならば兵児(へこ)が好んで食べる、闘鳥のさつま汁なんかどうだ?あれは中々美味いのだ」


 「さつま汁か!!いいね!よし!行こう!!」



 この者はさつま汁を知っている感じだな?何者なのだ!?しかも肉に忌避感が無いだと!?


 これは酒に酔わせ、感覚を鈍らせて聞くほかあるまい。我が父に近付く者は多いが敵ならば容易いが、内部から蝕む獅子になられては困る。







 「おーい!さっきはすまない!話を聞いてくれないか!?」


 「おい!善住坊!先の明の船だぞ?殺るか?」


 「伝七!あれ程争いはするなと言われているだろう?俺が話を聞いてくる!」


 しかし何の用であろうか。まさか本当に敵対してくるのか?


 「何だ?」


 「いや、さっきは我らが悪かった!航路を塞いだ事を謝らなくてはと思ってな?よければそちらに移ってもよいか?」


 「今、我らの殿は陸に上がった。先の件ならば我が殿は何も思っていない。よって、我らに構う事はない!」


 「そちらの船に上がる事を好まないならば、よければそっちが我らの船に来ないか?一饗共にし誤解を解きたい。そしてよければ'個人的'に取り引きをしたい!」


 う〜ん。勝手に決める事は良しとしないが・・・こんな時にトランシーバーがあれば良かったが、剣城様は忙しい身故に忘れてしまったのだよな・・・。いや待てよ!?これは俺と伝七に課せられた、自立しろって事なのではないのか!?


 いや確実にそうだ!最近やたらに愛州に岐阜の警備の事を任す、清洲の方までも任すと言っておられた。俺は特段普段任務がある訳ではない。むしろ穀潰しに近い。そんな俺を大事な船の留守役に任命していただけるとは・・・期待に応えなくてはならん!


 「俺が出向こう。暫し待たれい!」



 「という事だ。俺が行ってくる。伝七は船を頼む。俺は相手の真意を見抜いて参る。あの用意周到な剣城様が、トランシーバーを忘れる訳はない」


 「確かに剣城様がそんな忘れるという事はなかろうよ。だが・・・」


 「俺も含めだが、伝七も岐阜で何か任務を与えられておるか?」


 「いや・・・俺は清洲の村を見てるだけだ」


 「これは俺が思うに、剣城様から課せられた任務だと思うのだ。忙しい風に見せてわざとトランシーバーを忘れ、何かあっても対処してみせよと。それに岐阜では皆が優秀故に、我らまで仕事がない。それを見越してわざわざ俺達を薩摩まで連れて来てくれ、大事な船の留守を任されたのだ」


 「確かにそうかもしれぬ」


 「だから俺は剣城様に応えたいと思う。その相手が未知の者だろうがだ!」


 「それはワシも同じだ」


 「もし俺が毒殺されても、くれぐれも早まった態度を取るなよ?その折は剣城様に今までの恩の礼を。そしてすいませんでしたと謝ってほしい」


 「馬鹿野郎!剣城様がそんなこと許す訳ないだろうが!その時はワシ一人でも明の愚か者を処してやる!念の為に栄養ドリンクを懐にしまっておけ!敵の土産はビール10本で良かろう!」

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