公家の思惑

 城にわざわざ二人の為に作った部屋に案内した。すると部屋の中では信長さんが、囲炉裏の炭に火を点けて待機していた。


 「本日は誠に、よう岐阜まで参って下さった。田舎者故、作法など疎いところがあるかもしれませんが、まずは一服・・・」


 「ほほほ。茶ときましたか・・・いただきましょう」


 二人が着席して、信長さんが茶を点てる音だけが聞こえる。


 シャカシャカシャカシャカシャカ


 「まずは普通の茶を」


 「いただきましょう・・・うむ。結構な御点前で・・・ただ一つ言うならば混ぜる時に、茶筅の先を使い泡を優しく混ぜると、更に昇華するでしょう」


 「ほほほ。あまり慣れた手つきには見えませんが、これはこれで美味しゅうごじゃるよ?北条殿も茶の湯を学ばれておられるが、織田殿の方が美味しゅう感じますぞ?いやこれは失礼。つい本音を言ってしまいましたな?ほほほ」


 「飛鳥井殿は某の茶を褒めて下さいますか・・・社交辞令でも嬉しゅうございますな?ははは。さて・・・最後の一杯は某が考えた最高に美味い茶にて・・・」


 信長さんが作ったのは・・・抹茶バニラだ。まず今この世界で作れるのはオレ達だけだろう。ってかどうせならオレも飲みたかったんだが?オヤジ二人の体を洗うの頑張ったのだぞ!?


 パンッ パンッ


 信長さんが手を叩くと、遠藤さんがバニラアイスを持って来て、庭の障子を開く。


 「これは・・・・飛鳥井殿?」


 「う〜ん・・・・山科殿も?」


 「何故梅の花が開花しておるのか・・・そもそもこれは茶だが茶に在らず・・・」


 「だが・・・一つ言える事はこれより美味い茶を麿は飲んだ事がない・・・。これは是非お上にも飲ませてさしあげたい・・・」


 だろうな。はっきり言って茶の作法なんかはオレも分からないが、普通に甘くて美味いと思う。


 「ほほほ。初日から驚かされる事ばかりですな?そう思いませんか?飛鳥井殿?」


 「左様ですな。実は手ぶらで来るのは忍びないと思い、土産を用意したのですが、掠れてしまうかもしれませんな?ほほほ。従者を呼んでも?」


 「どうぞ。どうぞ」


 「お宮?入って来なさい。あれを」


 女か男か分からない中性的な人が、木箱と風呂敷を持ち一礼して入ってきた。


 「お宮?退席しなさい。織田殿?ここへは・・・」


 「遠藤・・・」


 信長さんが首だけクイッとして退席を促したが、偉そうだけどあの行動も格好いいな!?オレも今度、小川さんにでもしてみようかな!?


 「ふぅ〜・・・・・」


 「これでやっと普通に喋れますな?」


 「お二人はお疲れのようで。この室と隣の室はお二人のもの。誰も入らせませぬ故に日常をお忘れ下さい」


 「うむ。ここからは化かし合いは無しでいきましょう。先の茶もこの部屋の調度品から庭の梅の手入れまで、並々ならぬ事と存じる。この静謐こそ京には必要だと麿は思う。そのところどう思うかね?」


 いきなり切り出したな。ってかやはりただの訪問ではなく、政治的な意味合いもあるのかな?


 「某も普通通り話しても?」


 「構わない」


 「うむ。少々配下の者からも言われてはおりまして、口調が強くなる事がございますがお気になさらず・・・・。山科殿、飛鳥井殿は本当によく来てくれた。今親父が存命ならばいたく喜んでいたであろう」


 「誠、信秀殿とそっくりじゃな」


 「褒め言葉と捉えておきます。して、お二人は何を御望みか?珍しい物や食材なんかが最近、岐阜や尾張から回ってはいる。と言っても大物の公家がお二人もわざわざ、岐阜に来る理由にはならない」


 信長さんがこの言葉を言った後、山科さんと飛鳥井さんの顔がニコニコ顔から真顔に変わり、少し沈黙が流れる。


 「今や征夷大将軍は不在。義輝公が暗殺され、京の政情は不安定。朝倉殿が義輝公の弟、覚慶殿を還俗させ預かっておる。一方、京では三好、松永達が将軍を意のままに動かせる義輝公の従兄弟、阿波の足利義親公を将軍にしようとしている」


 「征夷大将軍を私物化すると?」


 「少なくとも麿と飛鳥井殿はそう思っている。故に、麿達は一乗谷に行き、遊興しているように見せかけて、一乗谷に居る公家達を味方にする為に居た訳だ」


 「それはいくら何でも危険では?」


 「だがそうでもしないと、このままならばお上まで私物化され三好、松永が牛耳る京になりかねない。麿はそんな京にはしたくない」


 中々ヘビーな話だが、大方オレが知ってる歴史と似た感じだと思うが・・・どうなるのだろうか・・・。

 

 「京の連中は武家に逆らえぬ。全てはお上が困窮して何も出来ないというのもある。それらは我ら朝廷の不徳の致すところ。政情が不安定で民草が疲弊し、京が廃れる事にお上は心を痛めておる」


 「ならば早くに朝倉殿が、義秋殿を奉じて上洛すればよろしいかと。それで、正親町天皇に将軍宣下してもらえばよろしいかと」


 「それをするにも銭が居る。兵が居る。人が居る。朝倉には兵と人が居るが銭が無いッッ!!!!」


 おいおい!?一乗谷で遊んでたか仕事してたかは分からないけど、よくもまあ金が無いとか言えたもんだな!?


 「で、その銭は織田が出せと?」


 「そうじゃ!朝倉、織田、浅井連名で義秋殿に六角、畠山達に文を書いてもらい上洛するのだ!」


 「ふん。はっきり言って絵空事ですな。朝倉殿と我らはまだ分からぬが、六角が首を縦に振る訳がない。そもそもそれをしたところで、その新たな将軍になる義秋殿が、将軍の器かどうかも分からぬ」


 「まあまあ、お二人共熱くなり過ぎですぞ。山科殿も初日から核心に迫り過ぎる。今日、明日で何か変わる事はない。まずは麿も含め山科殿も、織田殿の事を知ろうではないか?」


 「そ、そうでございますな。いやこれは失礼をした。少々熱くなり過ぎたようだ」


 「まあ、ワシもいきなり故、強い言い方になったが許せ。まあ実の所、その義秋殿を奉じて上洛する銭に関してなら、このワシの横に居る剣城一人で賄えるくらい、此奴は銭を貯め込んでおる」


 「な、何ですとッッ!?それは織田殿よりも多いと言う事ですかな!?」


 「ふん。ワシの銭は全てよ。少しずつ京にも・・・三好にも松永にも、はたまた朝廷の二条、勧修寺家辺りにも酒や砂糖、物珍しい食材なんかが届いているであろうよ」


 「まさか・・・・」


 「人は美味い物、贅沢な物を手にすれば手放したくなくなる。それはワシもです。それが無くなれば人は荒れ、奪うようになるであろう。ワシはそれらを作る政策をしておる。権力者が独占して何が変わろうか。下々の民が我らと同じ飯を食べる事ができて、初めて普及したと言える。この剣城はそれを実現するべく奔走しておる。この意味が分からぬ二人ではなかろう?」


 そこから、山科さん飛鳥井さん達が小声で話しだした。


 「従五位下辺りに…………」「いや、それじゃ弱い。ゆくゆくは正二位についてもらい、天皇が生き残るように……」


 「まあ今はまだその種蒔き段階。暫くはお二人はここ岐阜、隣の尾張の事を見て下され。朝倉殿から要請されれば織田は動きましょう。我らから声を掛けるのは義に反する。そこは武家の事を考慮してくれ」


 「分かりました。いやいきなり申し訳ない。まずは純粋に楽しませてもらいましょう」


 っていうかオレそもそも、金はあるにはあるけどそんなに持ってないんだが!?何で柴田さんも信長さんもオレを矢面に出すんだよ!?かなりプレッシャーなんだけど!?

 

 「とにかくこれをお渡し致す。これで我らの気持ちが分かるかと」


 「うむ。今開けても?」


 オレも気になり木箱を覗くと、まあ蹴鞠と茶器だった。そして風呂敷の方は・・・公家の中でも上級な人が着てるような服だった。


 「これは・・・束帯ですかな?」


 「そうですな。これを織田殿に渡したいと思う。麿達の思惑は・・・分かって下さい」


 「考えておきましょう。何回も言うようだが朝倉殿次第ですな」


 「分かりました」


 ってこの人達はこれだけで意味が分かるのか!?どんなエスパーだよ!?束帯って何だよ!?初めて見たぞ!?

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