婚礼の儀
鯛の姿造りとケーキは大皿だが、後は一人ずつ小分けにして収納してるので、取り出すだけで簡単だ。『余裕を見て100名分用意致しました!』と大野さんは言ってたが余裕見過ぎだろ!?
「信長様も手伝いますか?お市様は半分気付いてると思いますよ」
「ふん。少し聡いところがある妹じゃからな。市の膳はワシが運ぼう」
兄弟愛かな。色々言ってるけど信長さんは面倒見がいいからな。
「浅井方の料理人様?すいません、運ぶの手伝ってもらえますか?」
「な、ななんと!?今の短時間でこれほどお作りになられたのか!?」
「まあ、やり方があるのですよ。ははは!」
笑って誤魔化すしかないよな。
その後せっせと運び、浅井さんお市さんはまだ別室に居るみたいで、浅井さんの配下の人達の前に配る。
「鯛は立派だがこれは何だ!?見た事ないぞ!?」
「これは牛蒡か?」
「静まれ!静まらんか!恥ずかしいであろうが!!」
全員に配り終え、オレと信長さん大野さんは後ろの方で待機した。すると急に静かになり、浅井さんの小姓らしき人が、木を叩き音を鳴らせた。
「これより浅井新九郎様、お市様の祝言を行いまする。御二方、入られます」
その後、隣の部屋から太鼓?みたいな音と、また木を叩く甲高い音が聞こえ、二人が入ってくる。
「やっば。めっちゃ綺麗だ・・・」
ゴツンッ。
「すいません」
オレは思わず感想が声に出てしまっていた。ただの白無垢だが、芸術神様が出したやつなのだろう。ここからでは何の刺繍か分からないけど、とにかく神々しいという言葉以外、思い付かなかった。
「一同!礼ッッッ!!!!」
「此度の婚礼は賛否両論あろう。だがワシは織田の姫と・・・市と幾久しく、ここ近淡海の要所、近江を守ろうと思う」
「尾張国より参りました市と申します。不束者ではございますが、浅井新九郎様の妻として浅井家と織田家両家の同盟を、いつまでも幾久しく続きますよう・・・」
「おぉぉぉぁ殿ぉぉぉぉ・・・・」
いやいや三田村さん!?号泣し過ぎじゃねぇ!?
「ぶぉぉぉぉぉぉ────!!!」
いや三田村さんより大号泣してる、ゴッツイ体のあんた誰だよ!?その泣き声なんだよ!?森さんの馬みたいな声だな!?
「ではこれより婚礼に伴う品目の目録を──」
「安養寺!遮って悪いがどうも見た事ない料理が多数じゃ!まずは食べてからにせぬか?」
「おい!新九郎!婚礼の手順を変えるとは──」
「父上!今、浅井家当主は俺だ!口を挟まないでいただきたい!部下の顔を見なされ!口惜しいが俺と市の婚儀より、飯の方に傾いているでしょう」
「ぐぬぬぬぬぬ」
あの一喝・・・。信長さんに通ずるもんがあるな。オレなら10年だって、この綺麗なお市さんを見てられるけどな。
「ではいただこう!立派な鯛であるな。一度だけ食した事がある!あれは越前の鯛であったか・・・」
カタン・・・・。
「「「「「「新九郎様!!!!」」」」」」
「これは普通の鯛ではない!比べるつもりはないが越前の鯛より美味い!そしてよく見るとこれは氷ではないか!?市もどうだ?一緒に食べないか?」
「はい。いただきとうございます」
まあ、あれだけ下処理して氷漬けまでしたんだ。不味い訳ないよな。それにしても・・・・浅井!!!なんて羨ましいんだ!!
「これは芝田殿が作られたのか?」
「考案は私ですが、作ったのは配下にやらせました。美味しいでしょう?その者の飯屋によく私も行くんですよ」
「うん?考案は芝田殿で作ったのは別人と?芝田殿も下男のような事をするのか?」
「私は料理人を下男と認識しておりません。むしろ料理は日々の糧でございます。その者を無下に扱うのは、私の家では御法度でございます」
「うむ。確かにそうであるな。これは何と言う料理じゃ?」
「牛蒡の天麩羅でございます。それと串に刺さってるのは焼き鳥と言いまして鳥の肉です」
「鳥の肉か!美味そうだ!というか美味い!この粘っこい汁がなんとも美味い!」
やっぱ浅井家は肉に忌避感が無いのかな?
「何が美味そうか!仏教の教えにおいては──」
「父上!お黙り下さい。禁止禁止と言うても坊主共は、肉を食ろうとるではありませぬか?飢饉では民は木の皮や土壁を食らっておるのを、ご存じでしょう?命を粗末に扱う訳でもない。俺は織田殿が作った物をいただく」
なんだろうな・・・。信長さん程ではないが、この人も中々に革新的な人だな。そして現実的な人だ。人と言ってもオレよりもだいぶ年下の見た目なんだが。まだ高校生くらいの歳じゃなかろうか。
「誠に美味いのう。こんなに美味い物を食うたのは初めてじゃ!忘れられん祝言になってしまったのう」
「ありがとうございます。その料理を作ったのが私の横に居る人です」
「な、なんと!?其方だったのか!?いやすまぬ。知らぬ内にふざけた事を言うてしまっておった」
「いえ、某は気にしておりませぬ。某の料理を食べていただき、ありがとうございまする」
「織田は良いのう。このような美味い飯を食え、色々開発もしておるようだな?」
「ワシも昔、若にかき餅が食いたいと言われ調理したが、料理とは奥が深い」
「そんな事もあったな?ははは!誠、今日はめでたい!芝田殿、尾張に帰り義兄上に伝えてほしい。いついつまでも共に駆けようと」
現代なら、こんな臭い言葉を言う若者なんか居ないだろうと思うけど、この人程、今の言葉が似合う人は居ないだろう、とオレは思った。
まあ、尾張じゃなく今は岐阜に居るんだけどね。なんならオレの横に居るんだけどね。場違いなドーラン付けて。
「では、最後の締めで二人に・・・初めての共同作業をしてもらいます。少々お待ちを」
オレは大野さんと台所に向かい、慎重に3段のウエディングケーキを運んだ。
「何だ!?何だ!?それは!?」
「これまた雅な物が来たではないか!?」
「ケーキ・・・。それも大きい・・・」
「市はこれを知っておるのか!?」
「はい!織田では最近良く食べられております!」
「何だと!?このような物がよく食べられているだと!?」
うん。盛大な勘違いですね。ここまで大きいケーキはオレでも初めて見たよ。主にお市さんが伊右衛門さんにケーキ擬を作らせたり、オレが出して食べさせてあげるくらいだよね。
「では御二方・・・。このケーキに入刀をお願い致します。そしてこの紙皿に配下の方達に配ってあげて下さい。そしてここからは酒も甘美な飲み物もお出しします」
オレは大野さんに目で合図し、ウイスキー、日本酒、ワイン、酎ハイ、焼酎、コーラ、サイダー、オレンジジュース、烏龍茶など思い付く飲み物を持って来てもらう。
そして、二人が入刀する所をオレはインスタントカメラで撮影する。プリンター買って後日額縁にでも入れて送ってやるか。一枚はここでプレゼントしてあげようかな。
「いや、この様な物を傷付けるとは恐れ多い・・・」
「新九郎様?妾は早くにこのケーキを食べとうございます」
「そ、そうか。市は食べ慣れておるのだな?では手を構わぬか?切るぞ?」
「御二人様!こちらを向いて!笑って〜!!ハイ!チーズ!!」
「何じゃ!?何じゃ!?」
「新九郎様?あれはカメラにございます!今この時を姿絵として残す物でございます」
「そ、そうか。市は物知りなのだな!?」
あのお市さんの表情・・・。クソ!浅井!なんてうらやま!!けしからん!!
「はい!撮り終えましたから、暫くすると見えますのでケーキの方、お願いします!」
「さぁ新九郎様?切り分けましょう!」
「分かった。三田村!これからもよろしく頼む。安養寺!織田殿との婚儀をよく纏めてくれた。引き続き頼む。野村!お前もこれからもよろしく頼む。・・・・・・・・」
この一人ずつ手渡しで食べ物渡すのいいな!オレも今度、皆にやってみようかな!労う感じで言うのがいいな!
「最後に遠藤!お前を俺は一番信頼している。だがそのお前が一番、この婚儀に反対であった」
「織田の姫の前で言うのは悪いですが、こんな同盟が長続きする訳がございませぬ。この婚礼にかかった費用は全て織田持ちですが、我らを酷使するに違いござらん!」
ヤバイ!静かにケーキ待ちしていた信長さんがプルプルしだしたぞ!?しかもお市さんもこっちをチラチラ見てるぞ!?ヤバイ!ヤバイ!
「控えよ!遠藤!織田殿配下の前ぞ!」
「少しよろしいでしょうか?」
「いや、家臣がすまぬ。この事は我らが──」
「遠藤さんと言いましたか?織田を嫌うというのはしょうがないです。浅井様の将ですからね。ただ食わず嫌いと言いますか。知りもせず批判ばかりするのは良くありませんね」
「な、何を言うておる!!?」
「信長様はこの近江の事だけではなく全体を見渡せる方です。この意味が分かりますか?」
「おい。芝田殿といえど言葉を選んでもらおうか?今のは浅井を馬鹿にしたように聞こえたぞ?義兄上は全体を見、俺は近江しか見えないみたいな言い方だったな?」
「言葉悪く聞こえたのは謝りますが事実です。まだ浅井様は信長様とお会いになられてないと存じますが、一度腹を割って話し合えば、貴方なら分かってくれる事かと思います」
この場を鎮めるつもりが、オレも少し熱くなってしまったな。しかも返ってお市さんは確信に変わった顔になってるな・・・。下向きだしたよ・・・。
「その奇妙な出立ちの者は、偉そうに胡座を組んで腕組みし、何を考えておる!そういえば貴様!名を聞いておらなんだな?」
「ワシは弥助だ!」
はっ!?いやいやそんな偉そうに『弥助だ!』ってどの弥助だよ!?
「では弥助殿?お前は何が分かるのだ?」
「もう芝居はよいな」
いやいやいや!?『もう芝居はよいな』って・・・。信長さんがバレないようにって言ったから、オレ頑張ってたんだけど!?
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