第111話 無期限休養

 私たちは救助隊員の回復魔法の使い手によって、あっという間に全快し、来た時と同じ方法でそれぞれ海上へ浮上した。


 帰るためには再び三十六時間の船旅だ。


 救助隊も、炎の皇帝役の火炎魔法使い三人も、初日に入り口で案内してくれた人も、全員が乗船したようだ。


 やっと一息……ともいかなかった。


 船旅の間、私たちは一人ずつ部屋に閉じ込められてしまったのだ。なんとこの船の客室、外から鍵がかけられる仕組み。


 その上ご丁寧に、廊下には見張りが……


 名目上は「安全と健康を守るため、不要な刺激を避けるには部屋で個別に安静にするべき」というものだったが、荷物も没収されたのだ。おかしいと思うに決まっている。


 練くんは文句を言い続けていたが、しかし他の人は素直に従った。ベッドの上で眠りたい以外の感情を失っていたのだ。私も港に着くまで、ほとんど寝て過ごした。


 驚いたのはそこからだ。

 港には人数分の車が待っていて、それぞれ宿泊施設に運ばれ、二日間ホテルに缶詰にされた。


 これはいくらなんでも、ちょっとやりすぎじゃないだろうか……


 私物が返されたのは、『誓約書』にサインをした後だった。


 すでに機密保持の書類にサインはしているのに、念入りに、今回の件について他言したら刑罰が与えられると書き記されていた。


 その上、妙な文言が続いている。

 私は、私がサインし終えるのを微笑んで待っている若い女性係員に聞いてみた。


「あの、この、『無期限休養中の手当について』って、どういうことですか?」


 彼女は微笑んだまま説明してくれた。


「はい。本田さんは今後、出動要請があるまで休養、つまり待機の状態になりますが、その間も今までと同額の給与が支払われるというお知らせですね」


 無期限、休養?


 なんだかわからないが、帰りたいし、誰かに話す気もないし、断れるわけもない。


 サラサラと紙に名前を乗せる。


「はい、お疲れ様でした! ご自宅までお送りしますか?」


 お仕事終了の彼女は微笑みにブーストをかけた。

 書類と引き換えに大きなビニール袋を渡された。中には私物。


 こんな感じで保管されてたんだ……


 私は、どっと疲れてしまっていた。


「お、お願いします……ここがどこだかも、わからないので……」


 送迎車がやってくると、車中も爆睡。自宅へ戻っても爆睡で、気がついたら丸一日経っていた。コンビニで簡単な食事を買い込むと、そこからさらに無気力籠城。


 何もできない、考えられない日々が続いた……



**



 慣れない駅に降り立って、私はスマホの地図とにらめっこしていた。


 平日の夕方。新橋駅。

 退勤時間で駅に向かうサラリーマンの流れに逆らう。なんだか懐かしい。私もこの無個性な背広集団の一人だったのに。


 混み合う改札周りを、注意深く進んだ。

 大事な〝箱〟を抱えているので、人にぶつかるわけにはいかない。


 銀座口を出たところで、壁に寄って立ち止まった。もう一度地図を確認しようとしたら、練くんからメッセージが届いていた。


〈まだ?〉


 って、三文字……

 文面でも相変わらずぶっきらぼうである。


〈ごめん! 駅に着いたとこ!〉


 送信ボタンを押したら、急に視界が広くなったかのように、今まで雑音として処理されていた大型ビジョンの音声が、はっきりと聞こえてきた。


『なんか最近つまんなーい』

『そ・れ・な・ら、ダンジョン探索!』

『えー?!』


 視線をあげると、横断歩道の先にあるのは大型ビジョン。人気の女性アイドルグループがダンジョンを背景にアニメーションのモンスターと戦っている。


 今やテレビでも動画配信でも、見飽きたCM。


『そこには夢と冒険が待っている!』

『能力覚醒診断は簡単! 登録なしでたった一分!』


「……二秒だよ」


 見聞きするたび、私は優しく訂正を入れるのを習慣としていた。意味はない。


『ランキング上位を目指して! 今日からキミもダンジョンヒーロー!』


 信号が青に変わる。

 行き交う雑踏に紛れ、私は雑居ビルの影の中へ入っていった。


 着いたのは、定食屋。

 紹介サイトの写真より遥かに年季の入った建物だ。店名が書かれた赤い暖簾と、すりガラスの引き戸である。


 音を立ててそれを開けると、懐かしい声が迎えてくれた。


「いらっしゃ……あ! 本田さん!」


 エプロンをつけた富久澄さんだ。


 

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