第109話 迷ってられないですよね
「しっかりしてください! 過去は過去です! あなたは何も知らなかったんだ、あなたのせいじゃない!」
「違う! 私のせいだ!」
『そうさ、獅子戸莉花。お前のせいだ』
「うるさい!」
私は思わず敵に怒鳴っていた。大蜘蛛は精神攻撃ばかりしてくるようだ。
ものを操れるなら首をへし折られたりするんじゃなかろうかと心配していたが、そんなことはないらしい。
「獅子戸さん、あいつは何も知らない。その場にもいなかった。あなたがどんな人かも知らない。傷つけたいだけの言葉に意味なんかありません」
私が必死に獅子戸さんに話しかけている間黙っていた大蜘蛛が、急にか細い声を出した。
『アッシャの弟子か……』
「え? あ、はい」
たぶん私、氷の女王アッシャの弟子です。
まっすぐ見つめ合うと、やはり大蜘蛛の目は揺れ動いている。
幻? 煙? 小さい生き物が集まってる方式か?
『な、なんだ……』
と、大蜘蛛がこぼした。
『お前は……恐れを持たないのか?』
「え? 恐れ? いやいや、けっこう怖がりですよ。びっくりしやすいというか」
『死も、喪失も……恐れないのか……』
こ、これは……
大蜘蛛が、たじろいでいる……?
虚を衝かれているようだ。
「生きてればいつか死にますから、しょうがないですよ。それにここまで短い人生ですけどいろいろあって、もうなるようにしかならないって諦めたんですよ」
これはチャンスかもしれない。ダラダラと話しながら頭の片隅で考えてみる。
ここまできて大蜘蛛が物理攻撃を仕掛けてこないのは、なにか思惑があってのことというよりは、できないからじゃないだろうか。
「言われてみればたしかに、なんにも怖くないですね。いまは、あなたをどうやって倒そうかというだけです」
操ったり怖がらせることでしか攻撃ができないのかもしれない。
煙のような生き物で、向こうからは触れることができないのだとしたら?
私は気づかれないように、体の後ろでマジカルステッキを握りしめた。
『チッ……』
と、大蜘蛛は舌打ちみたいな音を立てた。舌はないだろうけど……
『ああ、面倒くさい。生意気な氷塊め!』
大蜘蛛が腕を振り上げ、獅子戸さんが立ち上がるそぶりを見せる。
私が魔法を発動したのは、それとほぼ同時だった。
「アイスキャブ!!」
『ぎゃあ!!』
やった!
距離を測り損ねたが、大蜘蛛の左顔面をごっそりえぐってやった。
大蜘蛛は両手で顔を押さえ、力が消えて獅子戸さんが尻餅をつく。
私は『アイスキャブ』を吹雪で巻き取り、手元まで引き寄せた。
ひと抱えはある大きな氷塊だ。
中を覗き込むと、赤い光と黒い粒子が蠢いていた。完全に固めることはできなかった。
ゴン! ゴン!
外に出ようともがいているのは、赤い光の玉だった。
よく見るとそこには、苦悶の表情を浮かべる顔があった。
「うえ、気持ち悪……」
私は氷塊を足元に放った。
この調子でもぎ取っていけば弱体化できるかもしれない。
次はもう少し大きく……
そのとき、大蜘蛛の背後に大きな〝穴〟が現れた。
『もういい……、ひとつで十分だ』
奴はそう言い残すや、ローブの裾を翻し、真っ黒な穴の中へ消えていった。
「ひとつ? っていうか、……え、これでおしまい?」
って、そんな簡単に終わって悠々と帰れるわけない。
ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・ゴ——……
凄まじい地響きがして、足元が崩れ始めたのだ。
揺れで獅子戸さんが目を覚ます。
「ん……、本田、さん……?」
「ああ、よかった! 大蜘蛛は撤退。迷宮が崩れそうです!」
「っ……! なんだと?」
飛び起きた獅子戸さんの足元がふらつく。
かなり弱っているようだ。
その瞬間、ボキンと音がして、氷のクレーンが折れた。
「あ!」
慌てて獅子戸さんを抱き寄せて、考える間もなく吹雪を呼び寄せた。
さっき『アイスキャブ』を運べたんだから、自分のことだって運べるはずだ。
自分を中心に球状の吹雪を作り、スノーボードのように足に氷の板を貼り付けると中央でホバリングできた。
吹雪で押し上げ続けるのも大変だけど、バランス取るのも至難の業!
だけど、今日までの筋トレの成果が出ている! そんな気がする!
「下の様子が見えない! 灰が舞っているようだ!」
「骸骨燃やしまくったんですね!」
「とにかく合流するぞ!」
息も絶え絶えに、ふらふらと降下していくと、徐々に念動力と絶対防壁で瓦礫を防いでいる様子が鮮明になっていった。
次の瞬間、壁面が大きく崩れ、みんなが走って中央へ移動していくのが眼下に確認できた。
「ああ! くそ、地念寺でも間に合わないか!」
獅子戸さんが珍しく悪態をついた。
遠くからも岩の崩れる音がしている。迷宮の外側も、つまりダンジョン自体も崩れてきているのかもしれない。
このままでは生き埋めになってしまう。
『私になにかあったら』
脳内に、獅子戸さんの言葉が蘇った。
〝方法〟を思いついてはいるけれど、問題はむしろ〝外〟なのだ。
四十メートルの水深を、どうクリアするか。
「あー、もー! 迷ってられないですよね!」
私は急いで獅子戸さんに作戦を告げた。そして答えを聞かず、彼女をみんなの頭上に向かって放り投げた。
「本田さん!! 無茶だ!」
落下しながら獅子戸さんが大声を上げる。
私が「地念ちゃん!!」と叫ぶと同時に、彼が片手を伸ばしてキャッチしてくれるのが舞い散る砂塵の中に見えた。
私はすぐ横の壁に氷を使ってへばりつき、目一杯冷気を集めた。
獅子戸さんが全員を中央に集めてくれている。他にどうしようもないと、諦めて協力してくれたのだろう。
みんながなにか叫んでいるようだが、一際大きな轟音が響いてかき消えた。
視界が揺れる。
「いっっけーー! でっかいかまくら!」
ダサいがイメージをまっすぐ伝えるにはこれしかない。
でっかいかまくらでみんなを守るのだ!
ドン!
と、音がするほどの勢いで氷のドームがみんなの上に覆い被さった。
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