第107話 階級なんか

「無茶です! 一人でなんて!」

と、富久澄さん。


 そうだよ、上に行った途端に食べられちゃうとか、操られちゃうとか……


 だが獅子戸さんの決心は硬い。


「人命が第一だ。本田、早くしろ!」


「アンタの命もだろ!」と、声がした。練くんだ。燃え盛る炎に照らされながら叫んでくる。


「おっさんを連れてけ! ここは俺たちだけで大丈夫だ!」


 え、あたしですかい!?


 驚いて練くんを見たら、彼は肩越しに振り返った。


「俺たちが燃やし尽くしてる間、あんた役に立たないだろ! 氷で指導官、守ってくれよ!」


 こんなときでもかっこいいですね!


「あ、でも結城さんの箱が!」

 危なく忘れかけた中央のアイスボックスを見ると、若干溶けて丸くなっている。


 すると急に青木さんがまっすぐ挙手した。


「富久澄さんと真ん中に行って、『絶対防壁』で守ります!」


「そっか、それだ!」と、富久澄さんも指を鳴らさんばかりに同意した。


「発動しなかったんじゃ?」

と、地念ちゃんが多少遠回しに制止すると、青木さんはひどい顔色で反論した。


「あのときまでは嘘だと思ってたけど、いまは! 真剣に! 死にたくない!」


 すごい気迫。


 これ以上考えている時間はない。

 どんどん消耗していくだけだ。


 全員の、犀井頭さいとうさんと大地くんを含めた顔を素早く見回して、獅子戸さんは頷いた。


「わかった。いくぞ、本田! 炎を右に集中させろ、左側面へスロープを!」

「はい!」


 左側の敵を練くんと犀井頭さんが炎で燃やし、押し返す。それを引き継ぐように念動力がさらに奥の暗闇へ押し込み、右へ流していく。


 私は壁沿いにスロープを生み出した。

 まだ熱いが、いける……!


 足をかけた獅子戸さんが一瞬の判断で振り返った。


「地念寺! お前が一番視野が広い。指揮を取れ! 神鏑木、補佐! みんな、あとは任せたぞ!」


 獅子戸さんの声に、全員が気合いを入れた。

 急に振られた地念ちゃんも、練くんも、異論はないどころか言われた指示を遵守するために集中力のギアが上がった感じだった。


 富久澄さんや青木さんはもとより、犀井頭さんと大地くんも地念ちゃんに全権を任せ、自分のすべきことに真っ向当たる構えだ。


 彼らならきっと大丈夫……


 が——……


「俺は……?!」


 この後に及んで琉夏ルカくんが不安そうな声をあげているではないか。


 え、こんなギリギリの状況で、それを懇切丁寧に教えなきゃダメ?


 私たちはもうスロープを登り出していて、引き返すどころではない。

 それでもフォローアップすべきかと思ったら、視界の端に満面の笑みの青木さんが映った。


「僕が守ります!」


 はっきりそう言った……

 ぎゅっと手も握っている。


 千葉ダンジョンの時とは別方向の〝狂気の青木さん〟だ!

 でもたしかに『絶対防壁』の中が一番安全だし……


「え、ちょ! あんなとこ? ど真ん中じゃん!」


 琉夏くんは必死に拒否しているが、青木さんの手は火事場の馬鹿力なのか離れない。


「行って!」

 地念ちゃんの合図で、前のめりに走り出す青木さん。その右手に富久澄さん、左手に琉夏くん。 


「行きたくないーーーー!」

「あはははは。僕といれば絶対安全ですよー!」

「いやだああああああああ!!」


 琉夏くんの悲鳴がこだまする。


「急げ!」と、獅子戸さんに後ろから叱咤され、私はスロープに向き合った。

 熱が上がってきている。溶けないか心配だ。


 横目でチラッと確認したら、大蜘蛛がこっちを見ていた。


 あいつ、何する気だろう……

 本当に話し合いするつもりか?


「本田……」

「は、はい!」


 呼ばれて、振り返れるほど安定した足場でもないので、私は前を見たまま答えた。


「私になにかあったら、あの子たちを頼む」

「なにかって!」


 危なく足を滑らせそうになって、咄嗟に手すりを作る。


「彼らはまだ若い……死なせるわけにはいかない」

「そんなのあなただって、私から見たらお嬢さんですよ! そういうのは上から順番です!」


「お、おじょ……! 階級なら私が上です!」

「知りません、そんなの! 私はただの一般人ボランティアですから!」


 足を止めることなく言い争った。

 私ってば相手の顔を見ないと言いたい放題だ。


「階級なんかクソっくらえです!」

「私は……! もう誰も、私のせいで死んでほしくないんです!」

「何言ってんですか、あなたのせいじゃないでしょう?!」


 驚いたせいで氷のスロープが大きく膨らんで、踊り場ができた。


 反射的に言い返したけれど、獅子戸さんの話っぷりは、過去に何かあったと物語っている。


 まだ半分くらいしか登ってないし、立ち止まってる場合じゃないが、獅子戸さんが大蜘蛛と刺し違えるくらいのつもりでいるなら、対峙させるわけにはいかない。


 大蜘蛛も、楽しげにこちらを眺めているだけだ。まだ余裕はある。


 私は踊り場で足を止め、しっかり振り向いて、彼女より視線を下げるために膝をついた。

   

「わかりました。あなたに何かあったら、必ず全員、私が守ります。ただしあなたのことだって、私は命懸けで守りますからね。捨て身とか許しませんから」


 獅子戸さんは驚いたように見えたが、すぐに目に力が戻ってきた。


「当たり前です。一番は、全員で生きて帰ることです」


 二人で頷き合ったちょうどそのとき、下で大きな爆発音がして大きく揺れた。

 踊り場にいてよかった。スロープを歩いていたら振り落とされていたかもしれない。


「急ぐぞ!」

「はい!」


 

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