第9章 終焉へ

第106話 私が一人で行く

 その時私は、迷路に入ってからたびたび感じていた〝視線〟の正体に気がついた。

 こいつが上から、ずっと覗いていたんだ。


『ふふふ……、小さきものたち……愛らしいこと』

 大蜘蛛はしゃがれた声で言った。


 大蜘蛛はたぶん天井に腹ばいになっているのだろう。

 肘をついて上体を持ち上げ、組んだ指に顎を乗せてこちらをじっと見下ろしている。

 見えないけど、足はパタパタしてるんじゃないかと思ってしまう。


「どういうことだよ、なんなんだよ!」

 琉夏ルカくんがパニックを起こしたように喚いて、後退りした。


「ボス戦ってこと……?」

 犀井頭さいとうさんが振り絞るように言う。


「あれを倒さなければ、出られないでしょう……」

 獅子戸さんはそう言ったものの、どうやって戦えばいいのか見当もつかないようで、悔しげに拳を固くしている。


 そのとき、大蜘蛛が屋根裏をトントンと指で叩いた。


『ここまで登っていらっしゃい。そしたら、話を聞いてあげましょう』


 なんですって??

 話を聞く?

 

「え、罠だろ……?」

 琉夏くんが周囲を見回して確認するようにこぼした。


 だが、どちらにせよもっと近距離までいかないと攻撃のしようがないかも……


 琉夏くんは近づきたくもないという様子だが、我々は、大地くんさえも、注意を怠らず突破口を探しながら、獅子戸さんの指示を待っていた。


「結城の確保が最優先だ」

と、我らのリーダーが決定を下した。

「地念寺、引き寄せられないか?」

「やってみます」


 琉夏くんは「正気かよ」と漏らしたが、誰も応じなかった。


 獅子戸さんのキビキビとした声が、続いてオーダーを出した。

「増幅炎を主力に、大地は念動力で補助を。他は氷結で足止めする」

「はい!」


 みんなが気合いを入れて、私も一歩踏み出した、その時。


『ふふ……』

と、上空から笑われた。


 ゾッ……


 背筋をゾワゾワとしたものが這う。

 足もすくむ。


 入ったら最後、出られないのではないか……

 そんな危うい想像が拭い去れない。


「来たぞ!」

 はっと視線を下ろすと、奥の暗闇から骸骨兵がぞろぞろと歩いてきていた。


 地念ちゃんが急いで結城さんを捕捉しようとした瞬間、結城さんはその場に力なく倒れてしまった。まるで糸が切れたみたいに。『炎の皇帝』役をしていた火炎三人組と同じだ。


 骸骨兵は彼を避けて歩いてくれないだろう。


 しかしこの状況も想定に入れていたのか、獅子戸さんは素早く別の指示を出した。

「作戦変更。骸骨兵を増幅炎で燃やし尽くす。念動力でできるだけ結城から遠ざけろ。地念寺、遠慮せずやれ!」


 戦いが始まった。


「本田、氷で結城を保護!」


 結城さんには悪いが、ちょっと寒いのは我慢してもらおう。

 分厚い氷のブロックで彼を覆い、踏まれるのと炎からガードする。


 あまり室温を下げてはいけないので、氷結魔法はここまでだ。


 地念ちゃんはモーセの如く骸骨兵を左右に割り開いた。大地くんも加勢して、次々出てくるのを壁に押しつけていく。


 練くんは富久澄さんの『増幅』を受けて巨大な『火球』を瞬時に育てた。


「右側いくぞ!」

 掛け声と同時に、右の壁に押し付けられた骸骨兵に火の玉が投げつけられる。そしてすぐさま二投目のチャージ。


 床の罠を案じて張った氷はほとんど消えていた。


 そのときだ。


「うわああ!」


 琉夏くんの叫び声が、部屋のと飛び込んできた。


 え、外にいたの?

 彼は「うわわ、あわわ」と言葉にならず、必死に何かを伝えようとしている。その大騒ぎでよく聞こえなかったが、耳をすませば外から鎧兵の足音が。


 他のみんなが集中を切らさないように、獅子戸さんがすぐに声を張り上げた。


「後方、敵襲! 本田!」

「はい!」


 名前を呼ばれただけで、何をすべきか理解した。


 私は魔法のステッキを掲げて、全身全霊を込めて猛吹雪を呼び寄せ氷を作った。

 これで入り口はおろか、その先数メートルは埋まったはずだ。

 鎧兵の足音は消え、かすかに氷が鳴るだけになった。


 こっちは「よし」と思ったのに、琉夏くんはまた悲鳴をあげた。


「閉じ込められたじゃん!」

と、氷壁を叩く。


「いや、最初から閉じ込められてるんだよ! 君ん中ではどうなる予定だったの! やんなきゃしょうがないんだよ!」


 ついに大声出しちゃったけど、余裕ないからしょうがないよね!

 何か言いたげな顔で睨まれたけど無視です!

 あとで謝ります!


「後方クリア!」

 私は振り返って前方へ大声で報告した。


 この間にも、練くんは左側の骸骨兵を燃やし、再びチャージを開始している。


 結城さんの氷を補強しなければ……

 でもこれ……


「キリがない……」

 獅子戸さんが苦虫を噛み潰したような顔をして言った。


 そう思う。

 巨大な蜘蛛の巣の上で、ジタバタさせられているだけだ。


 大蜘蛛は私たちを操る能力だってあるのに、そうはしないなんて、からかわれているようにしか思えない。


 これは一か八か……


 私はステッキを握って、リーダーに進言した。


「獅子戸さん! 上に行きましょう!」


 無謀だと言われるかと思ったが、彼女も同じ思いだったようだ。


「方法は!」


 すぐさま切り返されて、私も思いつく限りの可能性を列挙した。


「速さなら階段かスロープで。全員で行くなら床を迫り上げます! ただし炎は使えません!」


 会話は全員に届いている。

 みんな目の前の敵に集中しながら、次の指示を背中で待っている。


 獅子戸さんが結論づけた。


「スロープを作れ、私が一人で行く!」


 え、そんな!


 

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