第105話 あら、気づかれた

 こんな状況で、琉夏ルカくんは不満を噴出させた。

 沸き出す蜘蛛や動く迷路を攻略しながら、結城さんと優衣さんの二人を探さなければいけないという大変な時だというのに。


「なんだよ、れる。お前、あんなにバカにしてたのに氷結三班の一員か?」

「お前いいかげんにしろよ。戦いもしないで」

「神鏑木、かまうな。今は時間がない」


 沸騰しそうな練くんに、獅子戸さんが冷静な声をかける。


 しかしその言葉がさらに彼を焚きつけた。

 そりゃあまぁ、不貞腐れているのを、故意に無視してましたって言われちゃ……


「この状況で全員疲れ切ったら終わりだろ。俺はお前が倒れた時のためにとっといてんだよ。っていうか、大地は裏方のくせに目立ちすぎじゃね? れるもブスのくせにその格好じゃ、ブスすぎだろ。衣装で誤魔化さないでどうすんだよ」


 なんてひどい言い草。しかもいまはどうでもいいことばっかり。

 他人をおとしめないと気が収まらない子なのかしら!


 突然火の粉が降りかかった二人は面食らって琉夏くんを振り返った。

 当然足が止まって、動画確認に集中していた青木さんが、前をいく地念ちゃんの背に鼻をぶつける。


 練くんも立ち止まって戻ってきた。

「お前って……」と、ため息をつく。「どんだけ子供なんだよ……」


「は? どこがだよ」

 琉夏くんが言い返して、二人が向き合う。


 間に挟まれる格好になった富久澄さんがオロオロするのを、犀井頭さいとうさんと大地くんが引っ張って後ろに引き込んであげている。


 急いでいるはずだが、獅子戸さんは二人を止めなかった。

 ここで決着をつけてしまおうと思ったのだろうか。


「俺たちはいま、全員でひとつのチームなんだよ」と、練くんは諭すように切り出した。「全員で協力して生きて帰る。これは本当の戦いなんだぞ。裏方とか衣装とか、いまは考える必要のない、どうでもいいことだ」


「はは、なんだよ、それ。カメラ恐怖症のクセに」


「そうだよ。カメラ向けられるの大っ嫌い。昔っからクラスの女子とかがさ、俺のこと勝手に動画撮ったりして、うざいんだよ。なんでそんなことすんのか知らないけど。どうせ笑ってんだろ!」


 あ、それ、用途が違うと思います……


「は? 自慢かよ?」と、琉夏くんが顔を歪めて睨みつける。

「は? 自慢?」と、練くんも眉間に皺を寄せる。


 だめだ、この二人全然噛み合わないんだ。

 生粋のイケメンと、頑張ってイケメンにしてるのじゃ、見えてる世界が違いすぎる……


「そこまでだ。これ以上時間を浪費するな」


 獅子戸さんの厳しい口調に、練くんは小さく「すみません」と言って先頭へ、琉夏くんは床に視線を落とした。


 この二人の確執……、どうにも根深いみたい……


 その時だった。


『遅くなってすまない!!』


 え?

 結城さん?

 どこ?


『もう大丈夫だ! 上からなにもかも確認できる。そのまままっすぐだ。壁を動かせるなんて大したもんだな。しかし私の能力を使えばなんてことない。すぐに優衣と合流できるぞ!』


 元気な声が、耳を通り越えて頭に直接響いてくる。


「テレパシーだよ。あいつの能力」

 驚いて辺りを見回す氷結三班に、犀井頭さんが教えてくれた。


「なんか、ちょっと嫌だね……」

と、素直な感想をこぼすと、犀井頭さんが「だよね」と苦笑いした。


「しかも一方通行なの。こっちの状況はお構いなし。あの人っぽい能力だと思うよ」


 元同僚の失笑に、私もつられて笑ってしまった。


 しかしそう考えると、私たちに目覚めた能力は、それぞれの個性を多少なりとも反映しているのかもしれない。


 とにかく、結城さんの案内で、私たちは蜘蛛を蹴散らしながら走った。


『まっすぐ行った右に入り口がある!』


 結城さんの声は自信たっぷりだ。

 だが先頭をいく練くんは確認を怠らなかった。


 右手に曲がる前にブレーキをかけ、幅三メートルはあるアーチ状の入り口をそっと覗き込んで……


「なん、だ……?」

と、躊躇の声をあげる。


 そこには天井がなく、真っ暗闇が吹き抜けていた。

 広い。


 私たちが昨晩、鎧兵と戦った広場によく似ていて、あれをそのまま大きくしたような四角い部屋。


 その中央に、結城さんがぼんやり立っていた。


 誰が見ても「なんだ?」だ。


「死んでないよね……」

 富久澄さんが不安げにささやいた。


「罠かも。床を作ります」

 獅子戸さんが頷いたので、私は部屋全体を氷の床で覆い、上に薄く雪を積んで滑り止めを試みた。


「優衣さんの姿はないようだ……」

 獅子戸さんはそう言ったが、奥の方は暗くてよく見えない。


 もしかしたらそっちに、と目を凝らした、その時。


「わあ!」

 琉夏くんの悲鳴に、全員が肩を跳ねさせた。


 彼の指さす先は頭上。

 その暗闇に、いくつもの赤い光が……


「傀儡の、大蜘蛛……!?」


 それは蜘蛛の目だった。

 広げた足が髪の毛のようにも見える。まるでメデューサの生首だ。


『あら、気づかれた』

 ざらざらとした声が降ってくる。


 少し身を起こした大蜘蛛は、その体にローブを纏っていた。顔が蜘蛛の人間にも見える。


 すらっと細長い腕も真っ黒で、それが口元を押さえて笑っている。

 その優雅な様子は貴婦人のようでもあるが……

 息を呑む大きさだ。


 大蜘蛛から見たらこの迷路は、お菓子の箱に作った模型みたいなものだろう。


 倒せるのか?

 あんな大きなもの……

 

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