第104話 鞍替えかよ

 蜘蛛の大群から離れながら、隊列は自然と元に戻っていった。


 ただし大地くんだけは、地念ちゃんの真後ろへと寄っていって、「先輩、先輩」と、やけに馴れ馴れしい様子で声をかけている。


 呼ばれた地念ちゃんがチラリと手元に視線を送ると、気づいてすぐにカメラをバッグに仕舞い込んだ。


 すごい。ちゃんと意図を汲んだ。

 できるんじゃん! そういうこと!


「地念寺先輩、ホントにBランクなんスか?」

 大地くんは練くんと地念ちゃんにならい、左右を確認する仕草をしながら質問した。


 同じ念動力系の能力者として気になったのだろう。

 確かに、あんな動きを見せられたら誰だって気になる。私も気になっていた。


「……抜きを」

と、地念ちゃんが小さく答える。


「は? え? なんて?」

 あくまで笑顔の大地くんにぐいぐいと聞き返されて、地念ちゃんは観念したようだ。


「訓練や検査では……手抜きをしてました。だって危ないじゃないですか。なんでもぐしゃぐしゃに潰せちゃうなんて。破壊兵器に利用されるんじゃないかと思ってたんですよ。それに、モンスターだって命ですから……と、最初はそんなことも思ってました」


 地念ちゃんは嫌悪と羞恥の混ざった顔をしていた。

「お国のために戦ってこい」っていう父親への反抗もあったのだろうか。


 最後尾から聞き耳立ててしまっていた私はしんみりしたが、大地くんは大興奮だ。地念ちゃんを見る目がキラキラ輝いている。


「すっげー。先輩、ヤバイっすね、今の! なんか、影の実力者って感じがヤバイっす!」


 ご、語彙力がない!

 この二人の関係、どうなっちゃうのかしらと、そわそわしながら見守っていたら。


「迷惑かけて、すいませんっした」

と、大地くんが素直に頭を下げたのだ。


 大地くんはずっと撮影者として仕事してきたせいで、戦闘要員だという意識が欠如していたようだ。


 こんな状況じゃなかったら若者たちの成長劇に、おじさん涙が出ちゃったかもしれない!


 地念ちゃんは困りながらも、受け入れることにしたようだ。


「次からは、言われる前に手伝ってくださ……ると、助かりますので……」

「はい。でも言ってもらえた方がわかるんで、指示とかしてください」


「指示は……、獅子戸さんがすることなので……」

「じゃあそれ聞いて、わかんなかったら先輩に振りますんで、教えてください」


「あ、う……、ぼ、僕でわかる範囲なら……。でも、戦闘中っていうのは、とても瞬間的なものなので」

「っがいしまーす!」


「は、はい……」


 先輩、押し負けてるし!

 大地くんはニコニコだが、地念ちゃんは緊張して汗ばんでいるようだ。


「やったじゃん、地念寺先輩。いい後輩できて」

と、練くんまで野次を入れるから、大地くんは尻尾があったら振り回している喜びようだし、地念ちゃんは目を回さんばかりの表情だ。


「気楽に構えろよ。いつもどおりのあんたで十分だろ」

「いつもどおりの先輩がいいです」


 練くんなりの励ましに、大地くんが合いの手を入れる。

 地念ちゃんの顔色が、少しずつ戻ってきた。


「そ、そうですよね。僕はあの、教えるとか、向いてないんで……」

「『背中見て自分で覚えろ』くらいでいいんじゃね。俺ら氷結三班、『誰かに教える』なんて無理だし、俺ら自身、こうやって実地で覚えてったんだから」


 おおー、さすが我らがヒーロー、いいこと言ってくれる!


 と思ったが、それが気に食わないって人もいた。

 私のすぐ前をいく琉夏るかくんだ。三人のやりとりを、バカにするように鼻で笑っている。


「右から蜘蛛! 大群、燃やすぞ!」

「後ろからも来ました! 氷で止めます!」

「進行方向は左です! あ! 壁が!」

「止めます!」


 そんな交戦にも、琉夏くんは参加しなかった。

 待っている間、ちょっと手持ち無沙汰そうな様子を見せながらも突っ立っている。


 そりゃ今のままでもなんとか対応できていますけど、Aランクの火炎魔法使いが一人増えてくれたら楽になるんじゃないでしょうか? 違います?


 疲れた私はついつい、自分で作った氷壁に向かって無言で疑問を投げかけていた。


 獅子戸さんに、彼の態度を注意する気はないらしい。

「制圧。よし、行くぞ」

と、キビキビ前進を指示する。


「さっきの俺、どうでしたか?」

と、大地くんはすかさず先輩のお褒めに預かろうとする。

「ダンジョン内では集中してください」

「え。いっこも無駄話できないんですか?」

「そうは言ってませんが……」

「評価されないと成長できないですよぉ」

「では、僕と同じ対象物は補足しなくて結構です。蜘蛛は点よりも面で押さえつけるイメージを持ってください。その密度も、低いと網の目から溢れるので……」

「褒めて褒めて! 褒めて伸ばして!」


「二人とも他班なのにご協力いただき、ありがとうごいます」


 微笑ましく聞いていた獅子戸さんが、そう声をかける。


 そうか。彼女からしたら、犀井頭さんと大地くんは救助対象だし他チームの借り物。

 二人のように、積極的に参戦するなら戦略に組み込むが、そうでないなら保護すべき相手、ということなのだろうか。


 大地くんよりもさらに仲間入りの希望が強い犀井頭さんは、「当たり前のことですから……」と返したが、ちょっと寂しそうでもあった。


 だが、琉夏くんは気に食わない。


「鞍替えかよ」

と、ぼそりと漏らす。


 う、うわ……

 こんな時なのに、不穏な空気だ……


 

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