第102話 契約違反すぎ
「そもそも結城さんは映像に映ってませんし、優衣さんも途中でカメラから離れてしまって……」
青木さんは、そう言って唇を震わせた。ますます青ざめている。
「し、指導官! 結城さんはカメラを持たずに天井裏に登って以降、連絡が途絶えています!」
報告された獅子戸さんは驚きだ。
「天井裏に行かれるんですか?!」
私たちもびっくりして、石でできた天井を見上げる。
この裏側?
「すみません……忘れてました」
と、頭を下げて、犀井頭さんは覚えている限りを伝えてくれた。
「えっと、『とてつもなく巨大で、暗くて終わりが見えない』って言ってました。珍しく本気でビビってる感じでした!」
「
と、大地くん。
「バラバラに逃げた方が見つからないって思ったのか……」
「あいつホント意味わかんねぇ」
そうこぼしたのは、琉夏くんとなにやら因縁のある練くんだ。
「たぶんなんかいいこと思いついたんだよ。仲間ダシにして逃げ切れる方法とか。あいつ自分さえ良ければ、他のことなんて眼中にないんだからさ」
おお! 具体的な嫌な思い出について言ってるっぽい顔!
「よし」と、獅子戸さんが全員の注意を引いた。
「もう一度確認する。我々の目的は二つ。元凶である『
「了解」
「承りました」
「青木は進む方向を示せ。富久澄は三人の気配に注意しろ」
「わかりました」
「任せてください」
テキパキと割り振りながら、大地くんを隊列の中央に引き入れ、続ける。
「犀井頭!」
「はい!」
「天井裏への穴がないか、探しながら行け。お前の後ろは私が守る」
「押忍!」
初めての大役に、彼女は気合い十分だ。
「本田は
「承知しました!」
最後に獅子戸さんは、右手で前進の合図をした。
「とにかく進むぞ。正しければ妨害されるはずだ!」
確かに。
我々はそれぞれの役目を注意深く遂行しながら進んでいった。
ただ一人を除いて。
大地くんだ。
彼はやっぱり撮影を続けている。
「大蜘蛛ってなんすか?」と、隣の青木さんに尋ねる口調も緊張感がない。
青木さんはマイクに拾われたら困る部分をうまく誤魔化して、「炎の皇帝というのは見せかけで、その後ろに巨悪がいた」というストーリーを披露してくれた。
配信班があれほどメチャクチャな映像を配信しちゃったから、視聴者もおかしいと思っているだろうけど。
それにしてもさっきから、宙に浮かべたカメラが前へ後ろへ……
気が散るなぁ……
「空中へ飛ばすのは控えていただけますか。作戦の妨げになる可能性が」
獅子戸さんが注意するも、言われたことが理解できないのか首を傾げるだけだ。
「邪魔だからカメラ飛ばすなって言われてんの!」
犀井頭さんにズバッと言われて、ようやくカメラをボディバッグに収納したが、ご不満の様子だ。
「でも大丈夫っスよ? いっつもやってるし、問題ないのに。俺、公表してないですけどAランクの念力使いなんで。一気にこれだけの物体操れるの使えるの、俺くらいなんですよ」
そう言って、まだ手元の一台は撮影し続けるようだ。
元はと言えば〝配信バトル〟だったわけだし、こちらのカメラは切っちゃってるから、撮影担当はいた方がいいのかもしれないけれど……
記録映像としてなら、青木さんの方が優秀なのじゃないかしら?
見通しのきく直線だったということもあって、私はちょっとよそごとを考えすぎていたのかもしれない。
あるいは、曲がり角ごとに相談する練くんと地念ちゃんの背中を見ていたからかもしれない。
私はみんなが右の壁を確認しながら通り過ぎていくのを、無視してしまっていたのだ。
目の端に、人が一人通れるかわからないほどの細い通路が映ってはいたのだが。気にもとめずに通過する私の腕を、なんと、何か強い力がいきなり掴んできたのだ。
「きゃーー!」
絵に描いたような悲鳴をあげてしまった!
同時に、私の腕を掴んでいたモノが後ろに吹き飛ばされた。
「あ!」
と、声を上げたのは、吹き飛ばした張本人の地念ちゃんだった。
私の悲鳴に、振り向きざまに念動力を発動したのだが、「やっちまった」って顔になっている。
なにごとかと思った私も驚いた。
「琉夏!」
犀井頭さんが言うとおり、床に尻餅ついているのは琉夏くんだったのだ!
え、そこの隙間にいたの?
小柄だから入れたのか?
「いってーなぁ……クソ……」
配信の時みたいなキラキラしたオーラはなくて、目の下にはクマができてる。心身ともに消耗しているようだ。
悪態つきながらも咳き込んでいるから、立ち上がるのに手を貸そうとしたけれど、華麗にスルーされた。
宙を漂うおじさんの右手……
うん。
大きな怪我もしてないようだし、とにかくよかった。
「無事で何よりです」
と、獅子戸さんが声をかけるが、やっぱり無視して、見ないようにしている。
氷結三班とは反目しているという設定を守っているのか、すっごい人見知りなのか……
「いや、なんかさ、じっとしてたら見つからないみたいだったからさ、ちょうどいい場所あったから隠れてたんだよね。マジありえねーよ。こんな戦いさせられるとか契約違反すぎじゃ……」
誰に向かってというわけでもなくと、ブツクサと話していたが、ついに大地くんのカメラと目が合ったようだ。
配信されている……
ここからどうやって挽回するんだろう……
自意識過剰な若者の仮面が剥がれたという痛快な状況かもしれないが、私は自分のことのように胃が痛くなっていた。
私だったらヘラヘラしちゃうな!
しかし彼にも挽回のチャンスはなかった。
「来たぞ!」
と、今度こそ練くんが正面から来る敵を捉えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます