第101話 間違っていなかった
ピンチはすぐにやってきた。
どこからともなく蜘蛛の大群が現れて、追い回されるはめになったのだ。
大きいものは馬くらい。小さくても猫以上はある。
黒くて足に毛が生えた蜘蛛……
気持ち悪い!
正面から現れたそいつらには、練くんは素早く『火車』で対応。
地念ちゃんが寄せ集めて、練くんが燃やした。
敵は声も上げずに燃えていった。
声も上げずに……?
まさか、これも生き物ではない?
「本田、後ろを頼む」
獅子戸さんの号令に、私は
後ろから敵が来たら、氷結魔法で対応する。
鎧兵の足音には、身を隠した。あれを倒すのは時間がかかる。これ以上戦いで消耗するのは避けたい。
青木さんの道案内はおおよそでしかなかった。それは全員が織り込み済みだったが、しかし徐々に怪しくなっていく。
「こっち……、いや、こっちです」
タブレットと手製の地図を抱えて、分かれ道ごとにこの有様だ。
「大丈夫かよ……」
先頭を行く練くんは気が気じゃない。が、獅子戸さんからの命令はない。
長い時間やみくもに歩き続けているような気がして焦ってくる。
ところが、広い空間から通路へ曲がろうというところで、練くんが止まった。
「……いまの、聞こえたか?」
と、ささやく。
耳をそばだてる……と、微かに聞こえてきたのは、男性の叫び声……?
「大地だ!」
れるさん改め
こんな迷路で敵に追いかけられ、一人で逃げ回っているなんて、さぞ不安だろう。
早く合流してあげたい……
「近づいているな」
と、獅子戸さんが青木さんを労う。
再び一団は前進を始める。
その時、ぞわっと嫌な気配がした。
なんだ?
まるで、誰かにそっと覗かれているような……
私が左右を気にしたのと同時に、犀井頭さんが「あ!」と壁を指した。
壁から、大量の蜘蛛が染み出してきていたのだ。
「地念寺!」
練くんが叫びながら『火車』を走らせる。
呼ばれた地念ちゃんも素早く敵を集めた。
私は他から攻撃が来ないか、こぼれた蜘蛛がこっちへ向かってこないか目を光らせる。
さすがに二人の仕事は正確だ。
だが神経を尖らせた、その視線の先に動くものが……
「道が!」
我々がまさに進もうとしていた道に、するすると壁が降りてきていたのだ。
私は説明より先に、瞬時に巨大な氷のブロックを作り出してそれを阻止した。
「いくぞ! 犀井頭、道を溶かせ!」
「押忍!」
犀井頭さんの炎は出力が低い。そのおかげで、人ひとり分の道を上手に溶かすことができた。
獅子戸さんが犀井頭さんと青木さん、そして富久澄さんを通路へ押し込む。
私は通路へは入らず、氷の補強をしながら、練くんと地念ちゃんが合流するのを待った。
蜘蛛はとめどなく溢れてくる。
二人はジリジリと後退しながら、手を止めるタイミングを計りかねているようだ。
氷のアーチもミシミシと音を立てている。
限界かも……
「撤退しろ!」
獅子戸さんの号令で、二人は攻撃の手を止めて走り出した。
先に通り抜けた地念ちゃんが、向こう側から念動力で壁を押し留めるのを手伝ってくれる。
「いけ!」
と、練くんに押されて、私も通り抜けた。
気が緩んだ途端に氷が砕け始める。
練くんが通り抜け、地念ちゃんが力を止めた時、氷のアーチは砕け散った。
「敵を送って気を逸らし、道をふさぐとは。我々が間違っていなかったということだな」
そう言って獅子戸さんは青木さんに視線を送り、力強く頷いた。労われた青木さんも嬉しそうに頷き返す。
たしかに大地くんの叫び声がかなり近くで聞こえていた。
仕掛けがわかったところで冷静に確認すれば、どこも同じように見えて、その実、少しずつデザインや道幅が違う。まったく目標がないわけではない。
「青木はカメラ映像、富久澄は耳を使って大体の居場所を割り出せ。他のものは引き続き敵襲に備えながら、進むぞ!」
「はい!」
全員で返事をしたのはいいが、しかし彼の声の間から聞こえる音は、たぶん金属の足音。
おそらく鎧兵に追いかけられているのだ。
あの強敵と鉢合わせるか……
フリューズのように、私も奴らを完璧に氷漬けにできたらいいのに……!
最後尾で後方に注意しながらも、悔しい思いが胸に押し寄せてくる。
そのときだった。
「わあ!」
と、先頭が叫び声を上げたのだ。
すわ強敵かと身構えたが、違った。
なんと、曲がろうとした角から大地くんが飛び出してきたのだ!
練くんも驚いて飛び退いたが、パニクった大地くんは、宙に浮かべていたカメラをこちらに投げつけてきた。
それを、寸でのところで地念ちゃんがキャッチする。
大地くんは状況が飲み込めないようで、目を血走らせ肩で息をしていたが、「あ、氷結!」と、声を上げると同時に手に持っていたカメラをこっちに向けてきた。
モニター越しに一人一人を確認しているようだ。
撮影に余念がないというか、ここまでくるとおじさんとしては「病的だな」と思ってしまうが……
「無事で何よりです。敵が近いので気を抜かないように。あとの三人を探しましょう」
と、獅子戸さんが大地くんに話している間も画面から顔を上げない。
その上、犀井頭さんに気づくや、上から下まで映像に収めて一言。
「なにそのダサい格好……」
「うるさい!」
と、間髪入れずに犀井頭さんは低く怒鳴った。
「これは獅子戸指導官がくださった装備だ! ここは戦場だぞ! 黙って指示に従え!」
「お、おう……」
面食らった大地くんが顔を上げたので、やっと肉眼と目が合った。
だが、そこから何かを読み取るよりも早く、少し先まで偵察に出ていた練くんが戻ってきた。
「鎧兵、クリア」
と、こちらへ十分近づいてから、声を落として報告した。
「まるで急に消えたみたいにどこにもいねぇ」
「それって、なんか変じゃないですか?」
と、富久澄さん。
獅子戸さんは一瞬考える様子を見せたが、オーダーは変えなかった。
「あと三名を探し出すことが最優先だ。周囲の警備を怠らず、このまま進むぞ。青木、場所は?」
「そ、それが……」
と、彼は完璧に自信を失った顔を向けた。
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