第100話 仲間にしてください

 しゃくりあげるれるさんをいったん引き離した獅子戸さんは、おもむろにリュックを開けてごそごそやり始めた。


 水でも渡すのかと思ったら、出てきたのはジャージの上下。


 替えのジャージまで入ってるの?

 確かにミニスカートじゃ、これから寒いでしょうしね!


 れるさんは何も言わずに受け取って、スカートの下にそれを着用する。男性陣はさっと後ろを向いた。


主人あるじよ」

と、フリューズに呼ばれ、私は彼を見上げた。


「ここは人を惑わす恐怖の小道。恐怖心が奴の力になるのです。恐れず進んでください。……ご武運を」


 彼はまた体を小さくし、目にも止まらぬ速さで飛んで行った。


 ふと見ると、れるさんを追いかけていた鎧兵が粉々になって散らばっているのに気がついた。壁と一緒に凍って、壊されたようだ。


 私にも……、できるだろうか。こんなこと。


「ドラゴン……本物……」

 れるさんが寒さに震えながらつぶやいた。


 富久澄さんに回復してもらって、多少顔色が良くなっているように思う。


「なにかわかることは? 敵の数や、どっちへいったとか」

 獅子戸さんが「一応」というように顔を覗き込んで質問した。


「うう……わかんないよ……。そんなに責めないでよ……」


 れるさんはまだパニックのようだ。

 獅子戸さんは困った様子で立ち上がり、どう進もうかと周囲を見回している。

 闇雲に移動しては、私たちまで迷ってしまうだろう。


「左右どちらかの手をずっと壁につけていけば、必ず脱出できます」

「いや、いま迷路を解きたいわけじゃないから」

と、地念ちゃんと練くんは漫才の様相だ。


 練くんが続けて地念ちゃんに尋ねる。

「壁壊したり、どかしたりはできないの?」

「残念ながら重すぎました」

「もう試してたのかよ、ありがとうな」

「いえいえどういたしまして」


 ピンチでもユーモアを忘れないのがこのチームの強みだと思う。


 それにしても立派な建造物だ。

 古代遺跡を思わせるが、クリーム色のツルッとした石の質感は、一瞬ペンキ塗りたてのようにも見える。

 床も同じ素材だ。知ってるもので一番近いのは大理石。


 照明器具は見当たらないが仄かに明るい。

 生暖かいし、不気味だ……


 その時。


「わっかりましたぁ!」

と、叫んだのは青木さんだった。


 血走った目で、手にはタブレットと紙と赤ペンを握りしめている。


「だいたいですが、琉夏さんと大地さんの場所はわかりました!」

「え、どうやって……」

と、獅子戸さんが目をしばたたかせる。


「それぞれカメラをつけていたので、スタートから目視で追いかけました。僕にはこれくらいしかできないので!」


 わっと私たちは盛り上がって青木さんを讃えた。

「すごい!」

「動画マスター!」

「空間把握能力!」

「意外な才能ですね!」


 そして最後に獅子戸さんが締める。


「よくやった! 青木の案内で進むぞ。決して離れるな」

「はい!」


 私たちが揃って返事するのにつられて、れるさんも「は、はい」と小さく答えた。


「先鋒、神鏑木。地念寺は青木を守れ。本田、富久澄は、れるを。殿しんがりは私だ」


 指示を受けながら、練くんはすでに歩みを進めていた。


「念のため、印がつけられないか試す。壁から離れろ」

 獅子戸さんはそう言いながら、ピッケルで壁に傷をつけた。


 そんなリーダーを振り返って、れるさんが小声で尋ねる。

「こ、怖くないの? こんな状況で……、よく平気で指示とか出せるよね」


「怖いですよ」と、獅子戸さんがあっさりと答えた。「恐怖は大切な感覚です。ただし指標にはなりますが、アイスドラゴンも忠告していたとおり、飲まれないようにしてください」

「お、オッス……」


「それに……」

 獅子戸さんは照れくさそうに、しかし自信を持って付け加えた。

「幾多の困難を共に乗り越えてきました。私はこのチームを信じています」


 それを聞いて、れるさんは何を思ったのだろう、ポニーテールを飾っていたリボンをおもむろに外し……、そして燃やした。


「えっ?」

と、思わず声を出してしまったが、彼女は私なんぞに構わず、髪を団子状に結び直し、出ていたシャツの裾をズボンに押し込んだ。


 出来上がったのは、まるで体育の授業に挑む中高生だ。


「本名は犀井頭さいとう直子なおこです! ちっちゃな火の玉なら出せます! 仲間にしてください!」


 急な宣言に度肝を抜かれたが、獅子戸さんは真正面から受け止めた。


「まずは自分の身を守れ。パニックになるな。離れずついてこい」


 そして最後はニヤッと片頬で笑った。


「作戦を任せるのは、その後だ」

「押忍!」


 とっても体育会系な師弟関係が出来上がって、私は親戚の姪っ子を見るような気持ちで、ほっこりしていた。


「鎧兵が出た場合、神鏑木と本田の金属疲労から、地念寺の『鉄球』で倒す。その間、青木、富久澄、犀井頭は下がって私の周りに」


 改めて作戦を言い渡した獅子戸さんは、最後に地念ちゃんを名指しした。


「地念寺、忙しくて悪いが『鉄球』のタイミングまではこちらを保護してくれ」

「わかりました。修論ほどじゃありません」


「それから富久澄」と、声を落とす。「優衣が見つからなかった場合、お前が命綱だ。自分が生き残ることを最優先に考えろ」


 富久澄さんは一瞬声を詰まらせたが、覚悟を決めて「はい」と答えた。


 それだけ過酷な戦いになる。

 私も気合いを入れ直した。


 

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