第8章 蜘蛛の巣へ
第99話 恐怖の小道
我々氷結三班は、立ち往生していた。
「本田さん、回復しましょうか?」
と、富久澄さんが声をかけてくるのを、私はやんわり断った。
「ありがとう。大丈夫だよ」
「でも、こういうタイミングでちょっとでも体力を蓄えておかないと……」
私はそれに答えられなかった。
心底疲れ切っていたのかもしれない。回復を受けるべきだったのかも。
しかしこの疲労は精神的なもので、今の氷結三班の誰もが、あるいは富久澄さんも抱えているものだろう。
もしかしたら、彼女はそうして自分の存在意義を確かめたかったのか。ますます、申し出を受ければよかったかもしれない。
配信班を助けるべく移動してきた我々は、彼らがキャンプしていた痕跡の残る、瓢箪のように膨らんだ場所まできて、道に迷ってしまったのだ。
正確には、道がなくなった。
彼らの配信を巻き戻してここだと突き止めたのに、あるのはただの壁。袋小路に行き当たっただけだったのだ。
獅子戸さんが地図を確認している間、体力のある練くんは周囲の壁を触って確かめ、青木さんは土気色の顔をしながらも配信動画をチェックし直している。
富久澄さんはそんな青木さんを手当し、続いて私の隣でへばっている地念ちゃんを助けていた。
「私の製図が間違いなければ」と、ついに獅子戸さんが声を発した。「この壁の向こう側です」
目の前の障壁に手を添える。ごく自然な洞窟の突き当たりという感じで、誰かが手を加えたようには見えない。
そのとき、
「ああ!」
と、ずっと配信を〝追っかけ再生〟していた青木さんが大声を上げた。
「か……、め……」
「亀?」
「彼らは! 迷路に!」
亀じゃなかった! 恥ずかしい!
差し出される画面をみんなと一緒に覗き込むと、そこにはそういう状況が映し出されていたわけだ。
「敵に追いかけられ、翻弄されてバラバラになってます!」
「大変。急がなきゃ!」
と、悲鳴をあげる富久澄さん。
「今、迂回路を探している」
と、獅子戸さんの厳しい声。
「でもまた道を変えられたら?」
練くんの言葉に、珍しく獅子戸さんが地面を蹴った。
「こんなもの!」
と、地図を放る。
それがひらひらと舞った宙に、大型犬くらいのサイズに縮んだフリューズが現れた。
「
「ああ、ちょうどいいところに!」
私は思わず飛びつきそうになった。
「お声は聞こえておりました」
と、フリューズはこちらの説明を省いてくれた。
「これも『
そのセリフに、彼が別れ際にいったことを思い出した。直後に配信班のピンチを知ってうやむやになってしまったことだ。
「魔王軍の一人、『
「はい。傀儡の大蜘蛛は、生きているものからは自由を奪い、自由なきものには命を与えます」
「ただの鎧を動かして攻撃したり?」
「そうです。奴は魔王のために城や地下牢を作っております」
「じゃあここも、大蜘蛛が作ったってこと?」
「いま、まさに作ろうとしているのかもしれません……」
そう言ってフリューズは、私たちが入り口があったはずだと考えている壁を睨んだ。
「人を惑わす恐怖の小道……」
彼には何かが見えるのだろうか。
「やはりこの奥に迷路が……」
と、獅子戸さんが前に進み出る。
「フリューズ、その恐怖の小道や傀儡の大蜘蛛とやら、お前の力で倒せるか?」
獅子戸さんの質問に、フリューズは首を振って見せた。
「奴は強敵……。しかし、
「あ、あの、獅子戸さん」
ことが決まる前に、私は急いで口を挟んだ。
「気になっているんです、救助隊のことです。フリューズに探してもらえたらと思ったのですが」
途端に、獅子戸さんは全員の顔を見回した。
私も見た。
チームのみんな、青木さんまで、同じ気持ちだとわかった。
覚悟はできた。
表情がそれを告げている。
獅子戸さんが、それらを代弁してくれた。
「フリューズ、他にも人間が囚われているかもしれない。探し出し、さっきの彼らと同じく安全な場所へ届けてくれ。ここは私たちでなんとかする」
「お見事な心意気。さすがは女王の見込んだ戦士団。心得ました。必ずや加勢に戻りましょう」
「あ、その前に」
と、私は彼を引き留めた。
「この壁一枚だけ、壊してもらえる?」
氷の竜はニヤリと笑って、瞬時に巨大化すると、一息で壁一面を凍らせた。
そこには、配信班の動画に一瞬だけ映り込んだ門の姿がはっきりと浮かび上がった。
「すぐそこに人が……」
「僕がなんとかします。壊してください」
フリューズの囁きに答えたのは地念ちゃんだった。
蹴りでも入れるのかと思ったら、フリューズはただ大きく咆哮しただけだった。
私たちの耳には聞こえないが、空気はビリビリと震えている。
そして、壁が砕け散った!
ガシャーーーン!!
地念ちゃんがどうやってそれを成し遂げたのか、私にはわからなかったが、砂煙と氷の煌めきが収まると、れるさんが無傷でへたり込んでいた。
「助けに来たぞ!」
獅子戸さんが手を差し出すと、彼女は大泣きしながら飛びついてきた。
よろめく獅子戸さんを、富久澄さんが慌てて支える。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけないでしょ! なんなの! きてくれてホントに嬉しいんだから!」
泣いてるのか怒ってるのか、喜んでるのか……
周囲を警戒しながら、私たちはれるさんが落ち着くのをほんの少し待つことにした。
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