第97話 GATE

「これはドッキリ! 仕込みだよ!」

と、結城はを使って、それをチーム全体に伝えた。


 彼がダンジョン内で目覚めた能力。

 それはテレパシーだった。


 結城はそれで、メンバー全員に指示を送っていたのだ。


 常に監督が、演者やスタッフ全員に直接、細かい指図ができる。これが彼らの神がかり的な配信のからくりだ。

 彼はそれを、まるで自分の指から出た糸が、他の四人の手足を操っているように感じていた。


 今回も、チームメンバーの脳には直接、結城の指示が瞬間的に二つ飛んできた。


 最初は「やめろ」だった。

 何か不測の事態が起きたのだと、走り出した全員が恐怖で身を固くした。


 だが次の瞬間には「これはドッキリ」だ。

「いやぁさすがに、やられる側になると驚くもんだなぁ」


 なんてことないという口調が飛んできて、他の四人はそれで納得しようと必死に不安を隠す。


 大地は飛び起きたところから、いつものように五台のカメラを起動させていた。プロ根性というよりは長年の癖みたいなものだ。

 

 普段は琉夏るか、れる、優衣の三人に一台ずつ張り付く個人用と、前後方に一台ずつ配置させる。それらを同時に、自在に操れるのは、彼がAランクの能力者だからだ。

 だが今は真っ暗だし、どこに誰がいるのかわからない。一台を手に持って撮影を開始したものの、他のカメラは虚しく彼の周りに浮いていた。


 本当にこのまま撮影していていいのだろうか。

 岩影に一人で身を隠しながら、結城の指示に従うより他にない。


 配信班の就寝場所に指定されていたのは、映像になるようにという配慮から、少し空間が膨らんだだけの、通路の一部だった。


 彼らをパニックに陥れた足音は、昨日自分たちが通ってきてた方から聞こえてくる。


 他の連中も、それぞれ手近な岩陰に身を隠していた。


 音の正体を知るためにも明かりが欲しいが、琉夏は小さな炎を操ることや、魔法を持続させることが苦手だった。神鏑木のようにはできない。カバンからライトを取り出さなければならない。


 なんとかえるように、格好良く取り出す方法はないかと考えている間に、体裁を気にしない優衣が、少し先の岩陰でドタバタと代わりにすませてくれた。


 強力な懐中電灯に照らされたのは、人影。


 いや……


「骨!?」

 れるが驚いて大声を上げた。


 優衣が「ぷふっ」と吹き出した。

 彼女は〝全てが嘘〟だと思い込んでいる。彼女の目には、骸骨たちのカクカクした動きが滑稽に映ったのだ。


「真剣に!」

と、結城がテレパシーで叱責する。


 優衣は気だるげな態度が人気なのだが、結城にとっては悩みの種だった。彼女は独善的で、指示を逸脱することがある。要注意だ。

 

 ライトの灯りを気にすることなく、骸骨兵はガチャガチャと大きな足音を響かせて歩いてくる。


 その数、数えきれない……。


 優衣のライトに琉夏とれるが素早く合流する。

 少し離れた場所で、大地も結城の元へ走っていた。これで二人は撮影と指示出しに専念できる。いつもの陣形だ。


「よし。れる、優衣、同時に小さなピンチに。琉夏が思わずれるを助ける場面からいこう」


 熱っぽい結城からの指示が脳内に流れ込む。


「パワハラおやじのテレパシー、一方通行なのマジむかつく……。ねぇ、これ本当にドッキリなの?」

 れるは真剣な表情のまま、マイクに注意してささやいた。


 上空を、ドローンのようにカメラが三機飛び始める。


 琉夏もマイクを気にしながら、小声でれるをなだめた。

「結城さんが言ってるんだから本当だろ」


 しかしそれが優衣の失笑を買う。

「ほんと言いなりだな。けど、こんなのヤラセに決まってんじゃん。ダンジョンなんか嘘に決まってんだから」

「ダンジョンは本物だけど」と、琉夏は優衣の持論を遮った。「俺ら配信班はハリボテとしか戦わない契約だから」


 個人用のカメラが位置につき、彼らは撮影モードへ。

 大地も結城の隣を離れて撮影に集中し始めた。


 琉夏が岩陰から飛び出し、「フレイムショット!!」と叫びながら炎の散弾を撃つ。

 その後ろかられるも走り出して「ドッカーン!」と火の玉を放って加勢する。


 結城はいつもどおり、テレパシーで演者を励ます。

「久しぶりの魔法発動だが、うまくできてるぞ!」


 だが、彼らの魔法が効いているようには見えない。

 二種類の火の玉がぶつかった骸骨兵はゆらゆらと衝撃をやり過ごして前進を続ける。


「ファイヤー! ボーール!!」

 琉夏は全エネルギーを集中して両手から大きな火の玉を投げつけた。


「れるるも! もっと☆ドッカーン!!」

 いくら大声で叫ぼうと、れるの出力はBランク。

 琉夏の全力にも遠く及ばない。


「だめだ! 効かない!」

 早々に見切りをつけたのは琉夏だった。

 いつもなら、かするだけでも大袈裟に当たったふりをしてくれるのに。


 なんとか映像を誤魔化して、この体たらくの全てを仕切り直したかった。

 できれば飛び起きたところだって、格好悪いったらない。


「もうむり! 回復して!」

 れるが優衣に泣きつくと、彼女はため息ひとつ、頭を撫でた。


「いたいのいたいのとんでけー」


 すると、それをタブレットで確認した結城から全員宛に怒号が飛んだ。


「おい、遊びでやってんじゃないぞ! れる、回復早すぎ! 優衣もれる相手なら一度は拒否しろよ! お前ら憎しみあってんだろ!」


 しかし司令官の叱咤もむなしく、若者たちは骸骨に押しやられ、奥へ奥へと後退させられてしまう。

 敵は道幅いっぱいに広がり、四人を移動させているようにも見える。


 敵に追われ、四人は一本道を奥へ走っていく。


「走れ!」

「どこに?」

「こっちしかないだろ!」

「反対からも来てる!」


 四つの悲鳴に、結城は拳を握りしめる。


「下がるな! 前線を保て!」


 そのとき、結城のインカムに本部からの連絡が届いた。


『結城さん! すぐ避難してください! その敵は本物です! 配信停止して!』


 その瞬間、結城はインカムを捨てた。


「チャンスだ! みんな! 俺たちだって能力者なんだ! 本気の見せ場を作って、本部の連中を見返してやろう!」


 そして岩の後ろをつたって骸骨兵を器用にかい潜ると、壁際に追い詰められた四人のもとに急いだ。


 その視界に、光り輝く入り口が……!

 

「みんな! こっちだ!」


 結城の声に、四人は後先考えられずをくぐっていった。


 

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