第7章 配信班

第96話 PANIC

 配信班にとってはすべてがいつもどおりだった。

 安全な場所で、安全な仕掛けを、視覚効果と効果音を使ってドラマチックに仕立てる。

 結城の指示に従って台本どおりに演じていれば、なんの問題もない。


 四十メートルのダイビングは大変だったが、それだけだった。


 敵がいるフリをしたり、落とし穴に落ちる演技をしたり、余裕を持って落とされた岩を間一髪で避けたように見える映像を撮影していく。


 どちらかとういうと問題は、琉夏るか優衣ゆいがいつ破局したら盛り上がるかという構成の方だった。

 そこで、この日の宿泊地点に到着するや、彼らはゆっくりじっくり編集作業や今後の展開について話し合った。


「れるの人気が上昇している今しかないと思うんだけど、どうかな」

 一日の終わりに飲む、極上のコーヒーを手に、結城ゆうきが白い歯を見せて笑う。


「『炎の皇帝』との決戦の最中にそんな非道なことしていいのかな。俺、不誠実って思われたくないよ」

 色鮮やかなグミを頬張る琉夏には、画面越しのような輝きはない。


「ってか、『炎の皇帝』とかネーミングがバカ過ぎ」と、優衣が鼻で笑う。「『氷の女王』も安直だと思ったけど。まぁ合成だし、それくらいわかりやすい方がいいのかもしれないけど」


 彼女はダンジョン内のすべてが偽物だと信じているのだ。


「みんな踊らされすぎじゃない? 怖いよね、真実が見えてないって」


 しかし、琉夏はそれを笑う。

「出たよ、いんぼーろん」


 言われた優衣は舌打ちを返した。


 大地は別のことが気になるようだ。タブレットで氷結三班の配信を熱心にチェックしている。

「あっちもけっこう演技力あるんじゃない? カメラワーク下手すぎるけど」


 その横から、れるがそっと耳打ちする。

「あのさ、こんな状況だし、ローアングルやめてくんない?」


 大地は煙たそうに手で払って、小声を返した。

「結城さんに言ってくださいよ。それに、別にいいでしょ、パンツくらい。あんたジュニドル時代にもっとエグいことやってたんだし」


 それを言われると、彼女は過去を思い出して黙ってしまう。


 彼らは全員が映像確認用にタブレットを所持している。

 補給を終えた彼らは、大地にならう格好で、それぞれ氷結三班の様子を再生させた。


「おー、やってるやってる」

「えー、鎧? 結構大変そう」

「こっちにはこういうのないんですか?」

「確かに。見せ場に偏りがある気がするんですけど」


「それは違うよ」

 不平不満を言うチームメンバーを、結城が否定した。

 あくまで穏やかだが、絶対的な断定だった。

「結論から言って俺たちが主役だ。今は『溜めてる』時間なんだよ。ここで耐えられないなら先はない。大地もいつも言ってるだろ」

と、メンバーの一人に視線を合わせて、彼は続けた。

「見せ場の前には『谷間』を作らないといけないって。今がその時だよ。最後にでっかい山が来るんだから、谷も深くないと。わかるだろ」


 結城は横目で、れると優衣を見比べる仕草をして、男性陣をチラッと見やった。


 れるが胸の前で両腕を交差させた。

「ちょっとぉ! 結城さん、私と優衣さんの胸でたとえましたね! そういうのセクハラなんですからぁー」


「最低。真っ平で悪かったですね」

と、優衣。


 彼女たちは本気で怒っているのだろうが、結城は冗談にしか受け取らない。はははと笑って、まだ続ける。


「最終的には俺たちが助けにいって『炎の皇帝』を倒す。ただ、俺は筋書きがあるからって、それに頼りきってしまうようなマインドはダメだと思ってる。これは常に言い続けていることだけど、成長すること。そのために自分のすべきことを自分の頭で考えて、ギブする。テイクばかりはダメだ。理想は5ファイブギブ、1ワンテイク。その法則で言えば、今、俺たちは完全に氷結三班にギブしている。ギブし続けている。だから大きなテイクがある。明日が最終日。勝ちきりにいこう」


 彼がパンと手を叩いて、ミーティングは終わった。


 それぞれが寝袋へ入っていくが、メンバーの顔は一様に、すっきりと納得したものではなかった。


「明日最終日かぁ」

と誰かがぼやけば、つられて他の誰かも愚痴をこぼす。

「あいつら三日で帰りたいとか、体力無さ過ぎっしょ」


「いや、こういうのはダラダラやってもしょうがないから。バンとやってパッと終わらせる。むしろ良かったよ」

 結城が再び彼らを鼓舞するように演説するが、あまり効果はないようだ。


「私たち、結城さんと違って歩合給ですから」

と、優衣。


 結城は軽く笑ったようで、暗闇に息の漏れる音だけが聞こえた。


「でも確かに三日でよかったかも」と、れるはあくびを噛み殺す。「完全制圧済みだってのに、このダンジョン、やたら疲れる……」


「わかる。こんな重労働だったっけ?」

 大地も同意した。


「寝ようぜ。いくら明日はゆっくりスタートだからって、もう時間も遅いし」

 琉夏の声は後半が夢の中だった。


 最後に「でもさ」と誰かが言い出した。結城でないことだけは確かだった。

氷結三班あっち、楽しそうだよね……」




 数時間後——……


「な、なんだ?」

と、琉夏が飛び起きる。


 地面が揺れている。


「地震?」

と、優衣。咄嗟に荷物に手を伸ばし、低い体勢で身構えている。


 れると大地も起きてはいるが、「ふああ! うええ?」と奇声を発して怯えるばかりだ。


「落ち着け! 落ち着くんだ、みんな! こういうときは冷静に状況判断を……」

「結城さん、ちょっと静かに!」


 彼の大声を、優衣の一喝が遮った。


 ついでにれると大地も声を殺し、おかげで静かになった暗闇の中で、揺れと音がはっきりとした輪郭を作っていく。


 だが、次の瞬間。


「いやああああああああああ!」


 耐えられなくなったれるが恐怖から火の玉を乱射。

 その場は大パニックになった。


「うわあああ!」

「なんだ! 何が起きてるんだ!」

「今見えたの、何?」

「逃げろ!」

「逃げるって?」

「どこ?」

「いやあああ!」

「みんなどこ?」


 全員が文字通りの闇雲に、思い思いの方向へ走り出したのだ。

 大地が撮影を開始できたのは、記録しなければという義務感や作戦があってのことではなく、単なる習慣だった。


 しかしそれを見た結城が、はたと我に返った。

「ドッキリだ!」

と、彼は、で全員にそれを伝えた。

 

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