第95話 最善を

 配信班と合流するため、私たちはゴツゴツした坂道を登っていた。


 地図を持った獅子戸さんを先頭に、青木さんと富久澄さんが続き、体力のない私と地念ちゃんを、練くんが後ろから押してくれている。


 移動しながら、獅子戸さんは青木さんに確認している。


「こちらの様子はどこから放送してないんですか?」

「僕が氷の柱に入ったところで、上からストップかけられました。もう収集がつかないと。機材トラブルってことになってます」


「その後の報告は?」

「まだしてません」


「三人が瀕死だったことも?」

「こっちの話なんて聞いてくれませんでしたよ! 一応怪我人がいると伝えるだけは伝えましたけど……」


 青木さんはそこで、サッと私たちを振り返った。


「このミッションが仕込みだっていうのは、バレるのは時間の問題でしょうけど、モンスターの『消滅』については、決して漏らさないように!」


 こちらはカメラを止めているからいいが、配信班の映像はいまも全世界に流れ続けている。

 

「人命かかってるのに、今そんなことどうでもいい」

と、富久澄さんは唇を尖らせているけれど、実際気をつけていないと、口を滑らせたら、世界が知ることになるわけだ。


 だけどこれ、本当に秘密にしておくべきなのか?


 いままさに危ない目に遭ってる人たちがいる。

 ダンジョンに怯えて暮らしている人たちがいる。


 大丈夫だとわかったら、喜ぶ人もいるんじゃないだろうか。

 怒る人もいるだろうけど……


 獅子戸さんがインカムを外しながら、肩越しに報告する。

「少し状況が見えてきました。落とし穴や壁が動いたのは、やはり仕込みでしたが、骸骨兵と鎧兵は本物だったそうです。昨日まで我々側のルートにだけ出没していたものが、今朝になってAルートにも出るようになった、と」


「上層部は、どういう判断だったんですか?」

と、青木さんが焦った様子で聞いた。本部から見捨てられたように感じたのだろうか。


 獅子戸さんはため息をついた。

「言外に、『完全制圧といえどもダンジョンだからこういうこともある』『出たのが氷結三班側でよかった』と、その程度の認識だったようです」


「そんな悠長な……」

 青木さんから失望の色が見てとれた。

「『何かあったら責任はとる』みたいな話だったじゃないですか。てっきりハンドリングしてくれているものだとばっかり。僕は、全部仕込みだと思ってたんですよ!」


「今さら言ったところで仕方ありませんが……」と、獅子戸さんは苦々しげだ。「最初からやりすぎだとは思っていましたが、骸骨兵が出てきたところで立ち止まるべきでした。昨晩結城さんと連絡を取ったときも『そっちはすごいの用意してたね』と、何も知らない様子だったので、おかしいとは感じていたのに……」


 獅子戸さんはそこで息継ぎをした。

 先を急ぎながら、頭を整理したいのか次々言葉を漏らす。


「そこで結城さんと、ちゃんと情報共有しておけば、こんなことには……。『面倒だから切ってしまおう』なんて思ってしまったばっかりに……」


 って、しっかり本音まで溢れてくる。


 まぁ、あの結城さん相手では早く切りたくなっても仕方がないことだけれど。


 何か励ましの言葉をかけるべきかと地念ちゃんと顔を見合わせるが、何も出てこないうちに獅子戸さんの気持ちは浮き沈みする。


「しかし、今朝出発した救助隊と連絡が途絶えていることをかんがみれば、早い段階で仕込みの三人を助けることができた、と考えることも……」


 そうそう、良い面も悪い面もある。

 落ち込むのは後だよ、獅子戸さん!

 と、心でエールを送りながらも息が上がって声にはならない。


「救助班を救助する必要もありますか?」

と、富久澄さん。


「今はまだ、それは考えなくていいです。ただ……、可能性はあります。現状、さらなる被害を防ぐため、救助の救助は出さない方針で、連絡を待っているそうです」


 仲間の更なるピンチを自覚して、獅子戸さんはうなだれた。


「やっぱり、こんな命令受けるべきじゃなかった。体を張ってでも止めるべきでした」


「そんなこと言わないでください」

と、富久澄さんは素早く否定したが、次の言葉が続かない。


 そのくらい、獅子戸さんは思いつめた様子だった。


「やらせも、ダンジョンの秘密も、知った直後に共有すべきでした」

「獅子戸さん!」


 私は息も絶え絶えに叫んでいた。

 

「あ、あな、あなたは、組織の一員として、決して間違った判断はしていません! そこで簡単に秘密をバラすような人間じゃないから、信頼できる人だと、私は思ってます!」


「俺はすぐに言って欲しかった!」

と、練くんが私の真後ろで声を張った。

「大人の事情なんか知らねーよ! 家族みたいに思ってるって言ってくれたのに……!」


「家族にだって、言えないことはありますよ……」

 諭すように言ったのは地念ちゃんだった。


「いやでも情報っていうのは知ってる人が多いほど綻びますから!」

と、青木さんが懸命に口止めしてくる。


「俺たちの誰が漏らすってんだよ!」


 練くんは、彼に対してはすっかり喧嘩腰だ。


「こんな重要項目、ちょっと書き込んだらおしまいですよ!」

「かきこむ?」

と、練くんはネット社会にも疎いことが露呈した。


「そんなことしませんよ!」と、私は代わりに否定した。「そんな恥知らずな方法、私たちは選びません」


 その言葉に、地念ちゃんも富久澄さんも同意してくれたようで、こちらを見て「うん」と頷き返してくれた。


 青木さんの不安は簡単には払拭できないだろうが、それは今は小さな問題だ。


「獅子戸さん!」と、私はもう一度、彼女に呼びかけた。

「あなたはいつでも最善を選んでいます! それでも後悔はあるでしょうが、反省は終わってからにして、いまは引き続き最善を尽くしましょう!」


 それ以上は言わなかったが、救助隊の捜索については、フリューズが戻ったら彼に頼めないかと考えていた。現時点ではまだ発言に値しない思いつきだが。


 それに、勢いで格好よさげなセリフを言ったふうになってしまったけれど、一番口を滑らせないよう注意すべきは自分だということも思っていた。


 配信班はカメラを回し続けているんだから、気をつけないと……

 彼らにも伝えるべきじゃないし……


 伝えるべきじゃない?

 本当に?

 知らせた方がいいのでは?


 いや、今はそんなこと考えている場合じゃない。


 私は手の中のマジカルステッキを強く握りしめた。


 

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