第94話 時間はありません

「落ち着け、青木。配信班がどうした?」


 獅子戸さんが、厳しいながらも平静な声をかけると、青木さんは震える手でタブレットをこっちへ向けてきた。


「言われたとおり救援を要請するため本部に繋いだんですが、『今それどころではないからそっちで対応できないか』と言われて、それなら配信班と連絡すると伝えたところ……」


 全員で四角い画面を覗き込む。

 青木さんは説明しながら音量をあげた。


「その配信班がピンチなのだと。それで、彼らの配信を見てみたのですが……」


 カメラを持ったまま走っているのか、映像も音も乱れている。

 これでは何が起こっているのかわからない。


『ダメだ! こっちにもいる』

『やだもう! なんなの!』

『いいから走れ!』


 コメントも荒れている。


〈なにが起きてんだよ〉

〈いつもこんな感じ? 下手すぎね?〉

〈酔ってきた。これが続くなら切るわ〉


 あれだけ〝映像命〟の人たちが、こんなのを配信してしまっているというだけで、ピンチが伺える。


「本部の話では、今朝から骸骨兵に追いかけられているそうです」

 青木さんは早口で、そう付け加えた。


「場所は特定できますか?」

 獅子戸さんはリュックから素早く彼らの進んでいる『Aルート』の地図を引き出した。


 青木さんは富久澄さんにタブレットを渡し、インカムを装着した。本部から情報を得ながら獅子戸さんと地図を覗き込んで位置を割り出していく。


 私たちはタブレットの映像を見つめていた。

 大地くんの靴しか映っていない。


『リビングメイルだ……。昨日氷結の方にいた奴らだろ?』

 琉夏るかくんの声がした。


『え、どうすんだよ。炎なんか効かねぇじゃん。結城さん、優衣ゆいは?』

 いつもと話し方が違うが、たぶんこの声は、れるさん。

 結城さんも見切れているが近くにいるのだろう。


『しっ……』と、大地くんらしき声がして、同時にカメラが周辺を映した。


 途端に私は既視感を覚えた。

 そこはまるで、我々氷結三班が昨晩寝泊まりした、あの場所にそっくりだったのだ。


 彼らはどこかに身を隠しているのだろう。鎧兵が少し先を通り過ぎていくのが見えて、カメラが慌てて引っ込む。


『やばいね、どうしよう。救助は?』


 その声で私たちは顔を見合わせた。

 それって私たちのすべきことだ。


「地下三層にたどり着いた救助班と、連絡が取れなくなったそうです」

 ばっ、と顔を上げた青木さんは、蒼白になっていた。

「これは仕込みでもヤラセでもない、本物の危機です」


「おおよその場所はわかった。うまくいけば十五分ほどで合流できる道のりだ」


 獅子戸さんの言葉に、私は当然、今すぐ協力しに向かうのだと思った。だが、彼女はその指示を口にしなかった。


「我々だけならば」

と言って、座り込んでいる火炎三人衆に目を向ける。


 そうだった。そもそもここにも救助を要請したい人たちがいる。


 獅子戸さんは彼らと視線を合わせるようにしゃがんだ。

「ここで救助を待てますか?」


 ぐったりはしているが、三人ともやり取りを聞いていて覚悟はできていたようだ。

「大丈夫です。行ってください……」


 でも……こんなところに置いていくなんて……


「ここじゃ、具合が悪くなる一方だと思います」

と、私と同じ思いだったのか、富久澄さんが訴えた。

「ダンジョンの奥では人間の精神が蝕まれます。置いていったら危険です!」


「そんなことはわかっています」

と、獅子戸さんは厳しい声で返した。一瞬、富久澄さんが怯む。

「彼らを安全な場所へ送り届ける時間はありません」


「二手に分かれる?」

 練くんの提案も、すぐに却下された。


「戦術上、無理です。最悪ダンジョン内全滅になりかねません」


 また鎧兵や骸骨兵に襲われたり、もっと変なのが出たらとても対応できない。


 だけど何か、それらをすべて解決できる方法はないのか……?


 思わず周囲を見回した私は、はたとに気がついた。


「あ、あの!」


 勢いよく挙手する私に、獅子戸さんが振り返る。

「なんだ?」

「フリューズに彼らを送ってもらうのは?」


 獅子戸さんの丸くなった目でフリューズを見上げた。

「やってくれますか!」


 彼は私を見て口の端を持ち上げる。

主人あるじめいなれば」


 そうと決まればあとは早い。


「荷物は最低限に」

と、獅子戸さんの命令を待たずとも、各自やるべき支度を整えていく。


 フリューズは、ぐったりした三人が落ちないよう、背中に氷の箱を用意してくれた。


「ひとつ上の階層まで、お願いします!」

「承知しました。では後ほど」


 そして氷のドラゴンは、悠然と飛び立った。


「まさに、行李こうり……」


 などというオヤジギャグに気がつくのは地念ちゃんだけ。しかもややウケで、私たちはすぐさま出発となった。

 

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