第93話 貴方の身を案じております

 火は完全に消し止められ、視線の先に、火炎魔法使い「仮称・ぴょんぴょんさん」が見えた。ちゃんと宙に浮いている。


 この状況でも『カプセル』を維持し続けた地念ちゃん、すごい!


「やったね!」

 私は歓喜してみんなを振り返った。


 しかし、なにか様子がおかしい。

 全員、目が点。あんぐり口を開けている。


「キラキラして……、ステッキ出てきた……」

と、地念ちゃん。


「大好きだった少女アニメみたいでしたけど……」

と、富久澄さん。


「きもい」

と、練くんによる一刀両断。


「私のせいじゃないです!」


 必死に訴えたが、誰からも支持を得られない。


「いや、すごいとは思いますが……」

「でもちょっと……」

「きもい!」

と、三人ともこの調子だ。


 獅子戸さんなど、笑いを堪えるのに頬の内側を噛んでいる。


「ち、地念寺、術者の救助に行くぞ。ふ、富久澄、本田、あと二人の確認を。神鏑木は青木の氷を溶かしてやれ。ふひっ」


 あ! 笑った!


 仕方ない。

 これで服までひらひらのフワフワに変化しなくてよかったよ。


「はい」

と、返事をしたはいいけれど、フリューズはどうしよう。


 なんだか気高い顔つきで、「人間たちが何かするならそれまで待っておいてやろう」みたいな様子でそこにいるから、まぁ放っておいていいか。


 人命第一。

 私は富久澄さんとともに、男性二人を見にいった。


 幸い二人とも力を出し切って疲労困憊なだけで、命に別状はない。

 足場の悪い崖から下ろすためにも、富久澄さんが回復させる。


 すると、向こうからもお呼びが。

「こっちも無事だ! 富久澄、来られるか?」


 回復を求める獅子戸さんの声だ。

「はい、すぐに」

「こっちは大丈夫だから行ってあげて」


 術者が立ち上がれるまでになったのを確認して富久澄さんを解放すると、走っていった彼女と入れ替わりに、地念寺くんがやってくる。


「手伝います。どうぞ、肩を掴んでください」

と、一人ずつ補助しながら崖を降りる。


 氷漬けから解放された青木さんも、練くんに導かれてやってきて、フリューズの足元に全員が集合した。


 カメラは止まっていた。

 流石にこの状況は映せないだろうが……いつから停止してたのだろう。それとも、身の危険から撮影どころじゃなかったか。


「な、なにがあったんで……うわ! びっくりした!」


 青木さんは、あまりの大きさにフリューズ全体が目に入っていなかったようで、気がついて飛び退いた。


 仕込みの火炎魔法使いは、三人とも能力の使いすぎで顔面蒼白だ。ドラゴンがいたところで「あ、そうなんだ……」という感じである。


「これだけ弱ってると、私の能力で回復させるのは逆に危険です……」

 富久澄さんは、座り込んでいる三人を前にして、つらそうに俯いた。


 彼女の回復方法は自己回復の『増幅』だ。いわば命の前借り。彼らを完全に手当てしようとしたら、ない命を借りる……つまり、そういうことだ。


 水を飲んでようやくひと心地ついたのか、彼らもぽつりぽつりと状況を話してくれた。


「昨日からここで待機していたんですが……気がついたら、体の自由が効かなくて……」

「もう無理だと思ってるのに、魔法を勝手に発動してしまって」

「とにかく今は休ませてください……」


 その様子に獅子戸さんも唸るしかない。


「何が起きているのかわかりかねますが、とにかく今は救助要請をしましょう。配信班もどこまで来ているのか……」


 獅子戸さんは連絡係として、青木さんに視線を送った。

 この後に及んで「撮影が」「配信が」とは言うことはなく、青木さんはさっそくタブレットを取り出す。


 その操作を待つ間に、「さて」と、発する者がいた。


 フリューズだった。


「済んだようですね。お久しぶりです。タダノホンダ」

「あ、そうか、間違えて……まあいいや。お久しぶりです」


 名前を間違えて覚えられてはいるが、とにかく感動の再会だ。

 ちらっと見たら、練くんも嬉しそうな顔をしている。


「向こうとこちらでは少し歪みがあるようで、探すのに苦労しました」

と、フリューズは続ける。


「それは、ご苦労かけまして……」


 彼があまりにも私にフォーカスして会話するので、獅子戸さんや他の人たちは口が挟めない様子で、黙って聞いてくれていた。


「しかしその魔法の杖で呼んでいたけければ、いつでも馳せ参じましょう」

「あの、これは、きみと繋がってるんです? それとも……」


 私は手の中のステッキを彼に見せながら、なんと説明したらいいのか首を捻った。


「それは女王より貴方に授けられた力が具現化したもの。いつでも貴方の中にあるものですよ」

「なる、ほど……?」


 杖はいつでも作れる氷結魔法の増幅装置。杖を使ってフリューズを召喚できる。という理解でいいのかな。


「私は貴方とダンジョンの中でしか、共に過ごせないようです」

 フリューズの声は残念そうだった。


「そのようですね。きみは、あのとき、ダンジョンから出られたの?」

「ええ、自分の棲家へ戻ることができました。大変光栄なことに、女王と共に」

「それはよかった!」


 彼女のことも気になっていたのよね。

 無事だと聞いて安心した。

 けれども、フリューズの話には続きがあった。


「女王は貴方の身を案じております」

 彼は声を落とした。

「魔王軍の一人、『傀儡くぐつの大蜘蛛』がここに……」


「え?」


 耳慣れない固有名詞と絶対ピンチそうなセリフに、横で聞いていたみんなも目を丸くする。


 だが、誰かが何か言うより早く、青木さんの大声が響き渡った。


「あ、あ、大変です! 配信班が……!」


 

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