第92話 我が名を呼んでくださいませ

 次の瞬間、私たちは『増幅・氷壁』でそれを防いだ。

 大慌てだったし、一瞬だったのに、ナイスコンビネーション!


 青木さんのように氷柱に逃げ込みたいくらいの気分だが、入ったが最後、閉じ込められてしまう。情けないが、まだ自分で氷を消す方法を持っていないのだ。


 龍は旋回して、また戻っていった。


 よかった。動きは大雑把のようだ。


 続けて全方位の状況に気を配る。


 火炎放射は三方向から同時に前衛部隊を狙っている。

 今一番危ないのは……地念ちゃん?


 その時、青木さんの悲鳴が。


「……本田さん! 溶けてます!」


 私が振り返った瞬間、三方から同時に火炎放射が浴びせられた。

 防御しきれなかった地念ちゃんが叫び声をあげて倒れた。腕を火傷したようだ。


 カバーに行きたいが、青木さんの氷柱補強が先だ。


 地念ちゃんはうめきながら後退し、岩陰に隠れた。


「富久澄、地念寺を!」と、獅子戸さんの指示が飛ぶ。「本田、バックアップ!」

「はい!」

 富久澄さんが地念ちゃんの元へ駆けていく。治療の間、私は二人をかまくらで保護した。中に氷塊も作ってみたけれど、冷やすのに使えるだろうか……


 とにかく暑い……

 氷なんて、すぐに溶けてしまう。


 やはり何かがおかしい……

 こんなのやりすぎだ。

 CGより派手になっちゃう。


 獅子戸さんと練くんは岩陰から前進の機会をうかがっている。


「神鏑木! 右から回り込めるか?」

「ちょっとキツいんだけど!」


 鋭く出される獅子戸さんの確認に、練くんが珍しく泣き言を返す。

 ちょっとどころじゃなく厳しい戦いだ。


「おい、あれ!」

と、練くんが崖を指した。高さはほんの数メートル。その上に、なんと男の姿があった。


 術者?

 見えちゃっていいの?

 これで終わり?


「あっちも」

 獅子戸さんが見つけたのは、やはり高台に立つ人物。こちらは女性だ。


 位置からして『ぴょんぴょん』の術者だろう。

 だが様子がおかしい。

 二人ともふらふらしている。


 それどころか、女性の方は首がグラグラしてる……


「い、生きてます? あれ……」


 私が思わず聞いちゃうほど、手足がバラバラに……

 まるでマリオネットのようにふわふわと力なく揺れているのだ。


 すぐに最後の一人も現れた。

 というより、倒れていた体を感じだった。


「なんですか、あれ」

 富久澄さんと、回復した地念ちゃんがこちらへ合流した。


 向こうの攻撃が一時的に弱まったこともあって、我々は現状を認識するために警戒しながらも攻撃体制を解いた。


 炎の龍がマグマのような地面の上を飛び回り、フラフラした三人の術者がそれらを見下ろしている。


「あいつA級の笠井だ!」と、練くんが気づいた。「出力ばっかでノーコンの。龍はあいつだ!」


「地念寺、ちょっと殴って龍を止めろ!」

 獅子戸さんの無茶振りに、地念ちゃんはすぐに応えた。


 練くんが名指しした相手を、見えない手がドンと後ろに押す。

 彼はなんの抵抗もなくグラグラと揺れて、座り込んでしまった。と同時に、ゆっくりと龍が姿を消していく……。


 どう考えても変だ。


「助けないと……」


 地面を冷やそうと吹雪を呼ぶ。

 だが、全然機能しない。せいぜい自分たちの足元に雪がまとわりつくだけ。

 暑すぎるのだ。


 これじゃあどうにも、あそこまで行きようがない。


 彼らを案じて見上げると、残りの二人も、まるで糸が切れたようにへたり込むところだった。


「あ!」


 女性の方が、バランスを崩し、前のめりに崖から落ちた。

 思わず手を伸ばした地念ちゃんが、『カプセル』で彼女を受け止める。


「ナイス!」と、練くん。

「危ないところでした」と、獅子戸さんも胸を撫で下ろす。


「でも、変でしたよね」と、富久澄さんが私を見る。


「あまりにも無抵抗に落下したことですか? ええ、私も今、それを変だと思ったところで」


「それよりも」と、地念ちゃんが必死の形相で割って入った。「対象物が見えません……!」


 熱気と煙、突き出た岩で、彼女の姿が見えないのだ。


「しまった! 本田、吹雪でなんとかできないか?」

 獅子戸さんの問いに、私は情けなくなった。


「さっき見ていただいたとおりで出力不足です」


「神鏑木の熱風じゃ火に油だ……。富久澄の増幅……いや、増幅したところで対象が見えないことに変わりはない。地念寺! 現状保ちながら岩をどけられないか?」


「動かせない……! 蒸し焼きになる!」

 地念ちゃんが悲痛な叫びを上げた。

 そうとう力を使っているようで、首に青筋が浮かんでいる。


「火車作って、巻き取れないか試してみる」

「最悪生きてさえいれば私が回復させます!」

「どちらも却下だ。確率が低すぎる」

「じゃあせめて、地念寺さんの回復を!」

と、富久澄さんが思わず地念ちゃんに抱きつくと、彼は悲鳴を上げた。

「ひいいい! いきなり触らないでくあせでーーーーーー!」


 あぁ……なんてことだ。

 こんな……大混乱……


 じりじりと術者が蒸し焼きになるのを、指を咥えて見ているしかできないのか。


 こんな時に何もできないなんて……!


 なにが最高ランクの氷結魔法使いだ!


 私にもっと力があれば……!


 もっと力が……!


主人あるじよ……』


 急に、声がした。


主人あるじよ、我が名を呼んでくださいませ……』


 それは低く響く、ブロンズの声。


主人あるじよ。さあ、早く、我が名を……!』


 この声は……、まさか……?


「フ、フリューズ……?」


 手探りで、その名前を口にした。

 その途端に。


 足元から……何か、光が……


 え、何これ?


 光が、七色に……!

 風がたちのぼり、星が生まれて……!


 それは細かな氷だった。


 キラキラ——……


 キラキラキラキラ——……


 私の包んだ細かな氷は一気に噴き上がり、手の中で何かを形作っていく。


「あ……!」


 落とさないように反射で握りしめたそれは……


「マジカルステッキ!」


 先端に大きな氷の結晶がついた、太めの棒にリボンっぽい装飾の、『魔法の杖』というよりファンシーアイテムのような……


 氷の女王アッシャからせっかく授かったのに、ものの十数分で粉々になってしまったアレだ。


 ええい、この際なんでもいい。

 これがあれば、私は女王から直接お力をお借りできるのだ!

 たぶん!


「おっさん!」


 練くんの声援を背中に受けて、私は火の海となった広場に向かってステッキを突き出した。


 こんなとき、技の名前とかあったらよかった……!


「あ……」

と思いついたら、言わずにはいられない。


「フリューーーズ!!」


 その瞬間、目の前に巨大な吹雪が渦を巻き、そして彼が現れた。


 美しい氷の鱗に覆われた、光り輝くアイスドラゴン。


 それが大きく口を開ける。


 ゴオオオォォ!!


 フリューズは吠え声と同時に凄まじい冷気を放ち、一瞬で辺りを氷漬けにした。


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