第91話 ブッチめるぞ
「『爆弾』投げてる人は三時の方向、『ぴょんぴょん』は十時の方向だと思います」
「ちょ、『ぴょんぴょん』って……!」
適当に命名して報告したら、獅子戸さんのツボに入ってしまい、こんな状況なのに悶絶されてしまう。
「ちょっとやりすぎじゃね?」
練くんの小声に、みんな顔を寄せた。
遠くで再び爆発音がする。
「元の指示では、一手ずつ攻撃をしあって、十分以内に配信班登場でしたよね」
と、地念ちゃん。
獅子戸さんは咳払いをひとつ、目を細めて敵役がいるはずの方向を凝視した。
富久澄さんが不安げな視線を彷徨わせる。
「あと一人は?」
戦闘ごっことはいえ、無防備な青木さんが心配だ。
その瞬間。
ドンッッ!!
「近!」
練くんが、驚いて爆心地を探す。
どこだ?
というか、こんなに激しくて手の込んだことする必要ある?
ボスの画像を差し替えられるくらいなら、戦闘シーンだってCG処理してくれればいいのに。
次の爆発は、ほんの少し先の岩を粉々にしている。
「一手ずつじゃないようですね。怪我する前に片付けたほうがいいのでは?」
地念ちゃんが冷静な声で過激なことを言う。
が、そのとおりだ。
「配信班、まだなんですか?」
私は小声で獅子戸さんに聞いていた。
彼女は難しい顔だ。
「万が一彼らが間に合わなかった時は、我々で倒すのがプランBだ。だが、まだ待つべきなのかどうか……」
視界を遮る煙の向こうで、炎が渦を巻き、するすると竜巻になっていくのが見えた。それが何本も。
「あっつ……」
熱で体から力が抜けていく……
「巻き取れるかやってみる。できたらボスにぶつける」
と、練くん。
「よし、我々で制圧するぞ! いってこい!」
獅子戸さんの許可が出るや、彼はすぐに岩陰から身を乗り出した。すこぶる元気そうである。
「火車!」
どんどん気温が上がっている。
練くんが放り投げた火の輪が、立ち上る炎を飲み込んで、巨大になっていく。
勢い最奥の巨大な岩にぶつけたが……、どうだろう。
これが終了のゴングにはならないだろうか。
ところが、練くんが大慌てで岩陰に戻ってきた。
「ダメだ!」
私は状況を確認する間もなく、『かまくら』を作った。
間一髪だった。
轟音と共に、何かが頭上を通り過ぎる。
同時に天井が溶け、水が垂れてきた。
溶けているのだ。
「……青木!」
部下を案じた獅子戸さんがタックルすると、かまくらは簡単に壊れてしまった。
青木さんは、倒れていた。
獅子戸さんが駆け寄る。地念ちゃんがカバーに入る。
敵は?
と、探すまでもなく、それは空中を駆け回っていた。
「龍……?」
富久澄さんが慄いて、よろよろと数歩下がった。
炎の竜巻が横倒しになり、空を駆け回っている。
まるで炎の龍だ。
「富久澄! 回復!」
「……はい!」
我に返った富久澄さんが、獅子戸さんの元へ駆けつける。
青木さんが負傷したのだろう。
地念ちゃんが戻ってくる。
「青木さんを」
「この熱から」
練くんの補助を交代する代わりに、熱さから彼らを守る。短い言葉だけで互いの意図を確認した。
飛び出す瞬間、今度は練くんが地念ちゃんに声をかける。
「術者探してブッチめるぞ」
「ええ」
炎の龍が空気を震わせる音が、まるで鳴き声のように響いている。
少なくとも私は、もはやヤラセの余裕など失っていた。
氷の女王との戦いと同等……、下手したら、それ以上の死闘じゃないか。
駆け寄ると、なんと青木さんは顔に火傷を負っていた。
富久澄さんのおかげでそれは治りかけていたが、ちぢれた髪の毛は回復できない。
「どうなってんだよ……、こんなの……」
うめく青木さんに、落ちていたメガネを拾って渡す。
彼を攻撃するなんて、どうかしている。
「青木さんのことは、『氷柱』に入れておきます」
私の提案に、獅子戸さんは「よし」と即座に許可を出し、前線へ戻っていった。
「富久澄さん、『増幅』できますか?」
「いけます!」
心強い返事。
鎧兵の時と同じように、私は青木さんを氷の筒ですっぽり覆った。
だがあまりの暑さに力が出ず、『増幅』してもらっても大きなものはできなかった。
「広さより厚みを重視したので、拷問みたいですみません!」
「……いいから! 倒して……!」
くぐもった青木さんの声に頭を下げて、広場に向き直る。
こんな状態でも、彼は職務を全うするため、カメラを構えようと震える腕を持ち上げる。
その間も、ずっとコメントが読み上げられていた。
〈やばい怖い〉
〈かっこいいよすごい〉
〈がんばれ!〉
〈いけー〉
どうやら配信はうまくいっているようだ。
それはよかったが、炎の龍に対して、いまのところ有効な攻撃方法が見当たらない。
地念ちゃんの念動力か、練くんが『火球』をぶつけるかして、軌道をそらすばかりだ。
利点があるとすればただひとつ、『火球』の弱点だったチャージ時間がほぼゼロになっていて、敵の炎も飲み込んで一瞬で巨大な球体が出来上がることだ。
「本田さん」と、富久澄さんが、音声を拾われないよう肩を寄せてきた。「術者を探しましょう」
かなり後方の岩陰から、全体を見渡すことにした。
発生源を断つしかない。
前線で三人が敵の注意を引き付けている間に、早く見つけなければ。
だが、そんなに甘くはなかった。
さっきの場所にまだいるだろうか……と、目を凝らす我々に向かって、炎の龍が突進してきたのだ。
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