第90話 爆弾みたいだ

 翌日、我々は獅子戸さんと青木さんがいう所の定刻どおり、ボス戦に指定されたダンジョン最深部へ到達した。


 最深部、なんて言ってるけど、そう指示されているだけで、本当に最も深い部分なのかは知らない。


 とにかく、見上げると巨大空間が広がっていて、身を隠すことのできる岩もたくさんある。ボス戦にはもってこいの地形といえるだろう。

 運営の人たちもうまい場所を選んだものだと思う。


 などと、ぼんやり感心している場合じゃない。

 真面目に向き合わなければ、視聴者に昨日までのテンションと違うとバレてしまう。


 上層部の見立ては正しかった。

 隣を見れば、練くんも地念ちゃんも、富久澄さんまでもが、どこか気の抜けた様子で空間を眺めて突っ立っている。

 目の奥に真剣さがない。


 青木さんが映像確認用のタブレットをこちらへ回してきた。


 これでもかというほど恐ろしい炎のモンスターが映っている。私たちの肉眼では見えないけど。


「ま、まさか本当に『炎の皇帝』が……!」

と、映像を確認しながら青木さんが前方を指す。


 さあ、見えない敵との戦闘開始だ。


「奥の一際大きな柱を目標にするとよさそうです」

と、地念ちゃんが耳打ちしてくれて、みんなの視線が定まった。


 これ、何も聞かされていなかったら、私たち一体どういう反応をしてしまったでしょうか……


 獅子戸さんがさっそく迫真の指示出しをしてくれた。

「相手は炎使いだ。神鏑木、一撃が来たら『火車』で吸収できるか試してみろ。本田、気温は高くない。吹雪で弱体化を」

「はい!」


〈すげー〉

〈やばいんじゃないか?〉

〈がんばれ!〉

〈無理しないで!〉


 視聴者は大いに盛り上がっているようだし、なにやらBGMが流れ始めたらしいが、こちらはほぼ無音。


 天井から水滴が落ちる音がたまに聞こえるだけだ。


 これは難しい……


 とりあえず、『炎の皇帝』があたりに吹雪を発生させてみる。


 雪が舞って、壁際の岩に隠れてライトが点灯していると気がついた。

 バレないか心配になってしまう。


 だが次の瞬間、私は練くんにタックルされて、二人で床に倒れ込んだ。


 ドーンッッ!!


 さっきまで私のいた場所で、花火が爆ぜた。


「え??」

「危なかった……爆弾みたいだ。軌道が見えにくい」


「ありがとう」とお礼を言いながら、走り込んで近くの岩に二人揃って身を隠した。


「シビアだねぇ……」


 青木さんが遠いのをいいことに、私はヘラヘラしてしまったが、練くんは渋い顔だ。


 敵……といってもこれは仕込みで、実際は練くんと同じ火炎魔法使いの方が三人で演じている。というのが獅子戸さんと青木さんの話だ。


 今朝一番に、カメラの回っていないところで聞いたのだ。


 彼らは岩陰から攻撃し、配信画面上にはさっき見た『炎の皇帝』の画像がはめ込まれているのだそうだ。


「気合い入れないと怪我するかもな。鎧兵といい、なんなんだよ……ったく……」

「まぁまぁ、もうすぐ配信班が助けに入ってくれるんじゃない?」


 ぶつくさ漏らす練くんを、私は小声でなだめた。


 それも今朝聞いた話だ。


 獅子戸さんと青木さんが受け取った台本によると、

「今注目の氷結三班はスイスイとダンジョンを攻略して、『炎の皇帝』と対峙するが苦戦。そこへ配信班が助けに入る。最初は反目しあっていた二チームだったが、共闘することで互いの実力を認める」のだそうだ。


 しかも獅子戸さんと結城さんは昨晩連絡を取り合っていて、互いの現在位置と出発時間を確認しあったのだとか。


「はーあ。いいところで花持たせなきゃなんないとか、俺らに得なことひとつもないじゃん」


 そう言い残して、練くんは再び戦場へ走り出ていった。視界のいい場所で両手を大きく振って、「狐火!」と叫ぶ。


 あ! えらい!

 ちゃんと技名出してる!


 放り出された無数の火の玉が、投げつけられる『爆弾』とぶつかって洞窟中が花火大会だ。


 私は素早く術者を探す。

 三時の方向……!

 って叫んじゃダメか……


 その迷いの隙に、別の角度から別の攻撃が投げ込まれた。

 某ゲームの土管おじさんが投げる奴みたいに、火の玉が床をホップして近づいてくる。それも次々と!


「カプセルを!」

 獅子戸さんの声だ。


 後ろでも何か起こっているのだろう。

 私は目の前のホップ火の玉を吹雪で消火することにした。


 ぴょん、ぴょん、ぴょん、ぴょん

 ぴょんぴょん、ぴょんぴょん……


 キリがない!

 これ、放送上はどうなってんでしょうねえ!


 ちょっと苛立って、一面凍らせてしまおうかと思ったところへ、再び練くんが走り込んできた。


「下がれ!!」


 叫びながら腕を引っ張ってくる。

 私は半分後ろ向きのまま。


 そうか、地面は凸凹していて、爆弾が隠れている。

 そこにぴょんぴょんが次々と……


 時限爆弾だ。


 ババババババッッ!!!


 閃光と爆風。

 みんなのところへ、文字どおり転がるようにして戻ると、地念ちゃんがカプセルの中へ避難させてくれた。


 ふと見ると、青木さんがだいぶ後ろまで下がっている。

 ちゃんと撮れてるんだろうか。

 それでなくても立ち上る煙で視界が悪い。


 んー……?

 んんん?

 これ、なんか、ちょっと火力強すぎない?


 

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