第88話 続けますか?

「獅子戸さん、何を言い出すんですか、そんなこと……!」


 青木さんが飛びかからんばかりの勢いで止めにかかったが、獅子戸さんの決意は固かった。


「我々がやっていることは、意味のないことです! 信じられないでしょうけれど、本当のことです! 私たちがダンジョンの中で能力が覚醒するように、その逆のことも起こるんです。つまり、モンスターはダンジョンから出られない。出口に近づくと、消滅するんです!」


 一気にまくし立てた獅子戸さんに、私たちは今度こそ言葉を失っていた。

 青木さんだけが、一人対抗する。


「獅子戸さん! 規定違反ですよ!」


「知りません、そんなもの! 私たちは、彼らのオモチャじゃないんです。無意味なことに全世界配信なんてバカな理由をつけて、こんな危険な目に遭わされて……。黙っていられません。全員が真実を知った上で、自分の意思で仕事にあたるべきです」


 それはそうかもしれないが、いきなりの告白に誰も、息もできない状態である。


 富久澄さんは真っ青になって唇をわななかせているし、地念ちゃんは目の焦点があってない。


 私は、フリューズが消えたことを思い出していた。

 彼がいなくなったのは、つまり、そういうことだったのか……


「どういうことだよ?」

 練くんは虎のような目で獅子戸さんと青木さんを交互に睨みつけた。


 仕方がないと言うように、青木さんがため息をつく。


「ええ、そうです。獅子戸さんの仰るとおり」

と、肯定して、続けた。


「あなたたちが……、今となっては僕もですが、ダンジョンの中で能力が覚醒するように、その逆のことも起こるんです。つまり、モンスターはダンジョンから出られない。出口に近づくと、消滅するんです」


「はあ?」

と、威嚇する練くん。


「世界の平和のためにって、触れ込みですよね」

と、非難する富久澄さん。


「いつ頃わかったことなんですか?」

と、私は思わず漏らしていた。


 青木さんが答える。


「はっきりした時には、すでに能力者ボランティアの募集が始まっていましたし、その中から犠牲者も出てしまっていて……」


「いまさら無駄死にだったとは言いづらくなってしまった、と」

 地念ちゃんの冷静な追撃に、青木さんは焦りを見せた。


「それはDORAGO-Nの決定です。日本だけの責任でも、まして僕に責任はないです!」


「そりゃそうでしょ……」

と、私は呆れた相槌を入れてしまった。


 彼は自分が責められたと感じたのだろう。

 まあ実際、彼は体制側の考えで、こちらは一兵卒だ。


「青木さんのことは誰も責めていないですし、責めることではないですけれど」

と、こんな時でも優しく前置きした上で、富久澄さんが疑問を呈した。

「じゃあ、結局、こんな命懸けでダンジョンを制圧する必要、ないってことですか?」


 それは誰もが聞きたいが、誰も口にできなかった、根源的な問いだった。


 獅子戸さんは、ここにきて初めて視線を彷徨わせた。


「そうです。入りさえしなければ、我々の生活になんの影響もないんです」


「……あんなに、頑張ったのに……あたし……」


 富久澄さんは、これまでの大変な経験を思い出したのか、膝から崩れ落ちてしまった。


 しかし今、誰も彼女を支える余裕などない。


「で、でも、聞いて下さい! 全然、完全に無意味ってことでもないんですよ」


 青木さんの話しっぷりは、いつもの余裕がなくなって、さながらテレビショッピングの販売員のようだった。


「ダンジョンは広大で、ここに街を作る計画があるんです。獅子戸さんのように電気を操る人に発電してもらい、それを外へ送電できれば、電力問題は全て解決。水もエネルギーも無限に手に入る。革命が起こるんですよ」


「でも能力発動のたびに、能力者はダメージを受けてるんですよ」

と、富久澄さんが、思わずという感じで反論した。

「みんな、いったいどんな思いでダンジョンに挑んできたのか……。それが、全部、無意味なことだったなんて……」


「違います違います! 確かに能力者へのダメージは、今後、なんとか考えなければいけない部分ではありますが。そんなもの、ダンジョン開発が与える恩恵から考えれば小さな問題じゃないですか?」


 何を言ってるんだろう。

 それで説得できると思っているのだろうか。

 だめだ。気持ち悪い……


 青木さんは、土気色の顔で私たちを見回している。ダンジョンのせいで精神崩壊の一歩手前なのかもしれない。それを思えば同情の余地はある。というか、彼は組織の被害者ともいえるだろう。


 みんな黙っていた。


「それで……」と、獅子戸さんが重い口を開いた。「この真実を知って、この仕事を……続けますか?」


「急にそんなこと聞かれても……」

と、脱力したままの富久澄さんが呟く。


 練くんはそっぽ向いて俯いてるし、地念ちゃんは変わらず魂がここにない。


 時間が欲しい。

 みんなにもきっと、考える時間が必要だ。


 今ここで何か言ったとしても、それは熟慮に基づく意見ではなく、いっときの激情任せの衝動でしかない。


 感情は大切な判断材料だけれど、衝動的な行動はそれとは異なる。


 私はすっかり忘れていたの存在を思い出して、提案した。


「休憩しましょう。熱湯も、ちょうどいい湯加減になったようですし……」


 せっかくの記念すべき『ダンジョンでお湯沸かす』は霞んでしまい、その後の夕飯の時間も、私たちはほとんど無言だった。


 

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