第87話 人道的にアウトです
「そんな!」
「獅子戸さん! 秘密にしろって命令じゃないですか!」
富久澄さんの悲鳴に、青木さんの抗議が重なった。彼も必死だ。
「重大な命令違反ですよ! こ、こ、こんなことが、上に知られたら……」
「カメラは止まっていますよね」
と、獅子戸さんは彼が抱える機材に目をやった。
確かにそれは、さっき我々三人に考察するなと注意してきた時からずっと止まっている。
獅子戸さんは、握った拳を開いて見せてきた。
「これも切りました」
そこにあったのは、小さなインカム。
まさか、リアルタイムで命令を受け取れる体勢だったのか!
「今、本部から新しい指示が届きました……」
と、獅子戸さんはインカムに目を落とし、再びそれをての中へ握り込んだ。
「『余計なことはするな。やってる
「ひどい……」
「っざけんな!」
富久澄さんは両手で口元を覆い、練くんが虚空を蹴る。
振り返れば、地念ちゃんは青ざめていた。
それにしても、ずいぶんな言いようだ。「
それでも青木さんは組織に忠実だった。
「獅子戸さん、そこまでにしてください。ここまで黙ってるの、大変だったんですよ?!」
しかし獅子戸さんに睨み返されてしまう。
「もうたくさんです! こんなの……、こんな……、私の大切なチームが、こんな危険な目に遭わされて……。あの人たちは、自分たちのミスは棚に上げて……」
一度視線を落とした獅子戸さんは、確固たる意志を持って、私たちに向き直った。
「『炎の皇帝』なんてものも、もちろんいませんし、そんな噂さえ存在しません」
それは盛大なネタバレだった。
「モンスターが出ない代わりに、落とし穴や落石を準備したんです。ボス戦はリアルタイムでCG合成するとなんとか言われました。炎の皇帝役の火炎魔法使いが数名、すでに決戦用の広場で待っています」
だから考察禁止だったのだ。
私たちは、自力でそれらを見破りそうになっていたのだ。
ほんの少しだけ、自分たちの洞察力を自慢に思った。
獅子戸さんはさらに続けた。恨み言を吐くように。
「しかし、骸骨兵や鎧兵は予定にありませんでしたし、明らかにやりすぎです。これらの危険な状況については、今もってなんの説明も得られていません」
「まったくあなたって人には、驚かされますよ」
と、急に青木さんが口を挟んできた。観念した様子で、足元に機材を置く。
そして語り始めた。
「Dカンパニーのアーロンさんが、我々の動画を見たことが始まりでした。彼はそれを全世界に公開し、多くの人が、更なる情報を求めました」
「それは知ってるよ」
と、練くんが割って入るのに、青木さんは長い瞬きをした。
「でも、彼の真の目的は、情報ではなく、将来的なダンジョンのエンターテイメント化です」
私たちは自然と、彼を取り囲むように移動していった。
青木さんの説明が、熱を帯びていく。
「ダンジョンの最後はボス戦。これが常識ですよね。『氷の女王』は特殊事案だったってことは彼もわかってますから、配信にあたって、ちゃんと盛り上がるように『炎の皇帝』を用意したらどうかって提案してくれたんです。リアルタイムでVFXと合成する技術も見ましたが、本物みたいですごかったですよ」
嬉々とした口調に、ある人はあからさまに嫌悪感を覚え、またある人は失望した様子だった。
私は、技術者が技術にのめり込むのは、まぁわからなんでもないな、と一歩引いた見方をしていた。
「彼は、『次のボスは Emperor of Flames だ! かっこいいだろ?』と言ってました」
と、獅子戸さんが付け加えるように言ってきた。
「試作のアニメーションを送ってきて、氷の女王が最高だったから、負けないくらいかっこいいデザインを作らせたと……」
彼女にはついていけない世界の話だったようだ。
とんでもない人だけど、出資者じゃ逆らえないよな……
「それにしても、本物のダンジョンを使うのは危険です。そこでDORAGO-Nは、安全第一の日本で、なおかつ完全制圧済みのダンジョンを使って、嘘の探索任務を見せることにしたんです」
苦渋の決断として「全仕込み」を選んだわけか。
「言ってくれればよかったのに」
と、富久澄さんが身を乗り出した。深く傷ついたのを見せまいと必死の表情だった。
「彼に仕込みだとバレないために、真に迫った映像が必要だったんです。だから、氷結三班には秘密にすることになったんです」
青木さんが強い口調で補足する。
「なるほど、確かに、仕込みと知っていたら僕はギクシャクしたと思います」
地念ちゃんは物分かり良さげに頷いたが、安心させておいてヘビー級のパンチを繰り出した。
「理屈はわかりましたが、出発地点が人道的にアウトです」
すると、今度は練くんがため息と一緒に獅子戸さんに向かった。
「あんたの演技が一番ひどかったけどね」
「……!」
「おかしいとは思ったんだよ。あんな変な長台詞とか」
「そ、そうでしょうか。アカデミー賞ものの名演技だと思いましたけど!」
真っ赤になった獅子戸さんが言い返してきて、空気が一気に軽くなった。
「獅子戸さん。一人で背負い込まないでください。きっと私たちみんな、うまくできますよ」
と、私もニコニコしてみんなを見回す。
わがまま成金を納得させるためになら、嘘の探索くらい屁でもない。
みんなも頷いてくれた。
「私たちを信頼してなかったんですか?」
富久澄さんの声は、決して責めるようなものではなかった。
不安そうに、獅子戸さんの本心をうかがっている。
「信頼しているからこそ、こんなこと……言えなかった……すまない……」
獅子戸さんが深々と頭を下げるので、私たちは慌てて彼女の周りに集まった。
「知ったからには、全力で協力しますよ。ボス戦用の広場に行って、炎の皇帝と戦ってる風をやればいいんですよね。大丈夫ですよ!」
「本当に討伐しないようにだけ気をつければ……」
「地念ちゃん、顔怖いよ」
私たちが笑い合うのを見て、獅子戸さんは目に涙を浮かべた。
「みなさん……、ごめんなさい……」
そして目尻の光るものを指で拭って、彼女は言った。
「ダンジョンは、攻略そのものが、茶番なんです……」
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