第85話 炎の皇帝なんて仰々しい
「思ったよりハードでしたね」
さっそく走り寄ってきた青木さんの呟きに、私はふと不思議な響きを覚えた。
だがクレーターを撮影する彼の横顔を見ても、それがどんな違和感なのか判然としなかった。
「どうしてこんなこと……」
と、獅子戸さんも言葉を失っている。
私は単純に、自身の経験不足として違和感を押し除けた。
私にとっては二カ所目のダンジョンだし、戦闘だって数えるほどしか経験していない。
二人には、私にはわからない共通認識があるのだろう。
落とし穴に落ちたときに練くんも言っていたが、このダンジョンって他と比べて珍しいみたい。
私は二人がどれほどの場数を踏んできたのかと思いを馳せた。
特に獅子戸さんだ。
青木さんは、実践はなくてもさまざまな情報を見聞きしてきたのだろう。
その青木さんの額に、脂汗が浮いている……
なんか、顔色悪い……?
余裕そうに見えていた青木さんがここまでになるダンジョン……
これ、本当に〝配信バトル〟なんて悠長にやってていいのかしら!
回復を終えた地念ちゃんもやってきた。
「プレートアーマーが、プレートに戻りましたね」
と、ブラックなユーモアを放り込みながら。
「なんかおかしくね?」
と、その後ろから練くんも意見する。
「生きてないモンスターなんて聞いたことねーよ」
彼がクレーターの縁にしゃがみ込んで、なんの躊躇もなく金属片を摘み上げるので、獅子戸さんは「こら」と制したが、彼女も気になっていたのだろう。横目で覗き込んでいる。
「そうですね、完全に無機物のモンスターは、たぶん……今までいなかったと思います」
地念ちゃんも、練くんの手の中の板切れを見て首を傾げる。
「鉄じゃなさそうです……軽くて、硬い……ジュラルミンとか……?」
その後ろから、富久澄さんも覗き込んだ。
「何の匂いもしないね」
「え? 匂い?」
青木さんが驚いた様子でカメラを富久澄さんに向けた。
「え? だって、匂い、するじゃないですか。こんなに叩いたりしたんだから、鉄とか銅とかなら……」
富久澄さんが「え? 違います?」と、不安そうに目配せしてくるので、私はうんうんと頷いて、「アルミも匂うよね」と返した。
「考えたこともなかったです……」
と、青木さんはあっけに取られた様子だ。
私もしゃがみこんで、少し大きめの金属を持ち上げた。
白銀に輝いていて、軽くて、硬い。
その様子に私は、ふと、フリューズの姿を思い起こした。
あの氷のドラゴンも、こんなふうに白く輝いていた。
思考が脱線したことで、私はある重要事項を思い出した。
「ねえ、地念ちゃん。これって、変形できる?」
私の質問に、頭のいい地念ちゃんはすぐさま色々な仮定を考えてしまったようだ。
「……富久澄さんに『増幅』してもらえれば、できると思いますが、複雑なものは……」
と、戸惑いながら返してくるので、私は用途を示した。
「あ、お鍋にね、出来たらいいなって。火に強いみたいだし。お湯沸かせるじゃん?」
「え! モンスターでお湯?!」
青木さんがまた声を上げた。
そんなに驚かれると思っていなかったので、私の方が面食らってしまった。
しかし他のメンバーは肯定的なようだ。
「一回炙れば大丈夫だろ」
と、乗り気な意見の練くんに、私は自信を取り戻した。
「ついに目標だった『ダンジョンでお湯沸かす』を実現できるね!」
「いやおっさん一人の目標だろ。俺を巻き込むな」
「いやいや、練くんの力なくしては実現不可能ですから」
「非常識ですよ!」
と、青木さんはまだあたふたしている。
そこへ、ひらめいた、というように富久澄さんが手を打った。
「頭洗うくらいなら、いいんじゃないですか?」
能天気な我々に、青木さんは「あああ」と頭を抱えたが、おもむろにタブレットを拾い上げて操作した。
〈ゆるすぎww〉
〈緊張感が行方不明ww〉
〈さっきまでの空気どこいったww〉
〈お湯作ってー〉
あ、見られているし聞かれているし笑われている……
しかし好評なようだ。
成り行きを見守りながらも是非を検討していた獅子戸さんも、画面を覗き込んで諦めたように緩く首を振った。
「予定どおりここで野営します。お湯もついでに試してみましょう」
「やった!」
誰よりも真っ先に声を上げたのは、なんと地念ちゃんだった。研究者魂に火がついていたのだろうか。
びっくりした私たちの顔を見回して、「すみま……」と謝りかけて、久しぶりにぐっと下唇を噛んだ。
というわけで、まさかのダンジョン内での即興鍋作りが始まった。
富久澄さんに強化された地念ちゃんが金属板を叩いて『大鍋もどき』に成形し、瓦礫を集めて作った台座に乗せる。
その中に私が作った氷を入れたら、練くんが下から温めるのだ。
「念のため、十分ほど沸かしてください」
と、地念ちゃん。
「はーい」
元気のいい返事をして沸騰を待つ間、空白が頭を整理させたのか、私はちょっと前から聞きそびれていたことを思い出して練くんに肩を寄せた。
「ねえねえ練くん、炎の皇帝がいるんだから、力マシマシな感じ?」
前回のダンジョンの私と同じ感覚を、練くんも持っているだろうかと期待したのだ。
だが……
「いや、全然」
彼は鍋を見たまま、ぶっきらぼうに短く答えただけだった。
「やっぱり……違うんじゃないでしょうか」と、地念ちゃんが会話に入ってきた。「炎の皇帝なんて仰々しい……」
彼はその名称にもひっかっかているようだ。
「でも」と、私は溢れ出てくる疑問をそのまま口にした。「じゃあなんでこんなダンジョンに〝『炎の皇帝』がいるかも〟なんていう噂が立ったんだろう……?」
お湯はぐらぐらと煮え立つ。
私たち三人は、まるで泡の中へ吸い込まれたかのように、湯気を眺めながらぼんやりと思考を巡らせた。
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