第84話 すごいパワー……
その瞬間まで、私は「難しいことは考えず、上から氷塊を落とせば潰せるのでは」と思っていた。
だが、いざその時が来くると、直感が「無理だ」と訴えてきた。
ここではそれほど大きな氷は作れない。気温は高いし、水分が足りない。
本能的に、瞬時に代替案を生み出すのは困難だという恐れもあった。だが、直感を信じる。
失策になりそうなら避けるべきだ。たとえ困難であっても。
敵全体を吹雪で包み込もう。
急激な冷却とまではいかないかもしれないが……
不安を抱えながらも出力を最大にと集中する。
すると、富久澄さんに触れられている背中が、真ん中あたりからどんどん冷たくなっていくのが感じられた。
これが『増幅』の力なのか……!
氷の女王の足元で戦った時のような、力が湧き上がってくる感覚だ。
「神鏑木、十分だ! 本田!」
獅子戸さんの号令で、練くんが火車を消滅させる。
同時に、私はありったけの力で、敵を飲み込む吹雪を作り上げた。
敵から十メートルは離れている私たちの足元まで冷気が駆け抜け、床が氷の模様で装飾されていく。
あまりの寒さに、チームみんなが身を寄せ合っていくのが視界の端に映った。
『増幅』の力だけではない。
これは、私の内側にある『凍える闇』ってやつの力かもしれない!
〝凍える闇は、常に汝の内にある……〟
再び女王の声。
あの、冷気の快感……
「本田!」
獅子戸さんの叫び声で、私は現実に引き戻された。
慌てて吹雪を収束させたが、大変なことになっていた。
部屋中凍りついてキラキラ光っているし、みんなガチガチと震えている。
「す、すみません。無我夢中で!」
「気を抜くな!」
凍った鎧兵は、揃ってギシギシと音を立てていた。
「やばい予感しかしねーんだけど……」
練くんが口走った通り、鎧兵は一斉に腕を振り、足踏みをして氷を振り落とした。
「やだ、気持ち悪い……」
と、富久澄さんが私の背中に隠れる。
一糸乱れぬ甲冑の足踏み。
だめだった……
この攻撃も、効かなかった……
絶望感が頭上から降り注いでくる。
重たい。
うう……、諦めちゃいけない。
再び正面から敵の動きを捉えると、前の二体が歩みを進めるところだった。
獅子戸さんの次なる指令はまだない。
「来るか」
と、練くんは身構えている。
彼はまだ、全然戦えるって顔だ。
四歩前に出た鎧兵は、不気味なほどに直立したかと思ったら、いきなりガタブルと大きく震え、爆発した。
いや、粉々になったわけじゃない。鎧のパーツを自らバラバラに吹き飛ばして攻撃してきたのだ。
「わ!」
私と練くんは思わず魔法を発動した。
氷壁と熱風で押し返すための火車を、同時に作ってしまったのだ。
二つの力は打ち消しあい、ボンと音がしてやわな水蒸気になってしまった。
今度こそおしまいだ。
鎧の破片ショットガンによって、我々は穴だらけ。運が良ければ切り傷。少しひどくて部分的に肉がなくなるか……それが頭や、動脈に近い場所なら一貫の終わり。
私と練くんに隠れている富久澄さんは無事だろうか……
彼女さえ無事なら……
だが、水蒸気がおさまって視界が開けた時、そこには思いもしない光景が広がっていた。
鎧兵たちは巨大鉄球がぶつかったように凹み、後退していたのだ。
「もう一度だ!」
獅子戸さんの叫び声で振り返ると、さらに後ろに下がっていた地念ちゃんが、メガネの奥から鬼の形相で拳を振り抜いた。
ドガッッ!!
見えない拳に殴られた鎧兵は、変形しながら再び後ろに押しやられる。
「叩き潰せ!」
練くんの声と同時に、地念ちゃんは指を組んだ両手を振り下ろした。
ゴシャッッ!!
鎧兵は床に叩きつけられ、押しつぶされた。
石と金属のぶつかるひどい音が響いたが、衝撃もすごかった。床も凹んだのだ。
地念ちゃんは何度も腕を振り下ろし徹底的に叩き潰した。
最後には鎧兵は、床の凹みに沿って伸ばされた一枚の金属板になっていた。
一瞬、私の目にははっきりと拳の幻影が見えたのだが、霞目のせいだったろうか。
「す、すごいパワー……」
最後尾の青木さんは声を震わせている。歓喜とか感動よりも、地念ちゃんへの畏怖の念が含まれているような口調だった。
当の本人は、力を使いすぎたのか、膝に手をついて荒い呼吸を繰り返している。
私は、素早く前へと進み出る獅子戸さんに肩を叩かれた。
「本田、カバー」
「は、はい!」
まさか状況確認のバックアップに選ばれるとは!
「何かあれば氷漬けにして時間を稼いで後退する」
「はい!」
二人でそっと〝クレーター〟を覗き見る。と、遠くから見たのと違って、甲冑がぺっちゃんこになっているのがわかった。
獅子戸さんは規定どおり、敵に直接触れないように、ピッケルで金属板を叩いた。
さっきまでの激しい戦闘から一転して、なんだかシュールなシーンに思えてしまいながらも、私も真剣に確認した。
「死んでますね……」
思わず呟くと、獅子戸さんは至極冷静に答えた。
「〝死んでいる〟で、正しいのかは分かりませんが、間違いなく動きませんね」
やっぱりなんだかシュールだ。
しかし、彼女が後方を見やって「クリア!」と宣言すると、どっと安堵の気持ちが込み上げてきた。
終わった。
ついに、難敵を倒したのだ。
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