第83話 氷で一気に冷やす

 私を目掛けて、両刃の剣が縦回転しながら飛んでくる。


「うわっ!」


 悲鳴を上げながらも、瞬時に氷のドームを作ってそれを受けることができた。

 青木さんも格納できたが、地念ちゃんには届かなかった。


「だから『うわ』じゃなくて技名を!」

「無理ですってば!」


 青木さんのカメラが私を下からのドアップで捉えている。あんたこそ、どこ撮ってんですかいと言いたいが、そんな場合じゃない。


 外を確認したい!

 透明度を上げてほしい!


 強く願うと、氷はプツプツと音を立ててすっきりと透明になった。

 剣を投げたのは、出入り口に一番近い左右の兵士のようだ。


「すごい。これで撮影できます!」


 興奮気味の青木さんが氷壁に身を寄せた途端、黒い塊がドームにぶつかった。


 ガンッ!

 ガンッ!!

 ガンッ!!!


「ひ!」


 鎧兵が氷を割ろうと斧で叩き始めたのだ。


「真ん中にしゃがんでて!」

 尻餅をつきそうになる青木さんを中央に座らせる。どれだけ狭いスペースでも壁から離れた方が気が楽だろう。


 前衛の四人は地念ちゃんの『カプセル』の中にいた。作戦会議をしているようだ。

 声は届かないだろうが、意思疎通はできないかと氷壁にへばりつく。


 外からは絶え間なく鎧兵が壁を叩いているから、氷が欠けたら補修しなくてはならない。


 獅子戸さんがこちらを見た。

 身振り手振りで何か伝えようとしている。


「荷物を……下ろす。手を……ぱっと、……離れ……。あ、離れろ!」


 私はリュックを床に投げ捨て、青木さんのそれも奪い取った。

 立ち上がらせた彼を引き寄せ、体のどこも壁に触れないように注意した。


「たぶん電撃を使う気なので、壁に触っちゃダメ。ゴムの靴底以外が地面に触れてたら危ないです。しっかり立って」

「え、電撃?」


 困惑する青木さんの手の中にはまだカメラが!


 しまった——……!!


 と、思った時にはもう遅い。


 ズガァァァンッッッ


 まるで雷が落ちたような衝撃だ。


 獅子戸さんの『発電』は、富久澄さんの『増幅』によって、もはや完全な『電撃』になっていた。


「あ、青木さん?」

「だ、大丈夫です!」


 幸い私たちもカメラも無事だった。

 氷が電気を逃がしてくれたのだろうか。


 しかし問題は、敵にも全然効いていないというところだった。


 敵は雷の衝撃でグラグラと揺れただけで、綺麗に五人ずつ前後二列に整列し始めた。


「全部で十体も……」

 青木さんはそれをフレームに収めながら、画面越しでもひしひしと伝わってくる恐ろしさに打ち震えた。

「大丈夫ですよね?」


 私を振り返る顔は、さっきまでの、どこか余裕のあるそれではなくなっていた。


「わかりません。炎と電気は効かないようですし、かといって氷では足止めにしかならないし……」


 視聴者のためにも、そして何よりも万が一の際には救助してもらうためにも、私は状況を声に出した。


 言っていて自分で恐ろしくなってくるが、青木さんは私以上に恐怖した。


「そんな……、なんでこんな……」

 青木さんは言葉が続かないようで、唇がわなないている。


 敵の動きは相変わらず遅い。今はじっと動かなくなっている。


 ふと、思うところがあった。


「もしかして、こっちが動くと反応して動くんでしょうか……」


 持論を述べたのは、間を埋めるためでもあったのだが、そうするうちに前の四人がじりじりと後退してきた。


 地念ちゃんのカプセルの後方が開き、練くんが氷に手を当てて溶かしてくれる。


「無事か?」

「二人とも」


 練くんの短い問いに、私も短く答える。

 地念ちゃんや富久澄さんも、前方を警戒しながら肩越しに私たちと目を合わせて頷いてくれた。


 続けて、獅子戸さんが作戦を告げる。

 それは思いもよらないものだった。


「『火車』で敵の温度を上げ、氷で一気に冷やす」


 そ、そうか。

 なるほど。

 その手があったか。


 私が納得すると同時に、獅子戸さんがズバリ言った。


「金属の弱体化を狙う」


「ひび割れでも起きれば嬉しいなと……」

と、地念ちゃん。

 彼が発案者なのだろう。少しの照れと、自尊心が見えた。カプセルを広げ、前方にシールドを張っている。


 ここへきて彼の念動力が著しく進化していて、まるで自分のことのように興奮してしまう。


「いいね! それでいきましょう!」


 十分な加熱と瞬間的な冷却が肝だ。

 ここ一番の大勝負の、大変な役回りを仰せつかったことになる。


「富久澄、二人への『増幅』を」

「はい!」


 並んで先頭に立った私と練くんの背に、富久澄さんの手がそれぞれ添えられる。


 勢い同意したけれど、出力やタイミングの一発勝負。

 私、できるかしら。


 なんて緊張している暇はない。

 できるかどうかじゃない。


 やらなくちゃ。


 やるんだ!


 隣には練くん。

 背中には富久澄さん。

 地念ちゃんに青木さんの気配。


 そして、獅子戸さん。


「いけ!」


 号令に、練くんが『火車』を走らせる。

 手元で小さく作ったそれは、敵に向かっていくにつれてどんどん巨大化し、スピードを上げていく。


『増幅』効果だ。


 敵の隊列を中心にして回転を早め、火の柱が生まれる。


 鎧が赤く変色し、金属が熱を持っているのがはっきりとわかった。


 十分だろう。


 獅子戸さんも私を見て頷いた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る