第5章 ダンジョンの真相へ
第82話 消し炭になれば御の字だ
人ひとり通るのがやっとの、狭く薄暗い通路だった。
もちろん洞窟だから直線は一つもなく、そして全方位岩肌である。
曲がりくねりながら、うねった道を進んでいたときだった。
何かに驚いて練くんが飛び退いたのだ。
私は氷の道を作りながら、自分の内側にあるという〝凍える闇〟というやつについて考え込んでしまっていて、周囲をまったく見ていなかった。
練くんにぶつかられ、よろめいた私の代わりに地念ちゃんが前に進み出てくれた。
「なにか飛んでました」
と、異変をキャッチしていた地念ちゃんが周りに説明するように言うと、練くんも落ち着いて調子を取り戻した。
「狐火!」
と、青木さんの望みどおり技の名前を叫んで火を灯す。
途端に前方へと散った火の玉に照らされて、現れたのは広場だった。
地図が正しければ、間もなく『地下三層広場(安全)』という名の場所に出るはずだった。そこで一泊する予定になっていたのだ。
そして今、見ているものは……
「なんか、人工的すぎません?」
私が思わずツッコミを入れてしまうほど、そこは四角い部屋だった。
選挙の時に投票へ行く小学校の体育館くらいの広さだろうか。
床はブロック敷きで真っ平。
壁にはアーチ状にくり抜かれた凹みがあり、ちょっとゴージャスな印象だ。
「え、こんな……」
獅子戸さんも驚いている。
何事も事前準備を入念にする人なのに、この広場については知らなかったのだろうか。
そのとき。
「危ない!」
富久澄さんの声で、間一髪、地念ちゃんのカプセルが何かから私たちを守ってくれた。
何から?
思わず引っ込めた首を恐る恐る巡らせると、 ガンッとカプセルにぶつかって、ガシャンと床に落ちたのは……、斧。
「お、斧?」
思わぬ物理的な武器に驚いて声をあげると、
「危なかった……」
と呟く地念ちゃんの声も震えている。
まさか飛んできた斧をガードできるとは思ってなかったのだろう。
でも素早く対応してくれて助かった。
「っていうか、なんで斧?」
拾い上げようと手を伸ばしたら、そいつがいきなりブルブルと震えた。
「わ!」
思わず氷漬けにしてしまったが、それでも斧はガタガタと揺れている。
「本田さん! 『わ』じゃなくて技名!」
いやいやいや、それどころじゃないでしょう、青木さん!
「いたぞ。奥に二体」
練くんが狐火を増やして、部屋の奥でぼんやり立っている二つの人影を指差した。
「プレートアーマー、ですかね……」
と、地念ちゃん。
私も二人の間から覗き込む。
それは西洋の鎧兜みたいだった。
右の人は左手に盾を持ち、右手を前に突き出している。
左の人は剣と盾をきちんと持っている。
あ、右の人が斧を投げたんだ。
……『人』でいいんだろうか?
馬鹿なことが頭をよぎっている間に、富久澄さんの震える声。
「武器だけじゃなく、防具まで使ってるってこと?」
その瞬間、落ちていた斧が一層強く震え出した。
そして、
ガシャン!
大きな音と共に、斧は氷を破って持ち主の手の中に飛んで帰ってしまった。
「……氷はダメかも」
私は力なく白状した。
斧と剣を持った二人の戦士がこちらを見ている。
不気味なほど直立不動だ。
私たちは一斉に獅子戸さんを振り返った。
撤退か、交戦か。
「ここを通らなければ次の区画へ行けません。前進! 富久澄、神鏑木の『火球』を増幅。溶けるか、消し炭になれば御の字だ。地念寺、カバーに入れ」
リーダーの号令に、一気に気合が入る。
体を折りたたみながらも、それを捉える青木さんのカメラ。
狭い通路で前後を入れ替え、富久澄さんが練くんの背を支えるようにして前進していく。その後ろに獅子戸さんが続く。
地念ちゃんは青木さんを守りながら、また武器が飛んでこないか警戒。
そして私は後ろからの攻撃に備えて通路に体を半分残した。
数歩部屋に入ったところで練くんが『火球』をチャージし始めたが、敵は動く気配がない。
「なんなんだ、あいつら……」
ズーム機能で敵をアップにした青木さんの声が恐怖を物語っているようだった。
次の瞬間、練くんが叫んだ。
「いくぞ!」
それは富久澄さんへの合図だったようだが、青木さんが素早く彼をフレームに収めた。
ドォンッ!!
熱すぎてちょっと白く見えるほどの『火球』が投げられ、甲冑二人にクリーンヒット!
……したように見えたが……、煙で何も見えない。
地念ちゃんがサッと手を払うと、白煙は流れて消えた。
すると、そこには、二、三歩後退しただけの甲冑が同じ姿勢で立っていた。
「うそ……」と、富久澄さん。
「なんだよ……」と、練くんも呟く。
私も全神経が前方へと集中していたのだが、そのとき、微かな金属の触れ合うようなカシャンという音が耳に届いた。
素早く視線を投げる。と、同時に私は叫んでいた。
「アーチの下に一体ずついます!」
鎧戦士は二体だけではなかったのだ。
「下がれ!」
私の報告に、獅子戸さんがほとんど反射的に号令をかける。
しかし、それは遅すぎる判断だった。
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