第81話 『増幅』はどうだったの?
その瞬間、私は氷の増強を抑えた。
同時に地念ちゃんがありったけの力で空中にパンチ。
氷壁が見えない拳で打ち破られる。
それは確かに増幅された、強力な力のようだった。
次の瞬間、まるで息を揃えたかのように我々は一気にしゃがみ込んだ。
『火球』だ。
さっきよりも大きくチャージできたそれが、轟音を響かせて敵に向かって一直線に投げつけられた。
終わった……、かな。
「確認するまで体勢を崩すな」
首を伸ばそうとした私に、獅子戸さんの厳しい指示が飛んでくる。
慌てて身構えながら様子を伺っていると、獅子戸さんと練くんが、敵の来た方へ走っていった。
耳の聞こえが戻り始めた。
奴らの足音はしなくなっている。
「クリア!」
獅子戸さんの報告に、やっと安心して体から力を抜いた。
同時に、遠くからコメント読み上げ機能の無機質な音声が届く。
〈すごい!〉
〈おもしろかった!〉
〈かっこいい〉
〈やっぱり配信班の方が迫力あるなー〉
安全の確認が取れて、青木さんが音量をあげたのだろう。
視聴者に褒められた直後ではあるが、私たちは座り込んでしまった。
ダンジョンでは、下層にいくほど心身へのダメージが増すからだ。それはまるで水圧のようなものだった。
獅子戸さんと練くんが、二本ある道をそれぞれ見張ってくれている。
私と地念ちゃんは並んで水を飲みながら、さっきの失敗について話し合うことにした。
「骸骨なんて初めて見ました……、というか……」
と、地念ちゃんがメガネを押し上げる。
「ご存知のとおり、チームを追放されてばかりだったので、実際に戦った相手の方が少ないんですけどね」
神妙な面持ちのその発言が、本気の自虐ではなくユーモアの範疇だと感じて、私もわざとらしく殊勝な顔で敬語で応じた。
「ああ、そうでしたね……」
「作戦を考えましょうか……」
「はい……」と答えたところで、私はおかしくなって笑ってしまった。
「私たちの役目は、練くんが『火球』のチャージに集中できるよう、敵を足止めすることだと思うんだけど」
という私の現状把握に、地念ちゃんも頷いた。
そこで私は、別の点を確認することにした。
「富久澄さんの『増幅』はどうだったの?」
「感覚的には、いつもより強い力が出たような、気がしたような……。プラスチックのメリケンサックつけたくらいの」
「おお。すごい、のか?」
「もう少し、波長が合わないとダメなのかもしれないです。神鏑木さんと『土星』を作った時には、決まった! って感覚があったので」
地念ちゃんが小さくガッツポーズするのが珍しくて、「おおー」と手を叩いてしまった。
そこへ青木さんが走り寄ってくる。
「あの、カメラの前でやってください、そういうの」
「休憩中もですか?」
「休憩中に質疑応答するって約束だったじゃないですか」
驚いて声を上げた私に、青木さんは「忘れたの?」と言わんばかりの不満げな顔をした。
「疲れてるので、ちょっと……」
教授役である地念ちゃんがやんわり断ると、青木さんは私たちの前にどっかりと腰を下ろした。
「じゃあ、作戦会議ぐらい撮影させてください」
仕方ないか……
視聴者に聞かれても、敵に作戦がバレるわけじゃないし……
「えっと……完全に燃やす尽くさないと再生するから、氷漬けにするわけにはいかないし、カプセルも火を通さないからダメだよね」
平静を装って、頑張って話してみる。
カメラを見ないように、地念ちゃんを凝視して。
「カプセルで閉じ込めて、ギリギリで解除するという手もあるかな、と、さっき思いまして。そんなに動きは早くなかったので」
うんうんと頷きながら、私の脳みそは、残酷なことを思いついてしまった。
「カプセルの中で燃やすってのは?」
見えない壁に閉じ込められ、地獄の業火で焼かれて炭になる骸骨たち……
地念ちゃんもその光景をしっかりと想像したようだ。苦い顔をしながらも検討してくれた。
「……空気穴さえ作ることができれば可能かと思います」
「『かまど』かな……」
「『火葬炉』って、気もしますが……」
この期に及んでモンスターに〝かわいそう〟という感情が浮かんでしまって、二人の視線が地面を泳ぐ。
「この状況では現実的じゃないかな。今ある手札で確実な方法だと、やっぱりさっきの感じかな」
私の結論に、地念ちゃんはハッとして顔を上げた。
「氷の箱に入れるのはどうでしょうか」
「あ、それだね! 部屋の端から端まで氷壁作るの大変だと思ってたんだよ……」
そこまで言って、ふと視線が気になって目をやると、カメラの向こうの青木さんがとんでもなくニヤついている。
きっと視聴者が盛り上がっているのでしょう……
「みなさん、いけますか?」
と、獅子戸さんの号令がかかったのをいいことに、逃げるようにカメラの前から立ち去った。
青木さんは出発準備に入る富久澄さんを映しに行き、彼女はまた旺盛なサービス精神でコメントを返している。
私は練くんの背中を見た。
そういえば千葉ダンジョンでは、『氷の女王』の影響で私の能力はほぼ無限に増大していた。
このダンジョンに『炎の皇帝』と呼ばれる火属性のモンスターがいるのであれば、練くんの能力も増強されているのだろうか。
あの、無限の力……
私は身震いした。
正直、気持ちよかった。
どれほど魔法を使っても疲れないし、空気中の水分子たちは私の呼びかけにすぐ応えてくれた。
いまも、あの力を呼び覚ますことができるのだろうか……
〝凍える闇は、常に汝の内にある……〟
女王の声が、耳元で聞こえた気がした。
訓練しはじめた頃は、気を抜くと自分の能力のせいで凍えてしまいそうだったのに、いまはしっかり制御できている。
なら、もっと自在に操れるようになれるかもしれない。
しかもそれは、自分の内側にあるはずだ。
氷の道を作りながら、私はその氷の、冷気の隅々まで気を配ってみた。
そうするとなんだか、それら全てが生き物のように思えてきた。
とっくに自分でも〝水分子が応えてくれた〟と思っていたわけだが、そのとおりだ。
彼らは気前よく集まって、氷の女王の力を授かった私に協力してくれている……
そうか!
私は急にひらめいた。
だが、同時に別の出来事があって、せっかくの思いつきを掴み損なった。
「うわ!」
と、目の前の練くんが悲鳴を上げて飛び退いたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます