第80話 あれ試してみよう!

「行き止まりだ」

と、練くんの声が虚しく洞窟内に響く。


「おかしいですね……少し戻りましょう」

と、最後尾の獅子戸さん。


 なんだか本当に、罠にはめられているような気がしてくる……


 その疑念は、時を経ずに確信に変わった。

 いま来た道が、塞がっていたのだ……!


「嘘だろ……」


 練くんが壁に手をつく。

 私も思わず壁を触ってみた。


 さっきの落とし穴がそうだったように、これも作り物じゃないかと思ったのだ。


「ちゃんと、岩だね……」

「どうなってんだよ……」


 嫌な空気が流れる。

 それでもこのダンジョンは全域で地図の作成が終わっている。

 印を間違えなければ、いかに道を塞がれようとも迷うことはない……はずだ……


 残念ながら、私たちはうっすら迷子になった。


 というか、何かの意思によってどこかへいざなわれているような感じがする……


 そんなポエミーなこと言っても、迷子は迷子だ。


 先頭をいく練くんが再び落とし穴に落ちかけて、我々は本気で作戦を再考することになった。


「氷で舗装するのは、どうでしょうか」


 私の提案に練くんが顔をしかめる。


「滑って危なくない?」

「表面が荒ければ、少しは摩擦が増えると思う……落ちるよりはマシじゃないかな……」

「いいよ。じゃあそれで」


 しぶしぶという感じだったが、それで練くんの後ろを歩きながら数メートル先まで分厚い氷の道を作ることになった。


 広い道路を作るのは体力がもつか心配なので、二人分くらいの幅しかないけれど。


「あれみたいですね、黄色い煉瓦の道をたどって行く……」

と、すぐ後ろで地念ちゃんがつぶやいた。


 能力を使い続けてバテ気味だった私も、遠い記憶の児童書を思い出して微笑ましい気持ちになる。


「エメラルドシティにね、行きたいね、私たちも……」


 その後、落石には二度遭遇した。


 落ち着いて対処すれば問題なくかわすことができたのだが、二度目の落石で道が一本潰れてしまった。そのため、避けようと思っていた、崖のような急な坂を降りる羽目になる。


「氷で足場を作ります。その前に、荷物を先に降ろすのはどうでしょう」

「そうですね。そうしましょう……」


 獅子戸さんははいつになく歯切れが悪かった。

 こんなことになって疲れ切っているのかもしれない。


 食料のせいで大荷物だ。地念ちゃんに働いてもらって、私たちの荷物は先に下の地面に着地した。


 坂道を転がり落ちないように足場を点々と設置し、二階分くらいの降下を一気に完了させる。


 着地したらすぐに安全確認。といっても、奥の方は暗くて何も見えない。

 その間、獅子戸さんは手元の明かりで地図を見つめていた。


「もう、地下三層……かもしれません。いえ、そうです」


 彼女は地図の中から自分たちの現在位置を探し出して赤丸をつけた。


 私は思わず周囲を見回した。


「丸一日はかかるって予定でしたけど、最短距離で来たってことですか?」


 みんなも同じ気持ちだったようだ。

 ここまでモンスターとは一度も出会わなかった。


 だが、ここは、どうにも嫌な感じがする。

 地念ちゃんの言葉を借りるなら、〝オドが溜まっている〟ってやつだ。


 最初にそれに気がついたのは、富久澄さんだった。


「あの……、なにか来てませんか……」


 全員足を止め、耳をそばだてる。


「……本当だ、なにか」と言って、私は言葉を切った。


 薄暗く湿った洞窟の地面を鳴らして、何かが歩いてくる。


 ガチャガチャという音は、まるで金属か石がぶつかるような感じだ。


 地念ちゃんと私が身構えると同時に、練くんが先頭に立って、『狐火』を放った。


 暗かった空間が四方八方から隈なく照らされ、ここが天井が高くて細長く、巨大な岩だらけで視界の悪い場所だとわかる。


 そして奥の岩陰から近づいてくる音の正体は……


「が、骸骨!?」


 人の骨が歩いている。

 しかも剣を持って。


 その姿に、チーム全員が硬直したようだ。


 気持ち悪い!

 前回のゴブリン以上に嫌!


「すみません! 技の名前は叫んでください!」


 いや青木さん!

 それどころじゃないでしょう!?


「地念寺、本田、足止めを! 神鏑木『火球』チャージ!」


 獅子戸さんが息を吹き返し、的確に指示を飛ばしてくれた。

 骸骨兵は緩やかに二列になって次々と出てくる。


「手前いきます」

と、地念ちゃんが猫騙しのように体の前で大きく手を叩くと、十数メートルほどまで迫っていた先頭集団が、ぎゅっと集められた。


 しかし……


「あ……」


 骨はバラバラと崩れ、地念ちゃんの『インビジブル・ハンド』の指の隙間から地面に落ちてしまう。


 その上、また組み上がり、立ち上がって、歩き出したのだ。


 私は後方連中の足元を氷漬けにしていたが、それもやはり、凍った膝下を折って捨てて、四つん這いで駆けてくる。


 やばい。


 ちらりと横を見れば、地念ちゃんも切羽詰まった顔をしていた。


 万事窮すと思ったときだ。


「伏せろ!」


 反射的に叫び声に応じた私たちの頭上を、豪速球の『火球』が飛び越えた。


 熱っ!

 近っ!


 ドンッッ!!


 直撃した連中は消し炭になり、後続も爆風で後ろに吹き飛ばされた。


「薄めの氷壁を。火球のタイミングで僕が壊します」

「はい!」


 狭い空間で爆発したせいで耳が変だ。

 地念ちゃんの提案に大声で返してしまったが、彼も聞こえが悪くなっていたようだ。


 私は岩に挟まれた通路いっぱいの氷壁を作り上げた。


 火球のせいで暑い。

 時間もかかったし、今にも溶けてしまいそうだ。


 慌てて上着を脱ぐ。

 少しでも体温を下げないと。


 骸骨兵はちゃんと剣を使って氷壁を叩いてくる。

 透けて見えるおかげで、地念ちゃんはモグラ叩きのように壁の向こうで押し返す。


 そのとき、富久澄さんが駆け寄ってきて、地念ちゃんの背中に手を当てた。

「地念寺くん! あれ試してみよう!」


 まさかの『増幅』実地テストだ。


 その後ろからさらに、獅子戸さんの合図が来た。

「チャージ完了!」


 

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