第79話 生きたダンジョンかもしれない!

「本田さんのおっしゃることももっともです。危機ではなく、先ほど視聴者のみなさんのコメントにあったように、私たちの知識を使いましょう」


 獅子戸さんの言葉で、方針が決まった。

 視聴者数アップも任務のうちだ。そこに楯突く気はない。他の方法があるならなによりだ。


「しばらくの間、先へ進みながら皆さんの質問にお答えしていくというのは、どうでしょうか」


 獅子戸さんの提案は、多少ぎこちない空気を孕んでいたが、富久澄さんの抱えるタブレットの中は大いに盛り上がったとみえる。

「えっと、じゃあ、私がピックアップしますね」


 そうしてはじまった質疑応答では、主に地念ちゃんがダンジョンやモンスターの知識をフル活用して答えてくれた。


 本当は止まって安全を確保したときにすべきなのだろうけれど、我々には安易に立ち止まれない理由があった。


 実はこのダンジョンに潜る前日、氷結三班だけのミーティングで、あらかじめ「これだけは死守しよう」というルールを決めていたのだ。


 それは、『氷結三班は三日でギブアップする』だった。


 探索期間は最長七日と提示されているのだが、そんなにダンジョンにいたら青木さんの精神がもたないだろうと、富久澄さんと地念ちゃんが心配したのがはじまりだった。


 青木さん本人はプライドもあるのか大丈夫だと言って応じなかったのだが、最終的にはリーダーである獅子戸さんが飲んだ。


 そんなわけで、どんなに遅くても一日半で最深部まで辿り着けないなら、理由をつけて引き返すしかないのだ。


 慎重に。しかし急ぎたいところ。

 そういうわけで、歩きながらのファンサービスだ。


 今は『ブルーオクトパスは本当に陸上で活動可能か』という質問に回答しているのだが、それはさながらリモート講義のようになっていた。


「……なので、ご質問につきましては、『オクトパスと名付けたことがそもそも間違っていた』ということに尽きると思います。以上です」


 地念ちゃんったら、すごい。教授みたい。


 視聴者たちも、いままで配信班の恋愛モキュメンタリーでしか知ることのできなかったダンジョンについて、正しい知識を得られて大いに満足している様子だ。


 獅子戸さんの読みは当たった。良いファンサービスになっている。

 忙しなくカメラを操作する青木さんもニコニコだ。

 タブレットを抱えた富久澄さんが困惑するほど、視聴者数はどんどん増える。


 映りたくない練くんは先頭にいるから画角の外だし……

 と思ったら、その練くんが地図を高く掲げて振り返った。


「なあ、道が違うんだけど……」


「そんな……」

 獅子戸さんが先頭まで行って地図と睨めっこする。


 私たちも各々、アームカバーに差し込んでいた地図を取り出した。

 本当だ。ここは二股のはずなのに、一本道になっている。


 富久澄さんが、すかさず画面の向こうに解説を入れてくれた。

「私たちは装備品として、アームカバーに地図を入れているんです。紙の地図なら電池切れの心配もないですし、全体を見渡せて便利なんです」


 カメラは彼女の腕を映しながら、巧妙に地図を見せないようにしていた。

 青木さんはやはり優秀なんだな。


「地図が間違っているということでしょうか」

 地念ちゃんが、獅子戸さんの代わりに後方を警戒しながら投げかけた。


 すると、


「こ、このダンジョンは、奇妙なことが起こる、〝生きたダンジョン〟かもしれない!」


 突如として放たれる獅子戸さんの大声。


 ガチガチだ。

 今までで一番ガチガチ。

 棒読みもいいとこだ。


 このセリフはどこかで言わなくちゃいけなかったのだろうか。


 仕事とはいえ、かわいそう……


「あ、うん。そっか……」

と、昔馴染みのはずの練くんまで引き気味である。


「と、とにかく!」

 誤魔化そうとする獅子戸さんの声は完全に裏返った。

「地図と道に印をつけ、先に進みましょう……」


 通れなかった道に、千葉ダンジョンと同じ要領でバツ印をつける。


 私たちの、いわゆる『ステータス』というものは、今回の配信バトルに当たって特設サイトに掲載されている。

 獅子戸さんがピッケルを使って岩に印をつける様子も、コメントが〈あ、電撃の〉と合いの手を入れてくるくらい知られたことだった。


 これでまた隊列に戻って再び前進を……と思いきや、我々の空気は不穏なものに転じていた。


「なんか、バカみたいだよ、あんた」


 練くんがぼそっとつぶやいたのを、私の地獄耳が拾い上げたのだ。

 隣に並んだ獅子戸さんにしか聞こえないくらいの声量だった。


 彼女は何も答えなかった。


「どうせ上の連中の言いなりなんだろ」


 今度の声は大きかった。

 マイクも拾ったかもしれない。


「任務です。これが、私の仕事ですから」


 二人の間に、ぴりっとした空気が流れた。


 前回も練くんが「へっぽこ指導官」と言ったのがきっかけで、人事面談になったわけだけど、今回もこの二人のやりとりにはドキドキさせられる。


 でも、前より落ち着いてるし、建設的、かな……


 地念ちゃんが一歩前へ出た。なだめてくれるのかと思ったら、違った。


「僕も、質疑応答は今やるべきこととは思えません。間違いがあってはいけないので、脳のリソースをかなり使ってしまい、周囲に気が回りません」

と、珍しくはっきり意見を申し立てる。


 獅子戸さんがこれらをどう処理するのか、固唾を飲んで見守っていると、今度は富久澄さんが胸の前で小さく挙手した。


「たくさんの人に見てもらうのも、任務の一部なんですよね」

「ええ。そうです」


 確認するような問いかけに、獅子戸さんが頷く。

 すると、富久澄さんはパッと晴れやかな笑顔をカメラへ向けた。


「確かに移動中のおしゃべりは転んじゃったりすると危険だから、休憩のタイミングでコメント返ししましょう。みなさん、そういうことで、よろしくお願いします!」


 ひいぃ……

 おじさんが転んだこと引き合いに出されちゃった!

 でもこれで治まってくれたみたいだから、全然オッケーです!


 建設的な富久澄さんに救われて、私たちは前進を再開した。


 

———

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