第78話 なんだお前?

 決意を新たにしたというのに、その後の私たちを待っていたのは、またしてもダラダラと歩くだけの時間。


 気が抜けてくる……


 練くんはせっかちに歩調が早くなって距離ができてしまうし、地念ちゃんは半分寝ながら歩いているし、私も「任務が終わったら何食べようかなー」とか考え始めていた。


 ところが。


 パラ……

 パラパラ……


 何かが降ってくる音が……すぐ近くで……


 そう思うのと、それが砂であると感知するのは同時だった。


 反射的に右側の壁面を見上げると、天井の手前で凹んでいる。

 上に通路があるのかもしれない。


「誰かいる!」


 私が指さして叫んだ、まさにその瞬間。


 ガラガラガラッッ!!!


 激しい音と砂埃を立てて、落石が起きたのだ。


 間一髪だった。

 顔を覆ってしまった腕をどかして目を開けると、富久澄さんが青木さんにしがみついていた。

 そうか、『絶対防壁』か。


 と思ったら、隣で地念ちゃんも腕を伸ばして力んでいる。


「私たちじゃないです」

と、富久澄さん。


 青木さんもカメラを構えたまま頭を下げてくる。


「すみません。撮影に集中してて、発動できなかったみたいです……」


 それなら仕方ない。

 最後尾の獅子戸さんも、周囲へ警戒しながら注意した。


「富久澄さん、青木さんはもともと能力者ではないので、『絶対防壁』は過信しないほうがいいです」

「は、はい…」


 心優しい富久澄さんは、今のセリフで青木さんが傷ついていないか心配したようだった。


 地念ちゃんは腕を動かして岩を道の脇へ下ろした。


 私も氷壁とか作ればよかっただろうに、頭は完全にラーメンのことでいっぱいだった。マンション近くの豚骨ラーメン専門店が懐かしくてたまらない。


 だいぶ先を行っていた練くんが、前方の安全を確認したのち「こっちは異常なし。大丈夫か!」と走ってきた。


 いやいや待った。

 そんなことよりも、あの人影。

 いやモンスター影か?


「何かいましたよね!」

「俺も見た!」


 私の必死の問いかけに、練くんだけが反応した。離れていたからしっかり見えたのだろう。


「追いましょう!」


 全員に呼びかけながら、上へ行くための階段を作ろうと吹雪を集め出す。が、獅子戸さんがそれを止めてきた。


「深追いするな!」


 その剣幕に驚いて、全員が彼女に向かった。


「なんでだよ!」

と、練くんは不満いっぱいだ。


「ここは奴らのテリトリーです。誘われるままに行ったら、きっと、もっと何か大きな罠があるかもしれません。今はとにかく、最深部を目指します」


 確かにそうかもしれない……

 それが指揮官の判断ならば……


 私は練くんに目配せして、お互いの気を鎮めるよう務めた。


 ようやくすべての瓦礫を綺麗にどかした地念ちゃんが、汗を拭っている。

 言われてみれば、この状況で追いかけていったら、隊が二分されていたかもしれない。


 隊列に戻りながら的確な判断の獅子戸さんを振り返ったら、すぐ後ろの青木さんが彼女に囁いているのが聞こえてしまった。


「今のはよかったですね」


 え……?

 今、なんて……?


 私は耳を疑ってしまった。

 その発言はちょっと……はしゃぎすぎじゃないだろうか……


 前回も彼は浮かれているように見受けられた。

 けれども、彼にとっては久しぶりのダンジョンで、しかも新発明のDリンクシステムという配信機器を持っているから仕方がないと思えた。


 それに、その後は非能力者で体調不良を抱えながらも、見事に『凍てつく鉄槌』との戦いを乗り越え、富久澄さんと『絶対防壁』を発動させたことなど賞賛に値すると思っていた。


 それなのに、今回はどうしたんだろう。

 私はどうしても、前回のはしゃぎ方とはまた少し違った、妙な雰囲気を感じてしまう。


「また数字が伸びてますよ」


 鼻にかかった甘い声の、いかにもニヤッとした語感に、私は黙っていられなくなってしまった。


「青木さん、大丈夫ですか?」


 振り返って、表情や仕草から心配のオーラを出してみる。


「え?」

と、彼は面食らっている。


 最初に頭に浮かんだのは「なんだお前?」って言葉だった。


 でもそれを飲み込んだら、怒りの源は、仲間なのに同じ目標を見ていない悲しみと、もしかしたらすでに具合が悪いのかも、という不安だと気がついた。

 

「上から岩を落とされて、大怪我してたかもしれないのに楽しそうにしているなんて、もしかして、千葉の時みたいに具合が悪くなってるのかもしれないと思って」


「いえ、今回は大丈夫です……」


 青木さんの返答は尻すぼみに消えた。


 彼の言うとおり、顔色は健康そうだし、目つきも普通だ。


「数字が大事なのはわかります。そういう指令ですもんね。でもそれに気を取られて、仲間や自分の危険を喜ぶようになったらおしまいだと思います。生きて帰らなきゃ、数字なんて無意味ですよ……」


 青木さんは、貼り付けている笑顔の口の端を引きつらせただけだった。


 ふと視界に入った獅子戸さんは、驚いたような、何か目を覚ましたような顔つきをしていた。


 ちょっと説教くさかったかも!

 なにか挽回しないと……!


 その時、隣を歩く地念ちゃんが、

「あっ、本田さん!」

と、声をあげた。


 ガッ!


 私は地面の出っ張りに足を取られて、前方につんのめってしまった。


「おっさん!」

 振り返った練くんに抱き止められて転倒は免れた。


 ああ、これでなんとか〝動画配信に否定的で偉そうな老害〟から〝ファニーなおじさん〟に方向転換できたかもしれない……


 でも全部配信されてるのは、やっぱり恥ずかしいな……

 

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