第76話 罠ってこと?
って、なんのアクションもないまま十五分以上ただ歩いてる!
こんな配信誰も見たくないんじゃないのか?
配信なんて気にしないで、と思っていたのに、あまりに道中なにもなさすぎて、私は不安に襲われ始めた。
視聴者の期待に応えなくていいの?
いや、そんなこと考える必要はない!
そんな思考の繰り返しだ。
「ちょっといいですか」
と、青木さんの声がして、肩越しに見やると彼が富久澄さんからタブレットを受け取っていた。
「やっぱり……二桁から引き離されてますね」
視聴者数のことだろう。
同時接続数、略して『同接』なんて言ったりするらしいと、配信班のあれこれを調べている間に知った。
一と百なのか、万と百万なのかわからないが、二桁とは開きが大きい。
青木さんも焦っているようだ。声が高くなる。
「むこうはすでに敵と交戦したようです。どうしますか?」
「どうしますかって、敵なんていないんだからしょうがないだろ」
と、練くんが先頭から、ほとんど反射的に返した。
青木さんは真剣な相談だったようだが、にべもない。
こんなところ配信されて、練くんが嫌な奴だと思われるのはよろしくない。
半分フォローするつもりで、私はとにかく口を動かした。
「『炎の帝王』がいるなんて聞いていたから、最初っから敵だらけかと思ったけど、千葉ダンジョンと変わらないね」
隣を歩く地念ちゃんが反応してくれた。
「ダンジョン探索と言っても、洞窟を歩く時間が主ですからね……」
その呟きに、後ろで富久澄さんが、ぱんと手を叩いた。
「でも敵が出ないわけじゃないんだから、気を引き締めて。配信とか、視聴者数とか気にしちゃダメだよ」
「そ、そうですね!」と、青木さんが急に大きな声を出した。
「どんなことが起きるかわからないのがダンジョンですから!」
自然な富久澄さんの叱咤激励と比べて、なんか用意したセリフっぽい言い方だったけど、カメラを回しながらじゃ気もそぞろになってそうなるか。
そのとき、青木さんのタブレットのミュートが切れた。
〈むしろ応援してる〉
〈声が聞こえにくい〉
〈そろそろ戦ってー〉
青木さんは「あれ? おかしいな」というようにミュートを戻すのにまごついている。
その姿に、私は彼がわざと切ったのではないかと、つい疑ってしまった。
コメントは次々読み上げられる。
〈こっち日本人しかいなくね?〉
〈海中がクライマックスだったな〉
〈ボス戦までは地味なんだ〉
そう簡単に、都合よく何かなんて起きないものなのよ。
ゲームしてるんじゃないんだから……
がっくり肩を落としかけた、その時だった。
そう。
恐ろしい、驚くべきことというのは、こういう気の抜けかけた状況で、一瞬にして襲いかかってくるものなのだ。
目の前にあったはずの練くんの背中が、パッと消えたのだ。
「え!」
私が驚嘆の声をあげたその瞬間に、地念ちゃんが両手を前に突き出す。
「落ちた!」
私は後ろの人たちに聞こえるように叫んでから、二歩前へ踏み出した。
大きな穴だ。
覗き込むと、練くんが浮かんでいた。
両手足をばたつかせていたが、体を捻ってこっちに向かうと、
「無事!」
と、手を振ってくる。
私はそこでようやく思いついた。
「あ、い、いま足場を!」
焦り出した私に、なだめるような声を地念ちゃんがかけてくる。
「潜水訓練で力の制御が上達したようで、こちらは余裕ですので、ゆっくりで大丈夫です」
「ありがとう」
礼を述べて再度、穴の中を覗き込む。深さを確認しないと足場が作れないからだ。
幅二メートル、深さ三メートルほど。
よし。
後ろの三人も寄ってきていた。
「崩落かな……」
と、富久澄さんの不安そうな顔。
確かに地面がスカスカで、今後もいつ床が抜けるかわからないとなったら大変なことだ。
しかし、私は別の心配事を見つけてしまった。
「これ、陥没したんじゃなくて、掘られたものです。落とし穴ですよ」
「なんでわかるんです!」
と、青木さんが声を上げた。
私は名探偵さながら、推論を述べる。
「自然にできたものにしては直線的すぎるし、壁面は土が詰まってるし、それにあそこ」
と、穴の中を指した。
「あれ、覆いを支えてたロープだと思います」
練くんと一緒に落ちた土の中に、ロープが顔を出している。たぶんビニールシートみたいなものも埋まってるんじゃないだろうか。
全員が嘆息した。低い唸り声をあげているものもいる。
「それって……つまり……」
富久澄さんは眉間に皺を寄せ、一瞬言い淀んだが、それを口にした。
「罠ってこと?」
私は答えなかった。
練くんの下に『馬鹿氷』を出現させて大きく成長させることに集中していたので、答えられなかったという方が近いだろう。
いや、答えたくなかったのかもしれない。
しかし、同じことを考える人がいた。
地念ちゃんだ。
「武器を使うゴブリンのように、罠を作るところまで進化したモンスターがいる……、ということでしょうか……」
その言葉に、全員が息を呑んだ。
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