第73話 『あっそ』って感じ

 グラグラする頭でベッドに横になったまま、ああ、いったいどれほど時間が経過しただろうか。


 勢いよくドアがノックされたかと思ったら、獅子戸さんの声がした。

「本田さん、大丈夫ですか? もうすぐ目標地点に到着します。準備してください」

「ふぁい……」


 大丈夫か聞きながらも、有無を言わさない調子で準備を指示する。

 さすが獅子戸さんだ。


 なんとかダンジョン用の装備を整えて、集合場所である船尾へ向かった。

 が、氷結三班の元に辿り着く前に〝面倒臭い人〟に捕まってしまった。


「本田さん、見てくれた? 熱海三部作」


 結城さんだ。

 タブレットをこちらへ向けながら、口角を持ち上げている。

 この人はどの状況でも元気なのだろうか。


 タブレットに目をやったが、どこを見たらいいのか分からず曖昧に微笑みだけを返してしまった。


「すごい反響でね。最終回には動画配信バトルの予告も差し込んだんだけど……」

と、彼はタブレットを操作する。

「待機人数がすごいことになってるよ」


 そう言って再びタブレットを突きつけられる。

 今度の画面はシンプルで、すぐにわかった。


 黒バックに大きく『vs炎の皇帝』とあり、その下に『第三氷結特殊部隊』『広報ダンジョン配信班』の文字が並んでいる。


「この数字が、待機者ですか?」

 それぞれの班の名前の下に、とんでもない数の数字が、今まさにカウントアップされていっている。


「それじゃ、勝ってくださいよ?」

 挑発するようにニヤリと笑われ、船酔いが少し治まった。


「あの、結城さん。私たちの目標はダンジョン攻略ですから、勝ち負けにはこだわらず、それに、危なくなったら助け合いましょう?」


 あの時はカメラの前で仲間に嫌なことを言われたから、つい臨戦体制になってしまったが、そういうことだ。

 私たちは十一人でひとつのチームのはずだ。


 結城さんは「ははは」と笑って背中を叩いてきた。


「そういうのいいですね。うん」


 なんだか納得したらしく彼は仲間の元へ戻っていった。

 いったいなんだったんだろう。


 そして今のやりとりも全部録画され、配信されるのだろうか。


 彼らの動画をチェックした感じだと、ほとんどが編集されていた。


 ダンジョン攻略は、私も前回の千葉ダンジョンで体験したけれど、途中は割りと、普通に洞窟をトボトボ歩いているだけのになってしまうから、生配信ではテンポが悪くなるだろう。彼らはうまく空白部分を切り詰めて編集しているように思えた。


 プレミアム公開の生配信では、逆に攻略後の感想戦やコメント返しなど、基地に戻ってからが多く、たまにダンジョン内から生配信する時でも、安全の確認を取って、休憩中の短い時間に限っているのだった。


 だから何が言いたいかって、今の、おじさんが一人で曖昧に笑ってるような場面は、きっとカットの対象だろうと思ったのだ。


 しかしもう一つ思うのは、今回はダンジョン内をずっと生配信するという、配信班としても前代未聞のチャレンジになる、ということ。


 そう考えると、結城さんには「勝負は関係ない」と告げたけれど、こっちにがないわけではないな、などと思ってしまったり。


 いかんいかん。

 やっぱり、勝負は関係なしだ。

 富久澄さんだって言ってたじゃないか。


「遅くなりましたー」

と、そんな仲間たちのところへ合流すると、練くんが妙な顔つきで視線を投げてきた。


「ん?」

と、目の先を辿っていくと、富久澄さんが燃えている。


「なんなのよ、あの子! もうっ、信じらんない!」


 え? え? 誰? なに?


 戸惑う私に練くんがスッと寄って解説してくれた。

「合流前に向こうの優衣ってやつに挑発されてたんだよ。俺、すぐ後ろにいたから聞こえちゃって。『自分の能力把握できたんスか? そんなんで潜って大丈夫っスか?』って」

「えー、そりゃショックだね」


 私の合いの手に、練くんは「だろ?」と首をすくめた。

「しかも聞こえなかったくらいの感じで『お互い安全第一で頑張りましょうね』って返したのに、優衣ってやつ急に吹き出して、『どの男にするか決めたんですか? クラッシャーここのさん』って」


 うわ!

 一番言われたくないあだ名!


「まぁ、だけどさ」

と、練くんは声を落とした。

「落ち込むより燃える方がいいよな。あいつも吹っ切れたんだろうな」


 そのセリフに、私の心はちょっと弾んだ。

 確かに、前回あの通り名を他人から口にされた時——それはコメント読み上げの自動音声だったけれど——彼女は必死に聞かないふりをして耐えているだけだった。


 今は違う。


「あいつの中でもなんか変わったんだろうな」

 そう呟いた練くんに、私は思わず尋ねていた。

「練くんも変わった?」


 半ば冗談のつもりだったのに、途端に彼は真面目な顔つきになった。


「うん。俺も挑発されたよ。琉夏るかに。でも全然。『あっそ』って感じ。だってどうせ配信班の言うことって、動画を面白くするためにやってる演技だもん」


 私は目をぱちくりさせてしまった。

 練くんも気づいてたのか。


「前までの俺だったら、気にして怒りまくったと思うけど……今はね。チームに迷惑かけたくないし。……おっさんのおかげかもな」

「私の?」


 練くんは完全に照れ笑いしているが、私だってたぶん赤面していると思う。


「何ってわけじゃないけど、なんか、ここまで色々、話したこととかで、俺たぶん、すっげーいい方向に変わってきたと思う。〝変わる〟って、悪くないな」


 その言葉に、私こそ救われた気がした。


 

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