第72話 これがDの力……
地念ちゃんが説明してくれた。
「動画リークした人物の会社です。『Dリンクシステム』の出資者が、アーロンさん」
「あー、あの人」
と、練くん。
私もリーク動画に出てきた男性を思い出した。
街ですれ違ったとしても気がつかないような普通の人っぽかったけど、世界的なIT長者だ。
「彼は能力者ではないものの、ダンジョンに興味津々で、ビリオネアなのでDRAGO-Nに巨額の投資をしているんです」
「『知る権利がある』とか言ってたよね」
と、富久澄さんが付け加える。
「じゃあ、彼がダンジョンの中を見たいから、配信バトルなんてことになっちゃったのかも?」
「その可能性も、あるかもですが……」
私はまとめるように言ったが、思慮深くて賢い地念ちゃんは簡単に断定しない。
「我々が氷の女王と遭遇したのも想定外のことだったと思いますが、『ダンジョンは異世界の魔王が作った牢獄だ』なんてことも驚愕の事実だったと思うんです。そこへきて急に〝配信バトル〟というのは、一体どういう流れなのか」
それを聞いて、練くんは四年間の経験から笑った。
「俺ら馬鹿みたいに『敵を倒して名前をつけて、地図を作れ』って命令しかされてなかったもんな」
「まぁとにかく、大人の事情はおいといて、任務に集中だよ!」
富久澄さんがパンと手を叩いて、その日は解散となった。
二週間後——……
波止場で黙々と荷物を運ぶ我々氷結三班と、配信班は対照的だった。
「すっごーい! 見て見て! クルーザーだよー!」
「おい、れる、はしゃぎすぎんなよ」
「こんなおっきいの初めてー」
「ホントお子様だよね。
クルーザーの
琉夏さん、れるるさん、優衣さんの三人の後ろから、自撮り棒を持った大地さんと結城さんがついて回っている。
ずっと撮影している……
「よく疲れませんよね」と、私の後ろを通り過ぎていく地念ちゃん。
「移動中もカメラ回してたのかな」と、富久澄さん。
「そうにきまってんじゃん」と、練くん。
三人ともいつもどおりの身軽なスポーツバッグ一つで、私も彼らを見習っていた。
あれから十四日。
私たちはまたスモークガラスのバンに押し込まれ、気がつけば埠頭。
巨大な黒塗りの『Dクルーザー』という船に乗せられていた。
「あーあ、やっと牢獄からおさらばだわ」
と、練くんが愚痴をこぼした。
配信班が熱海でダイビング講習を受け、それを撮影、編集、配信するまでの間、我々は本当に古びた訓練施設でカンヅメだったのだ。
「筋トレ以外にすることありませんでしたもんね……」
思い出してげっそりしている地念ちゃん。彼はこれから大役があるので緊張しているのだろう。
「私、なんかもういいやと思って配信見るのやめちゃったんだ」
と、富久澄さんはファンを辞めた宣言。
その彼女が、割り当てられた客室を開けて今度は歓喜の声をあげた。
「ちょっとみんな見て!」
「わ! これは先日までとは雲泥の差」
と、横から覗き込んだ地念ちゃんも目を丸くしている。
練くんも自分の部屋を開けて「すっげ!」と。
私も目の前のドアを開けると、千葉の豪華ホテルくらい広い客室が待っていた。
ホテルとして考えてもそこそこすごいが、船の中にこの広さと思うと本当に豪華客船というだけのことはあると思うし、昨日までの牢獄と比べたら、待遇が違いすぎる。
「これがDの力……」
という呟きが、つい漏れてしまった。
しかしそんな素晴らしい船なのに、私がそれを堪能することはなかった。
荷物を置いて甲板に出ると、地念ちゃんが周囲を見回して、
「東京湾、ですね……」
と、現在地を特定した。
だが私は、そのときからすでに若干船酔いしていた。
「やっぱりダンジョンDカンパニーの船みたいだね。〝D〟ってついてるのは全部そうなのかな」
と、富久澄さんは船内の装飾品に目を向けていた。
外見は近代的なのに、中は中世ヨーロッパ風というか、ファンタジーの世界に迷い込んだような雰囲気なのだ。
「なんか不思議。ちょっとワクワクしない?」
パッと振り返った富久澄さんの愛らしい笑顔が、一瞬にして驚きに変わる。
「ちょ! 本田さん! 顔が真っ青!」
「おい、大丈夫かよ、おっさん!」
練くんも駆け寄ってくる。
富久澄さんが思わず私の手を握って、
「あ、そっか、ダンジョンじゃないんだった!」
と、慌てて手を引っ込めた。
うわー、みんなに心配されて恥ずかしい……
薄れゆく意識の中で、いつもより多めの視線を感じた。
視線を移せば、配信班の顔ぶれ。
ああ……
こんな姿もカメラにバッチリ映っているのでしょうか……
けれども、もう抗議する気力も残っていなかった。
気がつくと私は自室のユニットバス。
船酔いマックスである。
甲板に出ていた方が楽という話もあるがまったく動けない。水を飲んだり、みんなが運んでくれる果物なんかを食べるので精一杯……
こんな状態ならダンジョンの方がマシ。
なんてことだ……
早くダンジョンに行きたいなんて思う日が来るとは……
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