第71話 くれぐれも安全第一に

 波乱含みの自己紹介が済むと、司会役の男性は何事もなかったかのように日程の説明に進んだ。


「出発は十四日後。専用の船で直接ダンジョンへ向かいます。船の中で一泊。波の様子で所要時間は変わりますが、概ね三十六時間ほどです」


 長……

 船なんて忘年会の屋形船しか乗ったことないけど、酔わないか心配。


 沖ノ鳥島ってそんなに遠かったのか、と資料に印刷された簡易的な地図を眺める。


「沖で小型船に乗り換えていただき、能力発動範囲に入りましたら……ね、海に、入ってもらいます」


 たぶん彼、能力者じゃないな。

 私たちに遠慮しているというか、自分の方が下だと思っちゃってるっぽい態度だ。


 しかし続く話ぶりは、まるでゲームのルールを説明しているようだった。


「探査期間は最長でも七日です。『炎の皇帝』を倒すか、ギブアップすれば即終了となります。映像は『Dリンクシステム』を介して全世界に生配信されます。就寝中など接続を切れば放送は一時中断されます。詳しくは資料を参照してください……」


 司会者は、そこでやっと視線を上げた。


DRAGO-Nドラゴンからは、危険な映像は流すべきではないという通達が来ていますので、くれぐれも安全第一に」


「そんなことで面白いがとれるわけないじゃないか」

と、反論したのはもちろん結城さんだ。資料を放り投げるようにして続けた。

「視聴者は刺激を求めてるんだから」


 司会者はキョロキョロと視線を泳がせた。

「それは私の管轄ではありませんので、上に掛け合ってください。今日は以上です」


 正論を返すと、そそくさと退出していく。


 結城さんはどんな反応をするのかと思いきや、「よし!」と大声を出した。


「繋ぎの確認と、アップの撮り直し行こう!」

「あたしもっかい、入るとこ撮り直してほしい」

「あ、れるるもお願いしまーす」


 配信班はさっそく楽しそうに作業に入っている。


「さーせん、ちょっと出てもらっていっすか?」


 精一杯丁寧に言ったつもりらしい大地くんに頼まれ、私たちはぼんやりと会議室を後にした。


 気がつけば、四人でまた私の〝独房〟に集合していた。


「結局、どう足掻いても我々はここに二週間、缶詰ということですね」

と、地念ちゃんが資料をめくっている。


 スマホを見ていた富久澄さんが「うそ!」と声をあげた。

「配信班はこれからダイビング講習だって!」


 こっちに傾けてくる画面に目をやれば、配信班のSNSに『熱海ダイビング講習で沈没船に辿り着けるか!?』と書いてある。


「そんなことまで配信するの? 拝金主義だなぁ……」

と、私がこぼすと、地念ちゃんが吹き出した。


「向こうは普通に潜んのかよ。なんで俺らは『カプセル』なんだよ」

と、練くん。

DRAGO-Nドラゴンの意向とか、関係あるかな?」

と、富久澄さんが神妙な顔をする。


「あのさ、DRAGO-Nってどういう組織なの? 国連みたいなもの?」

と、私。


 お恥ずかしながら基本情報を全然知らないのである。


 昨晩だって配信班のことばかり深掘りしてしまって、れるるさんが地下アイドルの十九歳とか、琉夏るかくんが〝メンコン〟にいたらしいというゴシップとかは見たのに、そっちはすっかり忘れていた。


 以前、富久澄さんが頭文字のことは教えてくれたけど……

 それも記憶が怪しい。


「えっと、ダンジョンの探査、防衛をする国際機関でして……」

と、地念ちゃんがDRAGOまでの頭文字を説明してくれる。

「で、最後の〝N〟は〝Nine〟ってことなんですけど、それは、北アメリカ、中南米、欧州、中東、ロシア、アジア、南北アフリカ、オーストラリアと諸島、の八つの連合と、その他をまとめて九つ目とした呼称です」


「それぞれの代表が各国、各地域のダンジョンの情報を持ち寄って、会議したりするってこと?」

「です」


 ニュースでも見聞きした気がするが、仕事で疲れて帰ったらバラエティ見て寝るような生活だったし、ダンジョンなんて、自分とは一生関係ないと思っていた。


 いや、いま真っ只中にいるじゃない!


「あー……、自分と関係していても、知らないことだらけだなぁ」

 あまりに情けなくてため息をついたら、みんなが私を見た。


「こんなの雑学のうちで、別に知らなくてもいいだろ」

と、練くんが呆れたように言って、肩にグーパンしてきた。

 それは以前私が言ったセリフだった。覚えていてくれたのか。


 今回のは知ってた方がいい情報の気もしますが、不器用に励まされて嬉しく思った。


「そうだよ、気にしないで! そんなことより、さっき配信班にガツンと言ってくれたのすごくかっこよかったし、嬉しかったです!」

と、富久澄さんも褒めてくれる。


「え、そ、そうかな……、ありがとう」


 若者にチアアップされて恥ずかしいような照れくさいような。


「もしかして……」と、地念ちゃんがメガネを押し上げる。

「DRAGO-Nより、『ダンジョン・D・カンパニー』の、アーロン氏の思惑かも知れないです……」


「ダンジョン?」

「D?」

「カンパニー?」


 また出てきた新しい固有名詞に、三人は口々に疑問系の単語を発した。


 

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