第70話 勝てそうな気がしてます

「そりゃそうでしょう」

と、対角線から投じられた結城さんの声は、獅子戸さんを侮蔑ぶべつしていた。

「配信班ですからね? 私たちは」


「ですが、これはまだ事前の打ち合わせで……」


 獅子戸さんは食い下がったが、結城さんは腕を組んで椅子にもたれた。

 拒絶、または威圧のサイン。


「私たちはリアルを届けてるんです。見てないんですか? いつもこうやって、入りから全部を配信してるでしょ。大丈夫ですよ。上手く編集しますから」


 そう言って、隣の大地くんと目配せし合う。

 え、編集まで自分たちでやってるの?


 昨夜こっそり彼らの動画を見たけれど、まるで映画みたいにすごく技術高かったんですけど。


 驚いている私の耳に、練くんの呟きが聞こえた。

「映るの嫌だって言ってんのに……」


 それに反応したのは、彼の正面に座っていた琉夏るかくんだった。

「練、お前まだそんな子どもみたいなこと言ってんのかよ」


「は?」

と、練くんは威嚇したが、琉夏くんは笑顔を絶やさず続ける。


「俺たちはダンジョンを制圧して、平和と秩序を取り戻すために戦ってるんだろ? 記録取られるくらいなんだよ」


 うーん、にこやかだけれど厳しいご指摘。


 でも本当に、映りたくないっていう要望は聞き届けられないものなのだろうか……

 何か事情がある人とかいるんじゃないか?

 そういう人は最初からここには来ないのか?


 練くんは言い返さず、そっぽ向いてしまった。のかもしれない。


「神鏑木練、Sランクの火炎魔法使い。カメラ恐怖症、だね」

と、代わりに琉夏くんが紹介して、それから斜め向かいの富久澄さんに「どうぞ」と目配せする。


 こんな振られ方は想定していなかったとみえ、富久澄さんは「え? あ、あたし?」と、慌ててしまった。


「富久澄……」

と言ったところで、「あっ」と気がついて立ち上がる。椅子が盛大な音を立てた。


「あ、すいません。あの、Cランクの回復魔法の富久澄……、あ、違った。今は補助魔法の増幅魔法で……あれ? えっと……調査中で」


 パニックじゃん!

 落ち着いて!


 オロオロする富久澄さんを見て、その正面に位置していた優衣ゆいさんが「ぷっ」と吹き出した。


「え、自分の能力わかってないんですか?」

と言うや、前のめりに机に両肘をついて畳み掛けた。

「政府のほうではそういう人をチームに入れていて大丈夫なんですか? ってゆーか回復役が一人以上入ってないと規則違反では? ってか全員お揃いのジャージとか中学生?」


 反論する隙がないほど捲し立てられ、最後は無関係の侮辱までされて富久澄さんは顔面蒼白で硬直している。


「いいでしょうか」

と、獅子戸さんがまっすぐ挙手し、誰の許可も待たずに続けた。

「彼女の能力は確かに調査中であり、現在は仮に『増幅』となっていますが、ご承知のとおり、これまでの作戦において『回復』として完全に機能しています。よって規則違反には当たりません。また、ジャージは支給品であり着用は任意です」


 すごい!

 かっこいい!


 しかし優衣さんは「ふーん」と言っただけで、だらっと座り直した。


 なんなのよ、配信班ったら、やべー奴しかいないじゃん!


 憤慨しそうになって、私は「待て待て」と自分を落ち着けた。

 ペコペコと愛嬌だけで渡り歩いてきた私だからわかった。


 なんか……、嘘くさいな……


 生まれ持って私は、人の顔色というものに対してとても敏感なのだ。

 よく見れば彼らは、表情も仕草も〝動画のために作られたキャラ〟だ。


 嫌なライバルを演じてるのか?

 だとして、なんで?


 考え事をしている私の隣で、地念ちゃんがお化けのようにぬるーっと立ち上がった。


 何度か開閉する唇。

「だ、だは……」

 息が漏れ、彼は力なく座り込んだ。


 よし! ナイスファイトだよ……!


 私は遺志を継ぐかのように気合を入れて立ち上がった。


 全員の視線が集まる。

 緊張しないのは、年の功だろうか。


「本田唯人、Sランクの氷結魔法使いです。つい一カ月ほど前に入隊したばかりで、まだまだ体力も経験も普通の中年おじさんですが、仲間と助け合いながら成長中です。第三氷結特殊班はどこよりも最高のチームだと思いますので、たぶん今回の配信バトルも勝てそうな気がしてます。よろしくお願いします」


 部屋の中のみんなと視線を合わせながら演説していた。

 最後は結城さんと目が合って、ぺこりと頭を下げた。


 するとニヤリと笑った結城さんが手を叩いた。

「さすがだね」


 えーと、「さすが」の使い方間違ってませんか??

 私への期待が思ったとおりだった? 本当に?


 完全に疑心暗鬼になっている私は穿うがった見方をしてしまう。

 そんな内心がバレないように、微笑んだまま着席。


「はい、えー、では。ミッションの日程について説明します」

 すかさず司会の方が話を進めてくれて、不穏な空気は一気に霧散する。


 しかし困ったことに、人前で話すことに緊張しないものの、自分の言動への後悔は人一倍する私は、いまさら冷や汗が止まらなくなっていた。


 配られた説明資料が手汗でたわんでしまう……

 勝てそうなんて言って挑発してしまって、大丈夫だっただろうか。

 

 霞みだす視界に、地念ちゃんが彼の資料を寄せてきた。


 なんだろう、と見るとそこには……


〈メフメト2世のように勇猛でした〉


 震える達筆。


 メ、メフ?

 誰?


 でも〝勇猛〟っていうからには褒め言葉だよね。

 私はホッと息を吐いた。



 

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