第3章 配信バトルへ
第68話 両方やってください
翌朝、寝ぼけ眼でトイレから出たら、廊下に富久澄さんが立っているのが見えた。壁にもたれてぼんやりしている。
「おはようございます」
「本田さん。おはようございます! 食堂、みんなで行きませんか。心細くて……」
「うんうん、いいよ。二人はもう起きてるの?」
会話が聞こえたのか、目の前のドアが開いて練くんが出てきた。
「起きてるよ」
「おはよう」
その瞬間、私はどうでもいい発見をした。
昨日、配信班のイケメン
練くんの髪型は癖毛がうまくまとまっているだけで、全然セットしてない。
パーマ当ててワックス使っている様子の琉夏くんと違って、練くんは素材がいいだけで、オシャレに無頓着のようだ。
若人の差異に気づくことができた誇らしさを噛み締めていたら、すぐに地念ちゃんもやってきた。
しかし彼は夜型人間だし、昨日は大変な一日だったせいもあってグロッキーだ。
「おあようごあいあす……」
「あ、うん……おはよう」
こっちは天然もなにも、本物の無頓着さんでボサボサだった。
「昨日大変だったのに、ちゃんと起きられて偉いね」
と、労うと、地念ちゃんはメガネをジャージの裾で拭いて掛け直しながら答えた。
「また配信班と鉢合わせたときに一人だと嫌なので……ご一緒できてよかったです」
気持ちはみんな一緒だったようだ。
だがそんな懸念はすぐに吹き飛んだ。
食堂に彼らの姿はなく、代わりにシャキシャキと朝食をとる獅子戸さんの姿があったのだ。
「おはようございます! ミーティングの前に全員揃いましたね」
同席すると、みんなで挨拶を交わし合った後、
「あとは青木さんだけですが、彼は直接会議室へ向かうそうです」
とのこと。
そうでした。
青木さんのことを忘れていたわけじゃないんだけど、どうも〝氷結三班〟というチームはこの五人というイメージが、私の中で固まっているようだ。
手早く食事を済ませて廊下を移動する間に、富久澄さんが質問した。
「顔合わせってどんなことするのか、みんな知りたいと思うんですけど……」
と、確認するように我々を見やるので、私は頷いて同意を示した。
「気楽に構えてください」
と、獅子戸さんは返答した。だが、振り返った表情は気軽とはほど遠く思えた。
「お互いに軽い自己紹介と、ダンジョンへの移動について、探索の日程などの打ち合わせです」
「自己紹介って……」
と、地念ちゃんの不安そうな声。
「名前と自身の能力について一言述べていただければそれで十分だと思います」
「適当でいいんだろ。新しいチームに移動したときと同じようなもんで」
練くんが投げ捨てるように言うと、富久澄さんのお母さんモードがオンになった。
「ちゃんとしたほうがいいと思うけどな。あっちは『政府公認広報ダンジョン配信班』、こっちは『防衛省地下迷宮対策部』ってことは、所属が違うんですよね」
それを受けて、獅子戸さんが解説を加えた。
「そういう見方をすれば、確かに、いわば私たちは地下迷宮対策部の代表として外部の人たちと連携することになりますね」
「うぅ……」
私の隣を歩いていた地念ちゃんの顔色が悪くなる。
「大丈夫だってば!」
と、思わず背中をドンと叩いたら、そのままよろめいて、前をいく練くんの背中に額をぶつけてメガネを落とし、それを壊さないようにと踏んだステップで壁に激突した。
「大丈夫じゃ……なさそうね……」
極限まで緊張したときの地念ちゃんは、まるでドミノ倒しだ。
背中をおさえる練くん、メガネを拾おうとしてくれた富久澄さんとさらにぶつかる地念ちゃん。ハラハラ見守るだけの私。獅子戸さんはジト目で待っているが、片頬が笑い出しそうに引きつっている。
そのときだ。
「大丈夫かぁ?」
完全に揶揄するイントネーションのお見舞いの言葉。
振り返れば、そこにいたのはもちろん配信班。
結城さんを先頭に、昨日も食堂で会った男性陣の大地さんと琉夏さん、そして今日は女性陣も揃っていた。配信で見たポニーテールの少女と、その後ろに、おでこ全開でパツッと切り揃えたボブヘアの、すらっと背の高い女性もいた。
少女は無表情で焦点の合わないような目をしていて、ボブヘアの彼女はむっつり唇を尖らせている。
対して、男性陣は概ねにこやかだ。
特に結城さんは。
「いやぁ、〝氷結三班〟は面白いなぁ。そうだ。こうしません? うちはシリアス路線でやってるんで、そっちはギャグ。担当分けして個性出したほうがいいと思うんだよねぇ。今ってアニメなんかもそうだけど、シリアスに物語を進めるパートとギャグパート、それから解説パートって物語が三部構成になってるのがウケるんだ」
いきなり何を言い出すんだ。
私は脊髄反射で言葉を返していた。
「だったら、私たち配信にはまだ疎いんで、解説パートだけやりますよ。そちらでシリアスとギャグと両方やってください」
言ってしまってから、こんな口答えして獅子戸さんの顔にしょっぱなから泥を塗ってしまったかと思ったが、全然違うことが起きた。
「どうぞー! みなさん、こちらです!」
と、会議室からバインダーを抱えた男性が顔を覗かせたのだ。
司会進行役、かな。
結城さんはすぐに破顔して「はい!」と答え、軍団を引き連れ、私たちの前を通り過ぎて部屋へ入って行った。
我々も後に続くしかない。
「ナイスファイト」と、ボソッと練くん。
「あー、やだやだ」と、地念ちゃんはメガネを直しながら。
ぺこっと頭を下げて富久澄さんが続き、最後に獅子戸さんがポンと私の肩を叩いてくれた。
褒められた! と思ったら、
「我々の知識では、解説パートは引き受けられません」
と、わざと真面目な顔をして返してくるから、私は笑ってしまった。
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