第67話 配信バトル楽しみましょう

 結城さんが元気な声量でフランクに私を呼んで、ズンズン歩み寄ってくる。


「あ、はい。第三氷結特殊班、本田です」


 反射的に立ち上がって挨拶を返したが、思わず硬い感じになってしまった。

 初対面だからこんなものですよね?


「いやー、本物だ」


 バッと差し出され右手を取ると、太い腕でがっちり握手された。

 口元は笑ったまま、ギラギラした目がまっすぐ見てくる。

 怖い人だ!

 と思ったら、やっぱりだった。


「Sランクが見つかったって聞いたから、私も資料見させてもらったけど、訓練映像見るかぎり、率直に言って『使えない』の一言だよ」


 練くんが立ち上がりそうになったのを、私は目で制した。

 結城さんは天気の話でもするかのような朗らかさで続ける。


「ダメだよ? せっかくの貴重な能力なのに、体力もセンスもないから三軍扱いでしょ。氷結魔法は全体数が少ないんだから、もっと鍛えないと。頑張って!」


 初対面でこれだけ言えるってどんな環境で育ったのー?

 めっちゃ「いいアドバイスした」って顔してるしー。


「はい、がんばります」


 私は笑顔で即答した。


 『まず悪く言って落としてから鼓舞する』って文法を使う人、苦手なんですよ……

 激励してるつもりなんだろうけど……


 結城さんはぎょろっとした目で、他の座ったままの三人を見まわして、ニッと白い歯を見せた。


「配信バトル、楽しみましょう」


 そして颯爽と去っていく。

 平成バブルの残響だな……


「……ムカつく」


 ぼそっとこぼした練くんは、ここがダンジョンだったら建物ごと燃えただろうほどお腹立ちの様子だった。


「昨日から少し調べてたんですが……」

と、よりいっそう細い声で入ってきたのは地念ちゃんだった。

「結城さんは、政府からダンジョン探索のPRを依頼されている広告代理店の方のようです」


 地念ちゃんは囁くように会社名を挙げてくれた。


「あー、さもありなんという雰囲気の人だったね」

 私もうっかりマイナス方向で同意してしまう。


「なんか……失礼な人で、びっくりしちゃった……」

 ファンだったはずの富久澄さんがため息をつく。


「ムカつく……」

「練くん、あまりのことに語彙を失ってるよ……」と、私。

「ごいってなに」

「単語や言葉の種類です」と、地念ちゃん。


 でも練くんの気持ちは収まらない。


「あいつマジでムカつく。俺たちのなに知ってんだよ。おっさんは結構すごいのに」

「『けっこう』で、しかも『おっさん』……」


「琉夏とは前に一緒だったんだ」

 私のツッコミを無視して、練くんは続けた。

「そのときは髪がピンクだったから、気づかなかった。裏表すごくて嫌なやつだよ」

「そうだったんだ……」


 もしかして、因縁対決みたいになっちゃう?


 だが、我らがヒーローは吹っ切れていた。


「もう関係ないけどね。それに、配信対決とか言われてるけど、勝負しなくてもいいよね」

と、ニヤッと笑う。


「気にせず、いつもどおり、ということですか?」

と、地念ちゃんがメガネを押し上げる。


「配信してても、やるべきことはダンジョン攻略だもんね」


 私もそう言って富久澄さんに視線を送ると、彼女も肩をすくめた。


「私も賛成。なんかバカみたい。集中しよう」

「獅子戸さんも、同じ気持ちだといいね」


 そうに違いないという気持ちを込めて言うと、まるで測ったように獅子戸さんからグループチャットへ連絡があった。


〈明日、配信班と顔合わせがあります。〉


 最初の文言に、私たちは視線を交わし合った。


 顔合わせ……

 今の人たちと……


 嫌だな、という空気が蔓延している。

 私も嫌だ。だけど逃げられるわけはないし、彼らだって、同じ目標に向かう仲間なのだ。


「対戦相手とはいえ『炎の皇帝』を倒すのは、両チームの共通目標だもんね。顔合わせくらいするよね」


 大人ぶって聞き分けのいいことを言うつもりはなかったが、私はそう呟いていた。


 すると、地念ちゃんも同じ気持ちだったようだ。

「今の、ずいぶんなご挨拶の後だと思うと気が滅入りますが、平常心で臨みますよ。獅子戸さんの顔を潰したくないですし」


 練くんも宣言した。

「俺だって、別にあんな奴ら関係ないし、チームのためにもちゃんとするよ」


「えらいね」

と、富久澄さんは練くんを労ってからこっちを向いた。

「二手に別れるって言ってたし、始まっちゃえば別行動だろうから、向こうは向こう、こっちはこっちで、いつもどおりで行こうね!」


 こういうとき、彼女の前向きさはパワーを与えてくれる。

 さすが回復系……というか、増幅系というのだろうか。


「俺たちの目的は、ダンジョンを攻略すること」と、練くん。

「他のことは気にしない」と、富久澄さん。

「僕はまず、カプセル潜水の成功に集中します」

と、地念ちゃんがわざと項垂れていうので、私たちは笑って、それから明日に備えて解散となった。


 しかし若者たちには内緒であるが、私は自室で一人になったらどうしても気になってしまって、ついつい配信班のことをスマホで調べ始めてしまった……


 こんな独房みたいな部屋にまでWi-Fiが通ってるのが悪い!


 小さな部屋の硬いベッドでうまく眠れず、私は一晩中、彼らの配信や関連記事を漁ってしまったのだった。


 

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